最後の一匹を消し去ると、先ほどまで石壁のように塞がっていた隔壁が開き始める。ヴェントゥスはキーブレードを持ったまま、通路の先を見つめるフィリアの方を見た。

「ヴェン。おかしいと思わない?」

 フィリアが胸元に手をあてる。

「アンヴァースを倒したら隔壁が開くなんて。なんだか都合が良すぎるよ」
「そうだな……」

 フィリアはすっかりこの船の仕掛けに警戒してしまったようだ。こちらとしては、不安がられるたびに「守ってあげなくちゃ」って思ってしまうのだけれど。
 ひとつ息を吐き出して、そんな思いを隅へ追いやる。

「でも、今はとにかくあのアンヴァースを倒さなきゃ。行こう」
「……うん」

 肩の力を抜くように、フィリアが頷いた。
 続く廊下も迷うところもなく一本道で、素直に先へ先へと進んでゆくと接続区画という場所に出た。高い円柱型に造られた部屋で、壁に申し訳程度に付けられた通路はどれも中途半端に途切れている。

「次の部屋へ続く扉は――あっ、あった」

 首が痛くなるほど上を見て、遥か高い天井近くにそれを見つける。自分達がいる場所からは軽く数百メートルはあるだろうか。

「あそこまで、どうやって行けばいいんだろう?」
「ん〜……」

 小さな通路同士でさえ、軽く二、三メートルは離れている。この船で一番最初に会った男ならともかく、自分たちが飛び移るには厳しい距離だ。

「エアロで勢いをつけて跳ぶとかどう?」
「それならキーブレードで飛んだ方が早いし、安全だな」

 キーブレードを変形させてフィリアに「おいで」と手を差し出すと、フィリアがびくっと体を震わせた。

「このままで乗るの?」
「うん。回廊の中じゃないし」
「……私、鎧を着ないならムリ……」
「どうして? こっち方が動きやすいだろ」
「そうだけど…………でも、だめ。やっぱりだめ!」

 最後の「だめ!」と同時に、プイと背中を向けられる。
 どうしてそこまで鎧にこだわるのだろう。さっきまで普通にやってきたことじゃないかと心の中で愚痴りつつ、頑なに拒絶されたことにこっそり傷つく。

「あ、見て。あそこに何かの装置があるよ」

 しょぼくれながらキーブレードをしまっていると、フィリアが大きな機械を見つけた。その中央にあるモニターには、なにやら丸い記号が写っている。
 フィリアがメモを見つけ、読み上げた。

「『出撃デッキへ行くには、重力制御装置で重力負荷をオフにすること』だって。この装置で、この部屋の重力が変わるみたい」
「試してみよう」

 いかにもといった感じに取り付けられたボタンを押せば、機械から音がして足元が軽くなった。フィリアの髪やスカートが風もないのにふわふわと揺れはじめる。

「異空の回廊の中に似てるね」
「これで、あの扉まで跳んでいけるな」
「ヴェン、次の扉まで競争しようよ!」
「いいよ――えっ!?」

 言うやいなや、地を蹴ったフィリアは身長の何倍も高く跳び上がり通路のひとつに着地した。ハッとして、慌てて自分も跳び始める。

「フィリア、待って!」
「負けないよ!」

 こちらの気も知らないで、フィリアが楽しそうに次の通路へ跳び移った。
 重力が軽さが馴染めない、というよりは、焦って高く跳びすぎたり、踏み込みが浅く通路にぶら下がったりして、なかなか思うように進めない。
 前や上を見ないようにしながら「落ち着け」と何度も自分に言い聞かせる。早くフィリアを追い越さなくては。……先を行くフィリアは、スカートだからだ!





★ ★ ★





 あちこちにぶつかったり落っこちたりして、調子のおかしいヴェントゥスより先に最後の通路へとたどり着いた。ここだけは他の通路より距離がある。ジャンプして届くだろうか。僅かな不安に迷っていると、背後から疾風が吹いてきて思わず目を瞑ってしまった。瞼を再び開いた時にはヴェントゥスが先の通路に立っている。

「え――えっ?」
「よしっ、俺の勝ち!」

 ヴェントゥスが乱れた髪のまま拳を握った。その姿を見て、ようやく何が起こったか理解する。

「エアロ使うなんてずるい!」
「魔法を使っちゃダメなんてルール、決めてなかっただろ?」

 初めてかけっこでヴェントゥスに勝てると思っていので、悔しい。とても悔しい。
 口惜しさにむくれる自分に対し、ヴェントゥスの表情は心からの安堵に満ちていて、朗らかな勝者の余裕を見せていた。

「それに、ここはフィリアもエアロを使わないと届かないんじゃないか。できる?」
「できるっ」

 これ以上、遅れをとるわけにはいかない。確か、異空の回廊ではエアロの威力が足りなかった。ならば。
 床を蹴ると同時に背後に向かって魔法を撃つ。

「風よ、わあっ!?」

 魔法で発生した風は想像以上の強風になり、唱えた途端に弾かれてしまった。――失念していた。ここは異空の回廊と違って屋内。壁のせいで風が渦巻き、強まったのだ。
 ものすごい勢いで前方へ飛ばされて、何かにぶつかり床を転がり、壁に当たってようやく止まる。

「いっ、たたたた……」

 つるりとした床、重力の小ささで多少軽減されているものの、痛いものはやはり痛い。
 のろのろ両手と両膝を床について起き上がり、目を開く。
 ――視界いっぱいに、こちらを見つめるヴェントゥスの顔があった。

「あ……」

 その声を出したのはどちらだったか。
 思わぬ不意打ちに、顔が一気に熱く、体は凍りついて、まったく動かなくなってしまった。息ができなくなるほど胸が苦しくなってゆくのに、ヴェントゥスの瞳から目が離せない。
 驚いているのか、ヴェントゥスも身動きひとつすらせず、ただこちらを見つめていた。
 自分の調子がおかしいので、ヴェントゥスが前の時のように「どいて」と言って動き出す切っ掛けをくれることと、このままでいさせてほしいという願いが心の中でせめぎ合う。
 ヴェントゥスが叶えてくれたのは後者の願いで、しばらく無言で見つめあう時間が続いた。そうしているうちに、今度はなんだか切ない気持ちがこみ上げてきて、この状態を望んでいたのに泣いてしまいたくなってくる。

「フィリア?」
「あっ」

 ふいにヴェントゥスの手が伸びてくると、体はあっけなく、おかしなほど早く動いた。ヴェントゥスの上から退いて背を向けて座り、掌で頬の熱を下げながら、必死に早鳴る心臓を落ち着かせる。

「だいじょうぶか?」

 上体を起こす気配と共に、そっとヴェントゥスが訊ねてくる。こんな脆くて弱い気持ちの時にヴェントゥスにそんな声をかけられたら、本当に泣きだしてしまいそうだった。

「平気……ごめんね。魔法の威力、間違えちゃった」
「うん。それはいいんだけど」
「痛いところ、ない?」
「ああ。フィリアは」
「よかった。それじゃあ、早く機関室に行こう」

 質問が怖くて、ことごとくヴェントゥスの言葉を遮ってしまった。そのままヴェントゥスの方を見ないよう下をむいて、そそくさと扉へ向かう。




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