キーブレードの束に乗って飛び回りながら、追尾性の高い氷の弾でヴェントゥスを狙った。ヴェントゥスは器用に地を転がりながら逃げ回る。
 キーブレードライドから降りて斬りかかると、横に構えたキーブレードによって防がれ、そのまま横腹に一撃くらう。呼吸が詰まり、痛みに堪えている間に左腕にもう一撃くらったので、いつかのように奴の頭上に闇の回廊を繋げ、お返しと言わんばかりにキーブレードを振り下ろした。ヴェントゥスはとっさに身をひねらせたようだったが、地面から突き出させた闇の結晶までは避けきれず、背を突かれ顔を顰めていた。
 いったん距離をとり、乱れた呼吸を整える。肋骨が折れたのか、呼吸のたびに貫くような痛みがあった。
 本当に、強くなった。以前のような鈍さはなく、手加減など必要ない。まるで、互いを削り合うような戦いだった。余計なものを削いで、削いで、自分自身と心の具現である剣だけがすべてになる。
 キーブレードをぶつけ合う度に発する火花。それが煌く瞬間に、ヴェントゥスの心の中が垣間見えた。ずっと覗いていたヴェントゥスの心の中身。愛するものたちへの想いで溢れていて、なんて優しくて、幸せで、眩しい――

「消えろ!」
 
 地の中へ潜り、ヴェントゥスの足元でなぎ払いながら地上へ飛び出た。辛うじて躱されたが、もう一度潜って次は炎を振りまいてやると、火は青い鎧を掠め表面を黒く変色させた。

「つっ、これでどうだ!」

 ヴェントゥスがキーブレードをかかげ、光の柱を召喚する。ホーリーか。回避しようにも、間に合わない。六本の光はヴェントゥスを取り囲むように回転し、闇の存在をかき消そうといわんばかりに輝いた。純白の光に触れた箇所は焼き切られたかと思うほどに熱くなったが、奥歯を噛み締めて痛みに堪えた。

「ちぃ……!」

 力任せに剣を振り上げ、闇の刃を消えゆく光の中心に送り込む。ヴェントゥスが痛がる声が聞こえた。魔法の余韻で反応が遅れたヴェントゥスの鎧の一部を切り落としたらしい。
 光が完全に収まる前に、ヴェントゥスが高く飛び上がり、頭上から急降下で攻撃してくる。セレスティアル、といったか。勢いをつけた攻撃は重く、受け止めきれない。避けようと思ったが、ホーリーの影響が色濃く残っている両足は思うように動かなかった。

「ぐぁあっ!」

 なんとか四発目をキーブレードで防いだときには体が音を立てて軋み、血を吐くような思いで膝をついた。自分の体じゅうから闇が漏れはじめていた。思ったよりはもってくれたが、限界がきたのだろう。
 こちらが動きを止めたのを見て、ヴェントゥスは攻撃の手を止め、キーブレードを構えたまま血を流す右腕に手をかぶせた。

「俺の勝ちだ!」

 呼吸は荒く、弱ってはいるものの、しかしはっきりとした声でヴェントゥスが告げてくる。体がぶるりと大きく震えた。怯え、恐怖、不安、屈辱、様々な感情がよぎったが、それでも喜ばしさが優っていた。やっと、やっとここまできた。目の前のこいつに言ってやりたかった。この瞬間を俺がどれほど待ち望んでいたか、わかるか? と。

「よくやった」

 必要なくなったキーブレードを消し、仮面が意思に従って剥がれてゆく。澄んだ視界で、はじめてヴェントゥスと向き合った。

「これで俺の体は滅び――おまえと融合を果たす」

 初めて自分の顔を見たヴェントゥスがいったい何を思ったのか。感じていないのでわからないが、間抜けなほど驚いた顔をしていた。隙だらけだ。

「Χブレードの完成だ!」

 ヴェントゥスを囲むように闇を走らせ、そこから魔物を生みだした。最下級の魔物を三匹程度も振りほどけないほどに消耗したヴェントゥスは、焦った顔でこちらに言った。

「おまえが、アンヴァースを?」

 こいつはここまできておいて、未だ何も知らないのだ。自分のことなのに何も知らない。つくづく可笑しかった。
 最期だから、教えてやってもいいだろう。勝手に漏れ出す体の闇から、魔物たちが続々生まれる。

「これは俺とおまえが別れた時に生まれた、負の感情に芽生えし魔物。生命としては未熟な……言わば俺の感情の一部なのさ」

 ヴェントゥスの青い瞳が、更に丸くなる。
 体の痛みは、もはや気にならない。ゆっくりとヴェントゥスのもとへ進んだ。

「こいつらを世界にバラまけば――おまえらが単独で旅立ちの地から離れるだろうという計画だった」

 膝をつき、情けない格好のまま、魔物に拘束されたヴェントゥスの前に立つ。
 引き寄せられるものを感じた。やはり、自分のあるべき場所はここなのだろう。

「おまけに、こいつらを倒してくれれば、おまえたちを強くする事ができる」

 戻れ。思うだけで、魔物たちが戻ってくる。
 いっしょに帰ろう。全部が元に戻るのだ。

「そして、倒されたアンヴァースの感情は、再び俺に還元されていく」

 さぁ――始めよう。

「おかげで、こうしてすべてがうまく運んだ」

 もがくヴェントゥスへ、更に進む。戻り方など、教えてもらわなくても自然に分かった。もともとこうなるべきだったから、なのかもしれない。溶けるようにヴェントゥスの中へ入ると、心を感じていたときとは違う。やっと、ここへ帰ってこられたという言い表せないほどの愛おしさが心を満たした。
 しかし――――ここに残るのは俺≠セけだ。








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