船内も白を基調とした内装になっている。ヴェントゥスはフィリアと慎重に周囲を見回した。どこかにメタモルフォシスが張り付いているかもと警戒したが、気配はない。
「どこに行ったんだろう」
「あの大きさなら、すぐ見つかって大騒ぎになりそうなのにね」
住人すら見当たらない船内には、ただただ静かな機械音が響くだけ。
「こうなったら、しらみつぶしに探すしかないな」
「じゃあ、こっちの道から……」
「見つけたぞ」
地から響いてくるような低い声に、驚いて身を強ばらせた。背後のシェルターから、天井に届きそうなほどに背が高い大男が現れたのだ。この船に住まう住人――シンプルなデザインの黒服を着たその姿は、どこを見ても自分たちには似つかない。ゾウのような肌色と丸太のような足、大きな耳は顔にぺたりと垂れ下がり、つり上がった青い瞳は、手に構えた銃ともどもこちらをきつく睨んでいる。
「侵入者はおまえたちか。何者だ?」
「俺はヴェントゥス、こっちはフィリア。追っていたモンスターが、この船に逃げ込んだんだ」
答えながら、男とフィリアの間に一歩ずれた。本当はもう一歩ずれたいところだが……あまり庇うとフィリアが落ち込むだろうから我慢する。
男は線のような目を更に細くした。
「ウソを言うな。お前たち以外の侵入者は確認されとらん!」
「ウソなんかじゃ――」
フィリアが反論しようとしたとき、船全体がぐらりと揺れた。壁にあった赤いランプが点灯しはじめて、静かだった部屋が、たちまちただらなぬ雰囲気に包まれる。
「モンスターが機関室に侵入。システムを乗っ取り、エンジンを暴走させています!」
「何てことだ……」
スピーカーから流れてきた機械の声に、男の顔色がさっと変わる。銃をしまい、来た道へと踵を返した。
「お前たちはそこにいろ! あとでたっぷり尋問してやるからな!」
男がシェルターの中へ走り消え、フィリアと顔を見合わせる。エンジンが暴走するとどうなるのか知らないが、男の様子からして、とにかく大変なことになるのは間違いない。
「俺たちのせいだ。何とかしなくちゃ」
「うん。機関室に、ひゃっ!?」
早速あの男の後を追おうとしたとき、目の前に何かが降ってきた。青い肌で、ちょうど両腕で抱えられるほど小さな生きもの。腕が四本も生えており、大きな口とアーモンドのような黒い瞳が印象的で、ぱちぱち見上げてくる姿が愛らしい。
「わぁ、かわいい」
不思議な生きものの、いきなりの登場にしばし呆然としてしていると、吸い寄せられるように、フィリアがそれに手を伸ばした。撫でようと寄ってくる指を見て、その生きものは口を開く。その中は鋭い牙がびっしりだ。
――噛まれる!
「危ない!」
触れる直前で、フィリアの腕を掴み後ろへ引いた。直後、生きものの口がかちんと閉じる。
フィリアが、目を大きく開いてこちらを見た。
「ヴェン、いきなりどうしたの?」
「どうしたも、何も。今、噛まれるところだったんだぞ」
すると、フィリアは納得するどころかくすくすと笑い出した。
「平気だよ。この子、噛む気なんてなかったもの」
「確かに、敵意はないようだけど……」
いやしかし、今のは誰がどう見ても、明らかに噛まれてたと思うのだが。
奇妙にも確信をもって微笑むフィリアに少し困惑していると、生きものが口をパクパクと動かした。
「ヴェ――テラ――フィリ――アク――ワ――」
「えっ?」
舌っ足らずに紡がれたのは、知ってる名前ばかり。
フィリアから手を放し、改めて生きものに向き合った。
「テラとアクアを知っているのか?」
「それに、私たちの名前まで」
驚愕していると、生きものがポケットから何かを取り出した。星のような形と、中央に飾られた印。
「トモ――ィズナ!」
「それって『つながりのお守り』か!?」
「…………」
酷似した形に、おそらく彼が言った“絆”。やはり、この生きものはテラかアクア――または両方に会ったのだ。
確信し、更に生きものに質問をしようとした。しかし、再び船が大きく揺れる。
「このままだと危険です。船が爆発してしまいます!」
機械音声の悲鳴が響き渡る。
「爆発っ!?」
「大変だ、急がないと!」
急いで走り出すも、フィリアがすぐに立ち止まった。振り向けば、かさこそ足音がついてくる。床に手足をつけて、生きものが付いて来ていた。
「君も、一緒に来る?」
フィリアが生きものに話しかけると、そうだと答えるように生きものが後ろ足だけで立ち上がった。
あの敵意まるだしだった男と違って、人懐っこくて変わった生きもの。フィリアが気にいるのは理解できるが、これから戦うのに誘うなんて。
仕方なく生きものの前に立ち、少し目線を落として言った。
「危ないから来ちゃだめだ! ここで待ってるんだ」
生きものの耳がしょんぼりと垂れ下がる。落ち込む姿に心が痛むけれど、怪我を負わせてしまうほうが辛いので、これでいい。
「ヴェン。この子も連れて行ってあげよう」
隣で生きものと同じ表情を浮かべたフィリアが、熱心に言ってきた。
「だめだって。巻き込むわけにはいかないだろ」
「でも、この子なら、きっとだいじょうぶだから」
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「それは……ん……そういう気がするから……?」
「こいつ、こんなに小さいのに?」
牙はあるけれど、強靭のようには見えないし、あのアンヴァースにペチッと叩き払われる姿が容易に浮かぶ。
フィリアは首を傾げ「そうだよね……」と考え始めた。
フィリアには悪いが、とにかく今は時間がない。周囲を照らす赤いランプと、響き渡る警音が急かしてくるのだ。
「フィリア、行くよ」
「あ……けど」
「とりあえず、続きはアンヴァースを倒してから。俺も、訊きたいことがあるし」
生きものの視線を感じながら、多少強引とは思ったが、フィリアの手を掴み、白い廊下を走り出した。
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