あれからひとことも会話を交わさないまま、フィリアたちは出撃デッキを通り抜け、目的の機関室へたどり着いた。
接続区画ほどではないがここも広々とした部屋で、いたる場所にスイッチやレバーが取り付けられている。部屋の中央に、天井まで貫きそびえる巨大な光の柱が一本あった。あれが、きっとエンジンコア。その周囲をメタモルフォシスが煽るように飛んでいる。
「見つけた!」
「もう逃がさない!」
ヴェントゥスはキーブレードを、自分は魔力を集めながらメタモルフォシスに向かって叫ぶと、メタモルフォシスはふわりと目の前の宙に止まり、悠々と見下ろてきた。アンヴァースの記憶力がどの程度なのかは知らないが、一度逃げた割にはずいぶんと余裕がある様子だ。
お互い、相手の出方を伺う睨み合い――――緊張が高まる。
先制に、準備していたサンダガを放とうとしたら、上から小規模な爆発音がした。直後に落ちてくる、見覚えのある小さな青。転送室で会ったあの生きものだ。
「おまえ、なんで来たんだよ?」
ヴェントゥスが訊ねるも、生きものはメタモルフォシスを睨みつけて唸り声をあげるばかり。何を言っているのかは分からないが、怒っていることは伝わってくる。もしこの生きものがふわふわな体であったなら、その毛並みは全て逆立っていると思えるほどに。
「どうしたんだ?」
様子が違いすぎる生きものに、ヴェントゥスが戸惑う。
悲しく、激しい怒りだが、こちらへの敵意はない。もしかして。
「一緒に戦ってくれるの?」
訊ねると、生きものがチラリとこちらを見た。ヴェントゥスが困り顔になる。
「だめだって言ったのに」
「あっ、ヴェン!」
「う、わっ!?」
メタモルフォシスが回転しながら突っ込んできたので、ヴェントゥスと互いの反対側へ倒れ込むようにして避けた。巨大な触手に掠められた髪先が数本、はらはらと宙に舞う。
生きものは高く高くジャンプしてそのスパイラルダイブを避けたらしく、どこからか取り出した光線銃でメタモルフォシスに反撃しながら着地した。緑色の粘液のような光線を受け、メタモルフォシスが身をよじりながら部屋の奥へ逃げてゆく。生きものは銃を持ったまま二本足で立ち、ちょこちょこと追いかけ始めた。
想像以上の俊敏さに、ふたりでポカンとその後ろ姿を見つめる。
「すごい……」
「うん――私たちも行こう!」
宙を自由自在に泳ぎ回れるメタモルフォシスは、その巨体に似合わず素早かった。ヴェントゥスがキーブレードを投げたり、近づいたところを斬りかかったが、すぐに届かない距離へ動いてしまう。そして広い部屋の端から端へと逃げ回るかと思えば、突然回転して体当たりしてきたり、傘の先端のような部位でなぎ払ってきたりするのでやっかいだ。
ルシファーのときは、床を凍らせたけれども――。
攻撃魔法は届かないので、ポイズンやスナイプバーニングなどの状態異常魔法を使ってじわじわと体力を削らせようと思ったが、決定打には至らない。次第に、受身な状態に業を煮やしたのか、生きものが光線銃を乱射しはじめた。いくつかはメタモルフォシスに命中するが、エンジンコアにも当たってしまい、水が蒸発するような音をたてる。
「エンジンコアは攻撃しちゃだめだよ!」
慌てて注意すると、生きものはきょとんとこちらを見上げる。
「エンジ――ダメ?」
「そう。気をつけて、船が爆発しちゃう」
「バク――ハツ!」
生きものはふんふん頷きながら耳をぴょこり動かして、きちんとメタモルフォシスを狙いはじめた。爆発という単語を呟いたその一瞬、とても嬉しそうに見えたのは……たぶん、きっと気のせいだろう。
先ほどの乱射で傷を負ったメタモルフォシスがぶるりと震えた。何か仕掛けてくるのかと思いきや、天井近くまで浮き上がり、エンジンコアに身を絡ませる。みるみるうちに、エンジンコアの光がメタモルフォシスに吸い込まれてゆく。
