「待ってテラ!」

 砂浜からすぐに立ち上がったヴェントゥスの叫びを拒絶するように、回廊はたちまち消えてしまった。最後に見えたのは、キーブレードを構えマスター・エラクゥスに向かい立つテラの背中。

「………………」

 体の震えが止まらない。いきなりのたくさんのことが起こって混乱している。
 マスター・エラクゥスの様子はふつうじゃなかった。けれど、一方でひどく冷静だった。きっと衝動的な行動ではないのだろう。いつでもその可能性を、心のどこかで考えていたという反応だった。
 テラの闇が、あんなにも強大なものだったなんて。外側の大きな光ばかりを見て、勝手に安心しきっていた。その裏側で彼がどんなに悩み苦しんでいたのかを、想像すらしなかった。
 戻るのが怖い。けれど、モタモタしていたら手遅れになる。
 ヴェントゥスが鎧の装着装置に手を伸ばす。それに倣おうとする前に、言い放たれた。

「フィリアはここで待ってて」
「ど――どうして!?」
「この世界にはアンヴァースがいないみたいだ。ふたりを止めて、すぐ迎えにくるから」
「いやっ! いやだよ。もう置いていかれるのも、待つだけなのも!」
「……フィリア……」

 キーブレードを使えない。異空の回廊を開けない。あの場で何ひとつできなかった。今だって、ヴェントゥスを困らせている。
 思い出したように息を吸った。ずっと目を逸していた、自分の中の深淵を覗くような気持ちだった。

「マスターに訊かなくちゃいけないことがあるの……テラに謝らなくちゃならないことも。絶対に足でまといにならないから。お願い、私も一緒に連れて行って!」
「…………」

 ヴェントゥスは逡巡するような表情を過ぎらせたあと、それでも首を横に振った。

――ゴメン」
「そんな――

 愕然としているこちらから目を逸らし、再び装着装置に手を伸ばしたとき

「どこへ行くんだ?」

 降ってきた低音でヴェントゥスの動きも止まる。いつの間にか、自分たちのすぐ頭上にある板を繋いだ橋の上に、あの仮面の少年が立っていた。
 とっさに身構える自分に対し、ヴェントゥスは不機嫌な顔になっただけ。

「おまえに用はない!」
「あ、ヴェントゥス……?」

 ヴェントゥスに強く手を引っ張られ、少年から離れるように歩き始める。放っておいていいのだろうか。無視して歩き続けるヴェントゥスの背と彼とを見比べていると、数歩もいかないうちに少年が言った。

「おまえになくても俺にはある。おまえは素材として十分に成長した」

 少年の手にあのキーブレードが現れる。不愉快な発言にヴェントゥスの足が止まった。

「今こそ俺との融合を果たし――χブレードとなれ」

 ヴェントゥスが彼と融合し、きーぶれーど≠ノなる?
 彼の、人を人とも思わない発言に腹が立ったが、疑問のパズルのピースを得られたことにまず思考を奪われた。
 きーぶれーど≠ヘ恐らくヴェントゥスたちが使っているキーブレードとは違うモノを指している。少年は今までそのために自分たちに関わってきたらしい。そのせいでマスター・エラクゥスがヴェントゥスを封印しようとし、テラと戦うことになっている……。
 ヴェントゥスは振り返らないまま、少年に言った。

「俺はそんなものにならない……知ってるぞ。俺とおまえが戦わないとχブレードは生まれないんだろ。だから俺は戦わない」

 言いきったとき、手を握ってくる力が強まった。
 ヴェントゥスをこの少年と戦わせてはならない。会話にひとり置いてきぼりな状態でも、それだけはハッキリ理解できた。
 ヴェントゥスが思い通りにならないので苛立ったのか、少年から剣呑な雰囲気が伝わってくる。何か仕掛けてくるかもしれない。

「……抜け殻のくせによくしゃべる」
――――!」

 少年と対峙しているときは常に冷静であろうと努めていたが、頭の中が真っ白になるほどに、その言葉には我慢ができなかった。

「ヴェンは抜け殻なんかじゃないっ!」

 ヴェントゥスの手から離れ、怒りに任せたサンダガを彼に放った。寸でのところでジャンプされて避けられてしまったが、かまわず次の魔法の準備をする。

「フィリア!」

 ヴェントゥスの呼び止めを無視し、エアロを利用し橋に乗った。少年に近づきたくないが、ヴェントゥスから引き離したかった。

「おまえか」

 少年が、音をたてないほど静かに橋の上に着地する。

「ずっと欲しがっていた真実は手に入ったか?」
「あんなこと……! 全部、君たちが仕組んだことじゃない!」
「いいかげん、ごまかすのをやめろ」

 彼はあざ笑うように鼻を鳴らした。 

「俺たちが何もしなくても、あいつは初めからそうするつもりだったんだよ」
「これ以上、みんなを侮辱するのは許さない!」

 溜めたサンダガ用の魔力が有り余って、髪先で音を立てて弾ける。体の奥底から力が湧き上がってきて、今なら究極魔法ですらいつもより容易く操れるような感じがした。
 ヴェントゥスを守るため、この少年を倒し、消滅させる。そうすれば全て元通りになるはずだ!

「仕方ない」

 殺意に応えて、少年がキーブレードを構えた。

「フィリア、だめだ! くッ」
「ヴェン!? あっ……」

 突然、ヴェントゥスが頭を抱えたことに気を取られたのが致命的だった。首の裏側に痛みが走り、それきり意識がブツリと途絶えた。




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