風が乾いた土を巻き上げていく。
 ヴァニタスをぐるりと取り囲んでいるのは金色の瞳をぎらつかせたハートレスたち。その数は軽く30を超えていた。
 その圧倒的な数の差を全く気にする様子もなく、ヴァニタスはキーブレードを無造作に構える。すると、ハートレスの数匹が待ちわびていたかのようにいっせいに襲い掛かってきた。すぐに走り出し一番最初に襲ってきたハートレスを上から下へと縦に真っ二つに切り裂くと、すぐに切り上げるように振り上げて次の一匹を消し去った。
 右から襲ってきたものを回転しながら左足で蹴り飛ばし、そのままその隣りにいた数匹を薙いで消滅させる。
 次は前から4匹が襲ってきた。その攻撃を避けながら高めにジャンプして、取り囲む一角に闇の雷を落としてやる。電撃を浴びた黒い影たちはまるで蒸発するように消えていった。
 ――退屈だった。この程度の敵ならば、いくら数が多かろうが楽しむことはできないだろう。
 ハートレスを全て消滅させると、それを操っていたゼアノートが満足した表情を浮かべていた。

「よくやった。この短期間でもうそれほどの力をつけたか」

 風が強く吹きつけてヴァニタスは思わず目を細めた。ゼアノートの前ではもうあの仮面をつけていない。
 顔――あの日から、変わった。髪にも跳ねるようなクセがついた。初めはゼアノートに寝癖かと訊かれたが、違う。

「この程度、準備運動にもならない」

 答えると、ゼアノートがふっと笑った。

「ならば、今度は私が相手をしてやろう」

 黒と銀に光るキーブレードが現れて、ゼアノートの眼前で水平に構えられた。

「どこからでもかまわん。かかってこい」

 それに頷くと、キーブレードを握りなおしてゼアノートに向かって走り出す。跳びながら渾身の力を込めて斬りつけると、片手で持ったキーブレードに易々と受け止められた。すぐにものすごい力で振り払われて後方へと飛ばされる。
 ゾクゾクと背筋に快感が走りぬける。ゼアノートはかなり高齢のはずだが、その強靭な剣は老いの衰えを全く感じさせない。
 強い者と戦うのは楽しいし、強くなることが快かった。ヴェントゥスという臆病な殻から解き放たれてから、闇の力を思う存分使えるのが気持ちよかった。
 空中で回転しながら体勢を整えて着地、すぐさまゼアノートに向かって再び走り出した。キーブレードを振り上げようとした、その時。いきなり視界が緑色に光って、反射的に足を止めた。

「どうしたヴァニタス、隙だらけだぞ!」
「!」

 慌てて背を反らすと、ゼアノートのキーブレードが目の前の空気を切り裂いていった。
 数歩後ろに下がり体勢を整える。今、確かに見えた緑の光。しかしゼアノートは何も感じなかったようだ。念のため辺りを見回してみるものの、ただの岩と石が転がっているだけで光を発するものは何もない。
 いったいあれは何だったのか? 気にはなったが、ゼアノートに報告するのは後でいいだろう。今は何よりもこの斬り合いを楽しみたかった。
 正体のわからないものに邪魔をされたことに少し苛立ちを覚えながら、ヴァニタスはキーブレードをしっかりと構え直した。










 掌からキーブレードが消える。
 闇の回廊の中へ去ろうとしたゼアノートに、ヴァニタスは先程感じた緑の光のことを話した。
 
「緑色の光が見えた?」
「ああ」

 ゼアノートは両腕を腰の後ろに組み、数歩乾いた土を進んだ。

「……繋がっているのかもしれんな」
「繋がっている?」

 思わず訊きかえすと、ゼアノートが振り返った。金の瞳が興味深げに輝いている。

「お前たちは、元はひとつの心だった。もしかすると別れた心の影響なのかもしれん」
「……あいつのことか」

 “ヴェントゥス”
 その名前に、ヴァニタスの顔が嫌悪で歪む。

「早速あの地で心が回復してきたようだ。試しにもう一度、あやつを強く意識してみろ」

 ヴェントゥスについて覚えているのは、虚ろな瞳で地面に倒れている姿だけだ。放っておいても勝手に消えてしまいそうだった脆い存在。数日前にゼアノートがどこかへと連れて行き、そのままヴェントゥスは帰ってこなかった。ゼアノートはヴェントゥスのことを何も言わなかったので、消されたのだと思っていた。
 自分が存在していれば、臆病で壊れかけたヴェントゥスなど用済みではなかったのか? ヴェントゥスがまだ存在していて、しかも自分と繋がっていると言われひどく不愉快だった。
 だが、師の言うことには逆らえない。仕方なく目を閉じて、しばらくヴェントゥスのことを思い出したり考えたりを繰り返した。――何も起きないし、感じない。
 
「……何もわからない」
「もっと心を澄ましてみろ。光を感じるのだ」
「…………」
 
 言われるがまま更に意識を深く集中させる。もやついた気持ちも今は忘れることにした。
 何度も何度もゼアノートの命令で試みた。何回やり直したか数えるのも億劫になったとき、ようやくぼんやりと、まるで月下の雪程度の光が見えた。
 ――これか。
 理解した途端、いきなり視界がクリアになるようにはっきりと光が見えるようになった。これがヴェントゥスの心の世界、否、精神の世界だろうか。
 ヴェントゥスの心は、自分を失った部分からは回復できたようだがまだまだ脆く、軽く突けば容易く割れるまるで薄氷のようだった。
 壊してやろうか。そう思ったが、どうやら触れることはできないようだ。
 意識を自分に集中させると浮上するように光が遠のいていった。いや、離れていくのは自分のほうなのだろう。
 瞳を開くと、目の前でゼアノートが笑っていた。

「できた」

 それだけ告げると、ゼアノートがどこからかレポートの用紙を取り出してペンを走らせ始めた。
 ゼアノートには研究者のような一面がある。実際に研究者と名乗ってはいないようだが、この荒野で過去の形跡を調べているような姿を何度か見たことがある。
 以前、ゼアノートの機嫌が良かったときにこの地で戦争あったと聞かされた。
 光と闇の戦争。どれだけの年月が経っても残っている、えぐられた岩石に爆発した跡。地面に刺さる無数のキーブレードを見るたびに、どれだけのキーブレード使いたちが自分の欲望のために激しく戦い合ったのか――想像すると楽しかった。
 光と闇。ヴェントゥスと自分。ふと、疑問が浮かんだ。

「ヴェントゥスにも、俺の心を知ることができるのか?」

 ゼアノートがペンを動かす手を止めてこちらを見た。いい質問だと褒められたが嬉しくない。

「無理だろう。あやつは今、おまえのことを忘れている。心を知れるなど想像することもできん」

 相手を認識し、心を覗けることを知らなければできやしないということか。期待した答えではなかった。

「最初の緑色の光は何だったんだ?」
「仮説だが、お前がヴェントゥスを意識した時、ヴェントゥスの心に強く響くものがあった……緑色の光がな」

 それが自分に影響した? 偶然にも先程の真似事をしたということだろうか。――気に入らない。

「先ほどの感覚を忘れるな。これからは毎日ヴェントゥスを観察しろ。何か変化があったらすぐに私に報告するのだ」

 「なぜ?」そう言いかけた口を閉ざした。
 ゼアノートは、必要なときに必要なだけしか話さない。きっといつかそのときがきたら、自分にも説明されるのだろう。

「はい、マスター」

 ヴァニタスが返事をすると、ゼアノートはレポートの続きを書きだした。




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