とても深い闇色の中を、フィリアはずっと歩いていた。
 闇の回廊に足を踏み入れて果たしてどれほどの時間が過ぎたのか。前に向かって足を動かしているが、どこを向いても同じ景色。まっすぐに歩けているのか、それ以前に先へ進めているのかすらわからなくなっていた。
 暗い視界にさすがにうんざりとしてくると、前方にやっと白い点のような、小さな光を見つけた。きっとあれが出口。嬉しくて、それに駆け寄ると迷わず中に飛びこんだ。
 身を包む輝きに目が眩んだ。ゆっくりと目蓋を開くと、そこは森の中。一軒の小さな家の前だった。










 フィリアが中から抜け出ると、闇の回廊はまるで空気に溶けるように消えていった。完全に消滅したのを確認してから鎧を解除する。森の澄んだ空気が汗ばんでいた肌にひんやりとして心地よかった。森の匂いがする空気を胸いっぱいに飲み込むと、まるで体の中まで透き通るような気持ちになる。何度か深呼吸を繰り返した後、ゆっくりと辺りを見回した。木の葉の隙間から光がこぼれていて、小川のせせらぎと小鳥の歌声が聞こえてくる。

「これが“外の世界”……」

 飛び出した理由にしては不謹慎ながらも、長い間憧れていた世界に胸が躍る。ここはどんな世界で、どんな住人がいるのだろうか。「人でない者たちの世界もある」と以前エラクゥスが言っていことを思い出す。
 目の前にあった素朴な造りの小屋を見た。もしかして、ヴェントゥスはこの小屋の中にいるのだろうか。

「すみません、誰かいませんか?」

 とりあえず、自分と同じ大きさのドアをノックしてみるが、応答がない。もう一度ドアを叩くが、結果は同じだった。

「誰もいないのかな?」

 小さな窓からそっと中の様子を覗いてみたが、窓ガラスは埃でひどく曇っている上に、室内は暗くてよく見えない。家具はいくつか見かけられるが、ヴェントゥスどころか誰の気配も感じなかった。どうやらここは廃墟のようだ。

「……どうしよう」

 ヴェントゥスが近くにいないのならば、この世界にいることを信じて探しに行くしかない。小屋からの道は二つ。一つは山へ、もう一つは小川を挟んで森の中へと続いていた。

「ヴェンはどっちにいるのかな?」

 とりあえず山の方へ歩き出そうとしてみたとき、山道からクセのあるの髪と白と黒の服を着た、見覚えのある少年の姿が見えた。

「ヴェン!」
「えっ、フィリア!?」

 ヴェントゥスはこちらに気づき、ポカンとした顔をした。数回瞬きをしてから走り寄ってきて、両肩を少し強めに掴まれる。

「どうしてフィリアがここにいるんだよ!?」
「あ、それは、えっと……」

 仮面の少年のこと。闇の力に頼ったこと。どれもヴェントゥスに言いたくなかったが、とっさの言い訳も浮かばなかった。考えておくべきだったと後悔しても、もう遅い。
 うまくごまかせる説明を探して黙っていると、どうしてかヴェントゥスはそれ以上追求してこなかった。気まずい沈黙が流れる中そっと視線を上げてみれば、とても難しい顔をしている。ヴェントゥスのこんな表情はあまり見たことがない。

「……ヴェン、怒ってる?」
「怒ってないよ。困ってるけど」

 ヴェントゥスの手の力が少しだけ強くなる。平気なはずなのに、痛い気がした。
 自分がヴェントゥスを追いかけることが、ヴェントゥスにとって迷惑だと思われることを全く考えていなかった。思い返せば、自分は置いていかれたのだ。歓迎されるはずがなかった。ヴェントゥスにこんな顔をさせてしまうなんて、エラクゥスに叱られたときより気持ちが沈んでいくような気がしていまう。
 フィリアがしょんぼり落ち込んでいると、突然、ヴェントゥスが声をあげた。 

「そうだ、俺、テラに会うために城へ向かっていたんだ」
「テラ、そのお城にいるの?」
「わからない。けど、いるかもしれない」
「そう……」

 ヴェントゥスはまだテラと会えていないらしい。ヴェントゥスがテラに会えたとき、自分の知りたかったこともわかるだろう。

「この世界、魔物が出るから危ないんだ。俺から離れないようにして」
「……うんっ!」

 ヴェントゥスが左手を差し出してきた。その顔はもう怒っても、困ってもいないようだ。嬉しくて顔が綻ぶ。
 ヴェントゥスと手を繋いだ時、森から甲高い女性の悲鳴が響いてきた。

「森からだ。行こう!」

 手を強く握り合ったまま、ヴェントゥスと共に森の中へ走り出した。




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