エラクゥスが老人と共に階段の方へ歩いていった。自然とテラたちの視線は入り口に残された少年に向けられた。

「あの子、どうしたのかな?」

 隣にいたアクアが少年を見つめながら呟いた。そのアクアの横でフィリアも興味津々といった様子で少年をじっと見つめている。

「訊いてくる」

 こういうとき、自分が先頭をきって行動しなければという意識があった。
 テラは二人にそう言って、少年のもとへ走り出した。





★ ★ ★





 階段の踊り場で、ゼアノートはエラクゥスと声を潜めて話していた。

「急な話だが、ヴェントゥスを預かってほしいのだ」

 なるたけ悲痛な声を絞り出すと、エラクゥスがすぐに承知したと頷いた。

「しかし、ヴェントゥスはなぜあのような状態に?」
「修行中、ヴェントゥスを救おうとした結果だ。ヴェントゥスの心は傷つき、記憶のすべてが失われてしまった――私のせいだ」

 階段を降りてくる足音がして、ゼアノートは言葉を止めた。
 見上げると上の階から青年が一人降りてきた。エラクゥスの弟子か。茶色の髪に青い瞳。体はよく鍛えられている。日夜厳しい鍛錬を重ねているのだろう。生真面目そうな印象が昔のエラクゥスによく似ている。
 青年はゼアノートたちに気づくと驚きながら直立した。

「失礼します」

 軽く頭を下げて青年は入り口へ降りて行く。ヴェントゥスのもとへ向かうのだろう。
 とても優しげな瞳をしていた。優しい者はその優しさゆえに他の者を守りたいと思い、守るために強くなりたいと願う。そしてその願いが強ければ強いほど、心に深い闇を生みだすのだ。――あの青年から、そんな深い闇の素質と才能を感じた。
 エラクゥスが青年の背を見ながら「テラだ」と言った。ゼアノートは金の瞳を細くしてその名を口の中で呟いた。





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 テラが目の前にやってきても少年は俯いたまま、ただ床を見つめていた。
 彼の様子に、戸惑いを隠せなかった。ひとり残されたことに不安がっているのかと思っていたが、違う。まるで人形のように虚ろな瞳でそこにいるだけ。こんな状態で話せるのか。不安に思ったが話しかけてみることにした。

「俺はテラ。お前の名前は?」
「…………ヴェントゥス……」

 多少の間はあったものの少年はきちんと答えてきた。どうやら杞憂だったようだ。

「なんだ、ちゃんとしゃべれるじゃないか。フィリアとアクアも来いよ!」

 二階を振り返りながら言うと、上にいた二人は微笑んで頷いた。





★ ★ ★





「救うためだったとはいえ、弟子をあのような状態にしてしまうとは……」
「そう自分を責めるものではない。心は時とともに癒えるもの。ヴェントゥスの心もいずれ回復するだろう」
「……おまえには迷惑をかけてばかりだな」
「そう言うな。我らはかつて共に修行をした仲ではないか」

 エラクゥスの言葉にゼアノートはくつりと笑んだ。
 あんなことがあったというのにエラクゥスはまだ自分を信じてくれているらしい。甘い奴だ。だが、こちらとしては都合がいい。
 二つの足音が聞こえてきた。次に現れたのは二人の少女だった。姉妹のように手を繋いでいる。片方はキーブレードを扱うようだが、もう片方は違うようだ。

「失礼します」
「こんにちは」

 青髪の少女が頭を下げ、幼いほうが無邪気に笑った。そしてテラと同じように入り口へ走って行く。二人の背を見送っているとエラクゥスが顔を顰めながら咳払いをひとつした。

「騒々しいな……あれは、アクアとフィリアだ」

 掟を厳守するエラクゥスがキーブレード使いではない者をこの地においている理由――
 これは予想以上の収穫があった。ゼアノートは静かに口角をつり上げた。





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 アクアと手を繋ぎながらフィリアは入り口にたどり着いた。
 テラとアクアよりも自分と年齢が近い、ヴェントゥスと名乗った男の子。別の世界から来たのだろうか。どんな世界から? どんな性格なのだろうか。優しいかな? 一緒に遊びたい。どんな遊びが好きだろう? 彼に対して、様々な興味と期待で胸が躍った。

「私はアクア」
「私、フィリア!」

 アクアに倣いフィリアも名乗ると、ヴェントゥスがやっと顔をあげてこちらを見た。彼の曇った青い瞳に思わず首を傾ける。今まで出会った人の数は多くないが、この子は他の者たちと何かが違う。

「テラ……アクア……フィリア……」
「ヴェントゥスもここで修行をするのか?……どこから来たんだ?」

 テラがヴェントゥスと会話をしようと声をかけた。しかしヴェントゥスは困った表情を浮かべるだけで答えない。
 ヴェントゥスが答えられる話題はないものかと、テラがどんどん質問をしていった。

「一緒に来た人は誰だ? キーブレードは使えるのか?」
――うわああぁ!!」

 ぐっとヴェントゥスの表情が歪んだと思ったら、そのまま悲鳴を上げながら頭を抱えて膝をついた。

「どうしたんだ!?」
「しっかりして!!」
「頭が痛いの!?――あっ!」

 驚いて声をかけたが、ヴェントゥスはそのまま倒れてしまった。

「何をしている!」

 倒れたヴェントゥスを見て唖然としていると、階段からエラクゥスの鋭い声が飛んできた。あの老人もいる。

「俺は何も……ただ訊いただけで……」

 しどろもどろにテラが答えると、エラウゥスが哀れむような表情を浮かべて気絶したヴェントゥスに目をやった。

「ヴェントゥスには何も答えられん――記憶を失っているのだ」




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