暗闇の中なのに不思議とぼんやり明るいので、互いの存在を確認できた。

「……なぜ……?」

 失望と絶望の渦に叩き落とされた気分だった。

「なんで? どうして?」 

 矢継ぎ早の咎めを含んだ質問に、相手は恐れを感じたらしい。頼りなく胸元に手を添え、一歩後ろへ引き下がった。
 握り締めた掌に爪が食い込む。噛み締めた口は血の味がする。

 ひどい…………ひどい……ひどい、ひどい、ひどいっ!

 あれだけ傷つけて傷ついて、泣いて諦めて壊して苦しんで我慢して失くしてやっと、やっと――
 きっと、誰かが邪魔をしたんだ。これじゃあ全てが台無しだ。全部無意味になってしまう。

「いやだ……だめだよ、いけない。そんなことさせない。許さない。認めない。そうでなければ、いったい何のためにっ!」

 半狂乱になって叫びながら、相手に向かって両腕を伸ばした。驚いた相手はとっさに逃げようとしたけれど、足をもつれさせて転んでしまう。その隙に手は望みの場所へ、か細い首へ、すぐに届いた。

「や、やめてっ」

 怯えた泣き声が乞う。伝わってくる恐怖と混乱、戸惑いに嫌悪が汚泥のような気持ちと混じり合って、どろどろと膨れ上がる。胸が押しつぶされるように苦しい。本当はこんなことしたくない。体が震える。上手く力を入れられない。

「ど、して……」

 空ろな瞳からの問い。
 ここまでする必要はないのかもしれない。けれどしってしまったら、もうしらなかった頃に戻れない。

「こうするしかないの」

 苦しげに歪み、白くなっていく顔色。心で何度も謝罪を繰り返して、それでもなんとか指を食い込ませていきながらいっしょに泣いた。こんな方法しか思いつかないことを、どうか、どうか許してほしい。

「……っく……ぁ、う」

 抵抗の痛みが、次第に弱くなってゆく。
 ――恋しい人。
 会いたくてたまらなく、しかしそれが叶わない悲しさを忘れるまで、あとどれだけ耐えればいい?
 思いがこみあげてきて、ついに名を呼んだ。掌の感触もいっしょに動く。
 呼ばれた名前はふたつだった。ひとつは彼の、もうひとつは……。




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