テラは一人中庭の階段に座っていた。
 空は晴れていて、白い雲が風と共にゆるやかに流れていく。しかしそんな天気とは反対に、胸の中には暗雲がたちこめていた。
 俺の心に闇があるだと?
 試験に落ちた悔しさ、悲しさ、そして惨めさ。いろんな負の気持ちが膨れ上がってきて、抑え込むように目を閉じる。
 闇がある。だから何だというのか。闇を消すまで自分はマスターになれないのだろうか? たとえ闇を持っていたとしても、自分には心の闇に負けない力がある。先ほどの試験でも、不意に闇が滲み出てしまったとはいえちゃんと抑えることができた。

「そうだ、お前には力がある。闇を恐れる必要はない」

 心の声に返答があり、驚いて目を開いた。いつの間にか声に出していたらしい。立ち上がって振り向くと階段の上にマスター・ゼアノートが立っていた。

「マスター・ゼアノート」
「だが、エラクゥスは決して闇を認めない。このままエラクゥスのもとで修行を続けても、マスターになれるかどうか」

 キーブレードマスターになりたい。その一心で、ゼアノートに質問した。

「教えてください、マスター・ゼアノート! 俺は何を学べばいいのですか?」
「そのままでいい」
「え……?」
「心の闇を消すのではなく、力で制するのだ」
「…………」

 そういえば、エラクゥスも心の闇を制する力が不十分であると言っていた。試験に落ちたショックで、せっかくの助言を忘れていたようだ。もっと上手く闇を抑えることができれば、きっと。
 テラは姿勢を正し、ゼアノートに礼をした。

「はい。マスター・ゼアノート」

 大きく鐘が鳴り響く。テラは、弾かれたように広間へと走り出した。





★ ★ ★





 宝石箱の中身を、ひとつひとつ机に広げる。
 白い石に青い押し花。それらはどれも他愛ないものだったが、外の世界へ修行に行ったテラとアクアがお土産として持ち帰ってきてくれた、フィリアの大切な宝物だった。そこに黄色のお守りをポケットから取り出して、一緒に並べる。
 テラが広間から去った後、何もする気持ちになれず自室へと戻ってきた。戻る途中まで一緒だったヴェントゥスとも何ひとつ言葉を交わさなかった。
 今、テラのために自分ができることはなんだろうか。フィリアはテラがくれた白の小石をつつきながら考える。
 慰めは、かえって人を傷つけてしまうことがある。キーブレードを使えない自分にはわからないこともあるかもしれない。
 こつんと小石がお守りにぶつかった。フィリアは顔を上げてぶんぶんと首を振る。一番辛いのはテラだ。自分まで、いつまでも落ち込んでいてはいけない。

「そうだ、今夜はテラの好きなものを作ろう! 好きな物を食べれば、少しは元気を取り戻してくれるかもしれないし、アクアのお祝いもしなきゃ」

 その時、突然大きな鐘の音が響いてきて肩が跳ねた。

「なんだろう?」

 フィリアは急いで机の上のお守りをポケットにしまうと、広間に向かって駆け出した。





★ ★ ★





 木剣が音を立てて空気を斬る。
 あの後、アクアがマスターの心得を学ぶため広間にいられず、かといってテラを追いかけることもできずに、ただ自室に戻ってきた。
 アクアもフィリアも暗い顔をしていた。きっと自分も同じような顔をしていただろう。悲しい顔よりも笑顔の方が好きだ。しかし結局、気の利いた言葉一つ浮かばず何も言えずに別れてしまった。
 ベッドに横になりながら何度も木剣を振り続ける。「Terra」と丁寧に彫られた木剣は、自分にとって初めての宝物だ。テラから譲り受けたあの日からこの木剣をとても大切にしてきた。
 木剣を見つめてため息をこぼした時、鐘の音が鳴り響いた。反射的に上半身を起こす。もう一度鐘の音が鳴る。何かあった。急いでベッドから飛び降りた。

「急げよ、ヴェントゥス」

 木剣を持ったままドアを開け、部屋から出たとき声がした。
 未だ鐘が鳴り響く中、立ち止まって部屋の中を振り向くとそこには真っ黒な仮面をつけた少年が机に寄りかかって立っている。ちょうど今、自分が通ったベッドから扉の間だ。数秒しか経っていないさっきまでは確かに誰もいなかったはず。それに名前を呼ばれたが、自分はこの少年に見覚えはない。身長から察するに年齢は近そうだったが、声はとても低かった。

「おまえ、誰だよ?」 
「二度とテラと会えなくなるぞ」
「はあ? 何言ってるんだ? テラと会えなくなるわけないだろう」 
「テラを追って、お前の目で確かめるんだ。テラがテラでなくなるところをな」

 こいつ、何を――。カッとした怒りがこみ上げてきた。

「誰だか知らないけど、お前にテラの何がわかるって言うんだ! 俺とテラはつながっている。いい加減にしないと許さないぞ!」

 木剣を構えて少年の仮面を強く睨みつけた。質問に答えないことよりも、テラのことを変な風に言う所に腹がたった。すると、少年が初めてこちらを向いた。

「くらだないな。それが友情とかってやつか?」

 机から背を離し、少年が数歩部屋を進む。

「真実ってのは、自ら確かめる以外に知る事はできない」

 どこか重みを感じる言葉だった。もう一度少年がこちらを見る。自分からは少年の顔は見えないが、目があった気がした。

「こんな狭い世界に閉じこもって、何も見ようとしない奴に何がわかるんだ?」

 静かに少年の前に闇が湧きだした。それはすぐに大きくなって縦長の楕円になる。闇の回廊。驚いている間に、少年はその闇の中へ消えていった。

「…………」

 少年と共に闇の回廊も消え去って、部屋はいつもの光景に戻る。しかし、黒くもやもやとした気持ちはヴェントゥスの胸いっぱいに残された。

「テラ!!」

 木剣を強く握り締めて、ヴェントゥスは廊下を走り出した。




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