闇の力を使わなかったことが気に喰わなかったが、ハデスの見込み以上の実力でテラは東ブロックを優勝した。現在は西ブロックの決勝を待っている状態で、ハデスはそのしばしの休憩時間をゆったりと過ごしていた。

「西ブロックの試合なんか見なくても、優勝はあの娘に決まってる。たくさんの魔物と戦い続けることに疲れ、もっと強い力を求めているときにあの男と戦わせれば、二人とも……」

 ハデスは肩を震わせ笑う。十数年ぶりに最高の気分だった。

「ハデス様!」
「大変、大変なんです!」

 子分の二匹が汗を滝のように流してやってくる。こういうとき、いい知らせを持ってくる可能性は米粒ほどもない。

「あの娘が負けちゃいました!」
「なにぃっ!?」

 カッとハデスの体が赤くなり、燃えあがる。ハデスの感情が昂ぶるときに起こる現象だ。子分たちはブルブル震えあがりながら報告を続けた。

「ちゃんとハデスさまに言われたとおりに山程の魔物と戦わせていたんですが、途中で試合に割り込んだ奴がいて……!」
「反則だって失格になったんですよ!」
「それを何とかするのがおまえたちの役目だろうが!……まったく、その程度のこともなんとかできないのか!?」
「も、申し訳ありません〜!」
 
 一度でも負けてしまったら、決勝戦進出はありえない。

「くそっ、あの娘が使えないとなると、ちょっと計算が狂ってくるな……他に使える駒は……」

 予想外の計画変更に、腹底にたまるハデスの焦りと怒りは増してゆく。その凄まじさ故に、惹きつけられてくるものたちが、どこからともなく集まってきていることも知らずに――





★ ★ ★





「どうして、あいつが……」

 西ブロック決勝戦までの待ち時間。ヘラクレスの対戦相手である兜の青年とフィリアが手を繋いで来たのを見て、ヴェントゥスはぽつりと呟いた。
 青年はまっすぐにこちらへやってくると、ヘラクレスの前で立ち止まる。

「どっちが勝っても、恨みっこなしだ」

 言って握手を求めてくる手を、ヘラクレスは握り返して頷いた。

「もちろん。僕はヒーローだからね」
「それを言うなら、ヒーローの卵だろ」
「そうか」

 笑いあう二人の姿は、見ている者からしても潔く、気持ちよかった。手が離れたところで、そろそろ決勝戦が始まると会場にアナウンスが響き渡る。

「時間だね」
「行くか」

 頷き合って、ヘラクレスたちが決闘場へ歩いて行った。フィルはフィリアたちが帰ってくる前にどこかへ行ってしまったので、フィリアと二人きりになる。
 フィリアは表情から察するに、さっきの落胆からは立ち直っているように見えた。きっと、あの青年のおかげなのだろう。言い表し難い感情が、腹の奥底から沸き上がってくる。

「あのさ……」
「あのね……」

 話しかけようとして、フィリアと同時に顔を見合わせた。

「なに?」

 今度は完璧に声が重なり、曖昧に苦笑し合う。

「フィリアから」
「ううん、ヴェンから先に」
「……それじゃあ」

 フィリアの話を聞いてしまえば、自分の話は必要なくなるかもしれないけれど。
 「どうして腕の傷を隠してたんだ」とか「さっきの『ひどい』の意味は?」とか、訊きたいことはたくさんあった。けれど、やはり今一番知りたいことは――

「どうして、あいつと一緒にいたんだ?」
「あいつって、ザックスのこと?」
「……うん」

 こちらの心持ちなど気付きもしていないのか、フィリアは決闘場の青年に目をやって、ふんわり頬を綻ばせる。

「さっき、声をかけてくれたの。いろいろ話を聞いてくれて……ザックスのおかげで、私、大切なことに気づくことができたんだ」

 自分ではなく、知り合ったばかりのザックスに相談し、それで仲良くなり手を繋いで帰って来た、と?

「…………なんだよ、それ」

 フィリアが見上げてくるのと同時に試合が開始される。ヴェントゥスはそれ以上何も言わず、決闘場の方を見た。




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