フィリアはベッドの横に腰掛けて、眠り続けるヴェントゥスを看ていた。
ドアが控え目にノックされる。返事をするとアクアが部屋に入ってきた。
「フィリア、ヴェントゥスの様子はどう?」
「……まだ眠っているよ」
フィリアが答えながらヴェントゥスに向き直ると、アクアも隣にやってきてヴェントゥスの寝顔を見る。倒れてからすでに数日が経っていたが、ヴェントゥスは未だ目を覚まさなかった。
エラクゥスの話によると、ヴェントゥスはキーブレード使いでありこれからこの地で共に暮らしていくらしい。
使用してなかった部屋にヴェントゥスを寝かせ、昼はアクアとフィリアが、夜はテラとエラクゥスが交代しながらヴェントゥスを看ていた。
「君はなぜ眠ったままなの?」
アクアがため息をつきながら眠っているヴェントゥスに話しかけるが、もちろん返ってくる答えはない。
「ねぇ、アクア。この子、どうして記憶がないのかな?」
「それは……私にもわからない」
ヴェントゥスはなぜ記憶を失ったのか、エラクゥスは教えてくれなかった。
記憶がない。それはいったいどういうことか。フィリアは眠り続けるヴェントゥスを見ながらなんとなく考えてみた。
記憶、思い出――過去。過去があるから今の自分が存在する。記憶を失うということはその過去を失うこと。それは自分を失うということなのだろうか? 簡単に失くすものだとは思えない――失なってしまうほどの“何か”がヴェントゥスの身に起きた?
「この子のために、私にできることって何だろう?」
かわいそう。そう思ったら呟いていた。隣にいたアクアが考えるように唸った。
「うーん、そうね……フィリアにできることはヴェントゥスの側にいてあげることかな」
「それだけ……?」
今も側にいるが見ているだけだ。
フィリアが眉を下げてアクアを見上げると、アクアは微笑みながらフィリアの肩に手を置いた。
「そう。まずはヴェントゥスが早くここの生活に慣れることができるように、いろいろ手助けをしてあげて」
それならばできる。フィリアはアクアに大きく頷いた。
「うん、わかった!」
「……っ」
「あっ」
そのとき、ヴェントゥスが微かに動く。閉じていた瞼がゆっくり開いてぼんやりと天井を見る。
「よかった! ヴェントゥス、目覚めたのね!」
アクアが声をかけるがヴェントゥスは無言のまま。だるそうに上半身を起こしている。
「マスターとテラを呼んで来るわ!」
「うん」
アクアはそう言って足早に部屋を出て行った。テラとエラクゥスは徹夜の看病で今は休んでいるはずだ。
フィリアがヴェントゥスに視線を戻すと、ヴェントゥスは何も言わずに足元のシーツを眺めていた。その姿はどこか虚ろで、とても脆いものに感じられる。
彼と話したい。でも、また頭が痛くなってしまうだろうか?
フィリアは少しの間迷ったが、思い切って声をかけてみることにした。
「おはよう、ヴェントゥス。もう頭は痛くない?」
話しかけるとヴェントゥスがこちらを向いた。無表情だったが痛みは感じていないようだ。もう頭痛は治ったのだろう。返事はなかったが、とりあえず回復したこととちゃんと反応してくれたことが嬉しかった。
「う……っ」
フィリアがほっと笑んだときヴェントゥスが頭を押さえた。そしてあの時と同じように苦悶の表情を浮かべ苦しみだす。
「ヴェントゥス、しっかり!」
慌てて声をかけるがヴェントゥスの頭の痛みは引かないようだ。このままだと再び倒れてしまうかもしれない。しかし、どうすればよいのかわからない。
おろおろと扉を見た――まだアクアたちは来ない。
ヴェントゥスの痛みはどんどん増しているようで、額には脂汗が浮かんでいる。痛み、とにかく痛みを何とかしなければ。
フィリアは思いつくままに頭を押さえるヴェントゥスの手にそっと触れ、静かに魔力を集中させた。
「――――癒しを」
唯一扱える魔法のケアル。緊張したが思ったとおりに発動して緑色の光がほわりとヴェントゥスを包みこむ。
光が消えるとヴェントゥスが目を数回瞬かせながらこちらを見た。その表情はもう痛みを感じていないようだ。
「ケアルっていう痛いのを治す魔法だよ……もう痛くない?」
フィリアが訊くと、ヴェントゥスが小さく頷いた。
ぼかした表現をしたものの、ケアルは外傷を癒す魔法で病気を治す力はない。ケアルが直接ヴェントゥスの頭痛を治したのではないだろう。ならなぜ頭痛が治ったのか。怪我の功名で自分でも不思議だったが、結果としてヴェントゥスの頭痛が和らいだのなら理由なんて何でもよかった。
「よかった! またヴェントゥスが痛いときは、いつでもケアルしてあげる」
ヴェントゥスが不思議そうに瞬きをした。廊下からこちらへ向かってくる足音が響いてくる。扉の方を振り向くとテラたちが部屋に駆け込んできた。
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