春の、ある晴れた日の午後。
前庭で、テラと向き合っていた。
「よし。どこからでもかかってこい」
「――いくぞ!」
声をかけると同時に地を蹴る。初めは突き。耳に金属音、右腕に軽く痺れが走る。弾かれた勢いのまま右足の回し蹴り。片手で足首を掴まれた。捕られた足を軸に体を浮かせ、再度剣を振り下ろす。――パッと手が離されて地に落ちた。
「いってー!」
打った尻を撫でながら悲鳴を上げると、笑い声が降ってくる。
「悪くない手だったが、次の動作がバレバレだ」
「くっそ〜……これもダメか」
キーブレードで手合わせするようになってからずいぶん経つ。そろそろテラから一本くらい取れるようになりたい。
「さ、もう一本だ」
「ああ」
立ち上がり、キーブレードを構えてくるりと回す。手遊びというか――右手が自然に行う癖だ。これを見たフィリアが「器用だね」と褒めてくれたのは、まだ記憶に新しい。
テラがキーブレードを低く構える。
力もリーチも劣っている俺が、テラ相手に正面からまともにぶつかっても不利なだけだ。もっと技とか魔法とか絡めよう。
「これならどうだっ!」
テラに向かってキーブレードを思いっきり投げつける。キーブレードは回転しながら飛んでゆき、防御されて手元に戻った。もう一度投げる。
「ヴェン。なんのつもりだ?」
もう一度防御したテラがフッと笑う。油断したな?
俺はキーブレードが届く前に走りだし、ジャンプしてキーブレードを直接キャッチ――そのままエリアルブレイク!
「む――!」
……と思ったらしくテラが油断なく身構えたけれど、それもフェイント!
俺はテラに斬りかかる直前で、ファイアの魔法を発動させた。目くらましだ。その隙に背後へ回りキーブレードで……!
ところが、肝心なところで失敗。ファイアが発動せずに大量の煙が発生。落下途中だった俺は灰色だらけの視界に包まれ、そのままテラにつっこんだ。
「えっ!?」
「な……ぶっ、ゲホッ、ゲホゲホッ!」
俺たちはどちゃっと地面に倒れながら、煙のせいでしばらくまともに咳き込んだ。
「ゴホッ! ヴェン、怪我はないか?」
「俺は平気。けほっ、ごめん、テラ」
テラが険しい表情になったので首筋のあたりがひやりとする。テラは起き上がりながら、深く大きなため息を吐いた。
「今のは――いや、それ以前の問題だな」
穏やかさが消えたテラの声。怖くて、俺は立ち上がるとテラの目じゃなく地面を見た。
「ヴェン。これは公式なものではないが、それでも訓練なんだ。遊びじゃない」
「うん……」
「俺たちの訓練は、戦うためにしているものだ。そして、俺たちが戦う理由は世界を、大切なものを守るためだろう?」
「……うん」
「最近、おまえはたくさんの技術を覚え、確かに強くなってきた。しかしそれは訓練の目的よりも、ただ俺に勝てればいいという考えで動いていないか」
「それは……」
「そんなことで、いったい誰を、何を守れるようになれるというんだ」
「……」
そのとおりだ。
俺は勝ちに焦るあまり、訓練だということも忘れ、ただがむしゃらに突っ込んでいただけ……。今のファイアも、自分の保護をきちんと計算していたなら、煙に巻き込まれることはなかった。
先ほどまでの自分がとても愚かで、情けなく思える。
俺……最低だ……。
悲しい気持ちに負けて鼻の奥がツンと痛み、視界がじわじわ潤んでくる。泣きたくないので耐えるように歯を食いしばったけれど、肩はしゃくりあげるのを止められない。目尻に溜まった涙がついにこぼれそうになったとき――暖かな手がくしゃりと髪を撫でてきた。
「捨て身の戦いなんてものは、たとえ勝ち続けられたとしても遠からず自分を滅ぼしてしまう。そんな戦い方は、ヴェンが本当に譲れないものを守るときだけにすればいい」
声は、いつもの優しい響きに戻っていた。
「そしてヴェンがそんな戦いをしなければならないときは、俺とアクアが必ず助ける。マスター・エラクゥスもだ」
「テラ……」
見上げると、テラが照れくさそうに頭をかく。
「きつい言い方をしてしまって悪かった。アクアの言うとおり、俺は少し直情的すぎるのかもしれないな」
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