「あいつ、何をしてるんだ?」
「光を食べてる?」
「エンジ――バク――ハツ!」
生きものの言葉と同時に、近くのモニターがエンジンコアの損傷を訴え始めた。画面に映るダメージのゲージがぐんぐん赤くなってゆく。
「させるかっ!」
ヴェントゥスが二階へ続く壁際の足場へ走り出すが、間に合うかどうか。自分にもできることはないか周囲を見回すと、視界の端に記憶に新しい機械が置いてあることに気がついた。――重力制御装置。すぐに駆け寄り、そのスイッチを押す。
「ヴェン、跳んで!」
視線を送るより早く、すでにヴェントゥスは跳んでいた。
ヴェントゥスがメタモルフォシスに一気に接近し、斬りつける。たまらずメタモルフォシスはエンジンコアから身を離して、更に上へと浮かび上がった。小刻みに震えだしたのでヴェントゥスから逃げるのかと思いきや、上半身を広げて光りはじめる。――何か、強力な技がくる。ヴェントゥスの口が「やばっ」と呟くのが見えた。
「――雷よ!」
思い切り床を蹴って、狙いを定めてサンダガショットを唱え撃つ。浮き上がったところで自分のいた場所からはかなり距離はあったけれど、扱える中で一番早く飛ぶ電撃の玉は期待どおりにメタモルフォシスの動きを止めた。
「フィリア、ありがとう!」
一階の床に着地したとき、ちょうど足場のなかったヴェントゥスも降りてくる。頷き返すと、ヴェントゥスが難しい表情で言った。
「斬ったとき気づいたんだけど、あいつ、傷が癒えてた気がする」
「エンジンコアを暴走させるだけじゃなくて、エネルギーを吸収してる――のかな?」
「わからない。でも、早く倒さないと」
少し前にも似たような状況があったことを思い出し、フィリアは微笑みを浮かべる。
「ヴェン。こういう時の、英雄っぽい倒し方って知ってる?」
察したのか、ヴェントゥスも笑顔になる。
「ヒーローらしい倒し方か? それなら知ってる!」
せーの、
「必殺技!」
「合体技!」
互いに、あれ、と目を丸くする。
「ド――ッチ?」
側にいた生きものが首を傾げた。
「必殺技だよ。ザックスがそう言ってたもん!」
「俺だって、ハークから教えてもらったんだぞ!」
言い合っていると、背後から大きな破壊音がする。振り向けば、メタモルフォシスが重力制御装置を壊していた。停止音と共に、部屋の重力が戻ってゆく。
「ああっ!」
「しまった!」
頭を抱えるこちらをあざ笑うかのように、メタモルフォシスは再び二階の高さへ浮かび上がり、エンジンコアに吸い付いた。モニターから警告の悲鳴が上がる。
アンヴァースに、まさかそこまで知恵があったなんて。
ダメージゲージが急激に上昇し始める。これでは、ヴェントゥスの足の速さをもってしても間に合わない。
「ヴェン!」
不意に、生きものが体を丸めてボールのように弾みはじめた。呼ばれたヴェントゥスは不思議そうに首を傾げる。
「なんだ?」
「えぇと……『魔物に向かって投げろ』って、言ってるんじゃないかな?」
「投げる――わかった、合体技だな!」
「むっ」
なんだか負けた気がして、慌てて魔力を掻き集める。
ヴェントゥスが生きものを掴み、思いっきり投げた。見事、メタモルフォシスの側に投げられた生きものは光線銃でメタモルフォシスを攻撃する。――その、メタモルフォシスがエンジンコアから離れた瞬間を狙う。
「みんな、伏せて!」
叫びながら魔力を開放した。メタモルフォシスの真上、機関室の天井から、魔力で作り上げた隕石が現れる。
巨石はメタモルフォシスを押しつぶし、そのまま二階の通路の一本を破壊して消滅した。
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