――風よ!」

 アンヴァースの爪を避け、フィリアは強風を発生させる。周囲にいたアンヴァースはあっけなく吹っ飛んだが、風の外からカマイタチがいくつも放たれてきた。

――守りを!」

 寸でのところでリフレクを張り、カマイタチから身を守る。しかしほっと息をつく間もなく、死角から飛んできた炎や氷が光の壁で弾け散った。

「なに、この数……!」

 リフレクを張りなおしながら汗を拭う。いくら倒し続けてもアンヴァースたちが現れてきてキリがない。

「とにかく、倒さなきゃ」

 気を持ち直し、遠くから攻撃してくるアンヴァースたちを探す。空に三匹、地に埋まっているものが二匹。

「これで……!」

 リフレクを解除し、ブラックアウト――名のとおり、視界が暗闇になる魔法で周囲の魔物の動きを制限する。その隙に全力で駆け、カマイタチを放とうとしていた魔物たちをマグネラでかき集めた。

――炎よ!」

 ファイガの爆発で、渦の中の魔物が消滅する。しばらく、これで楽になるはず。汗で頬に張り付いた髪を払った。立ち止まる暇すらなく駆けずり回り、魔法を唱え続けたせいで体がだるい。
 足元に影が近づいてきていて、慌てて退けた。一瞬後、地面から飛び出たフラッドの尖った腕が虚空を貫く。

「うぁっ!?」

 背後からの衝撃に息が詰まった。ブルーシーソルトの体当たりだ。服の背中が冷気で凍る。これがレッドホットチリだったなら服が焦げていたところなので、まだ幸運だったと思うしかない。
 不安定な状態で弾かれた体は、だんっ、と一度床石を跳ね、勢いがなくなるまで転がった。軽く咳き込みながら顔を上げれば、右側から風の刃が飛んできている。もう次のアンヴァースが!

「守りを……」

 しかし、魔法が完成する前にカマイタチが消滅した。――目の前に立つ人物を見て、湧き上がったのは歓喜と失望と、怒り。

「ヴェン……」
「これ以上、見ていられないよ」

 ヴェントゥスがキーブレードを構えて走り出した。時に風を纏い、炎を纏い――剣技の合間に魔法を唱え、たくさんのアンヴァースたちを倒してゆく。

「フィリア、助太刀による反則負け!」

 下された判決は、ヴェントゥスが全てのアンヴァースを倒した後のことだった。





★ ★ ★





 決闘場から降り、ヴェントゥスはキーブレードを消し去った。
 フィリアを見ると、無言で地面を見つめている。今にも泣き出しそうなその様子に、なんて声をかけていいのか躊躇われた。

「フィリア、怪我してただろ? 治さないと……」
「こんなの、後」

 突き放すような声音に怯み、差し出しかけた手を止めると、フィリアがその手を掴んできた。

「私より、ヴェンの方が怪我してる」

 アンヴァースの数と手負いのフィリアを守りながらの戦いで、いつもより強引に攻め込んだ自覚はある。フィリアが唱えたケアルガの光が腕から全身を包み込むと、あっという間に全身の掠り傷が癒えていった。

「ありがとう」
「ううん。私の方こそ、助けてくれてありがとう」

 するりとフィリアの手が離れる。

「でも、ひどいよ……」
「え?」

 その呟きに、思考が凍りついた。その間に、フィリアがこちらに背を向ける。

「私の傷、あっちで治してくる」
「あ、フィリア……!」

 引き止める間もなく、フィリアは通路の方へ走っていった。その小さな背中は、すぐに人混みの中へ消える。

「あれ? ヴェン、フィリアは?」
「傷を治してくるって……」

 ぼうっとフィリアの消えた方向を見ていると、ポーションを持ったヘラクレスがやってきた。よほど情けない顔をしてたのだろうか、ヘラクレスがぎょっと訊ねてくる。

「何かあったの?」
「フィリアに『ひどい』って言われたんだ」
「ひどい?」

 フィリアは悲しそうな顔をしていた。あんな表情にさせたのは――やはり、自分しか思い当たらない。
 頭の中がぐるぐる回り、眩暈がする。

「俺のせいで失格になったから……」
「ちょ、ちょっと待ってヴェン。落ち着いて、よく考えてみようよ」
「これ以外に、どう考えられるんだ?」

 ヘラクレスの方を見ると、朗らかな笑みを浮かべていた。

「さっき、フィリアが言ってたんだ。『大会は、優勝が目的じゃない』って」

 落ち込んでいるのは、大会に失格になったことではない?

「じゃあ、どうしてあんなに落ち込んでいたんだろう?」

 魔物に負けそうになったことが悔しいならば、自分にひどいと言うはずがないし……。
 ヴェントゥスが腕を組んで考え始めると、ヘラクレスが確かめるような目つきをした。

「ヴェン。本当に思い当たらない?」
「えっ、ハークはわかってるのか?」
「なんとなくだけどね。君たちって似てるから」
「俺とフィリアが?」

 ますます訳がわからない。笑顔を浮かべるヘラクレスにぐっと詰め寄った。

「教えてよ、どうしてフィリアが落ち込んでいるんだ?」
「う〜ん……これは、ヴェンが自分で気付かないと」
「でも――
「こらっ、ハーク! 半人前が人に説教なんぞ、十年早いぞ!」

 どこから話を聞いていたのだろうか。いつの間にかやってきていたフィルがヘラクレスを叱りつけた。

「フィル!」
「暢気に話をしとる場合か! 次はおまえさんの試合だぞ!」
「あっ、そうか。それじゃあヴェン、また後で!」
「あ、おう」

 ヘラクレスが決闘場に駆けて行く。

「俺が気付かなきゃいけないことって……何だろう」

 ヘラクレスの後姿を見送りながら、ヴェントゥスは何度目かのため息を吐いた。それに気付いたフィルがヴェントゥスを見上げてくる。

「なんだ、落ち込んどるのか?」
「ねぇ、フィルにはフィリアが怒っていた理由がわかる?」
「さてな。女心は複雑だ。男が頭で考えてもわかりはせん」
「オンナゴコロ……」

 滅多に聞くことのない単語だ。女の気持ちが男にわからないものならば、どうしてヘラクレスにはわかったのか。矛盾している。

「俺、フィリアのこと、どんどんわからなくなってく気がする」

 隠しごとにすれ違い――理解できず、伝わらない言葉が増えてゆく。
 思わず頭を抱えそうになったとき、フィルが当然のように言った。

「そりゃあ、付き合っていれば、相手の分からんことのひとつやふたつ出てくるもんだ」
「もう、ひとつ、ふたつどころじゃないよ」
「ふむ――

 いろんな気持ちに締めつけられて、胸が苦しい。
 フィルが顎を撫でながらこちらを見上げた。

「坊主。ひとつ教えてやろう。……女はな、変わるもんだ」
「は――?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。フィルはにやけながら続けて言う。

「ちょうどあのお嬢ちゃんくらいの年に大きく変わる。その次は二十歳くらいだ――その辺りからは、急に色っぽくなってだな」
「ちょっ、ちょっと待って! 俺の悩みはそういうのじゃなくて……!」

 ヴェントゥスが真っ赤な顔で叫んだとき、ヘラクレスの試合が開始した。




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