ヘラクレスと合流したヴェントゥスは、不機嫌だった。
「あれ、ヴェン。フィリアは?」
「俺より先に来たはずなんだけど、ハークも会ってないのか?」
「うん。どうして一緒に来なかったんだい?」
「別に……フィリアが『先に行く』って行っちゃったんだ」
ぼそぼそと答えると、ヘラクレスは何かを察したようだった。
「そっか。もし迷子になっていたら大変だ。手分けして探してみよう」
テレポで消えた後、ロビーの中を探したがフィリアは見つからなかった。ヘラクレスとも会っていないとなると、恐らくロビーにはいないのだろう。
胸がむかむかして、いらいらする。
フィリアは隠しごとをする割に、隠すのが下手だ。それが更にこちらの不安を煽るのも知らず、ばれてもなかなか白状しない。テラか、アクアになら素直なのに。
「――探さなくていいよ」
ヘラクレスが驚いてこちらを見た。
「でも、いいのかい?」
「きっと、フィリアはしばらく俺に会いに来ないから。それよりも、早くトレーニングを開始しよう」
「…………ヴェンがそう言うなら。こっちだよ」
ヘラクレスの案内に従って、ヴェントゥスは会場の方へ歩き出す。
★ ★ ★
ハデスはコロシアムから出ると、低い声でそっと言った。
「さて――おまえたち、わかってるな?」
「はいっ」
怯えた返事をしながら現れたのは、虫の化身であり、ハデスの子分――ペインとパニック。二人は愛想笑いを浮かべながら、こちらを見上げてくる。
「大会に紛れて、あの小娘をやっつけちまえばいいんですね?」
「違う! 倒さない程度に追い詰めて、娘の心の闇を膨らませるんだ」
「はぁ……しかし、どうやって?」
「その程度も自分たちで思いつかないのか!?」
「す、すみませんっ!」
ガタガタと震えあがる子分たちいらいらしながら腕を組んだ。この子分たちは従順だが賢くなく、おまけに二人そろってドジなので、思うように役にたったことがない。
「闘技大会なんて、どうせ参加者は魔物だらけだ。少しくらいその数が増えたって誰も気付かない。そうだろう?」
「…………あぁ、なるほど。さすが、ハデス様!」
「お任せ下さい!」
調子のいい返事をし、どこかへ走り去ってゆく子分たちを見送って、ハデスもゆっくり歩き始めた。大会の開催時間が迫ってきているため、入り口辺りの人影は少なくなっている。
「いくら見込みがあるといっても、やはりあんな細っこい娘ひとりじゃ頼りないな。やっぱり手駒はこう、でかくて頑丈なやつじゃないと……」
例えば、冥界にいるケルベロスやヒュドラのような。禍々しく獰猛で、無慈悲な力が好みだった。
「誰かいないのか。ゼウスをあっといわせられるようなやつ。いたー!」
ふと見回した視線の先に、あの少女と似た身なりの青年が立っていた。鍛え上げられた身体に、まっすぐな青の瞳。何よりもその身に宿る、深く強い闇の気配。
「稀に見る逸材だ。もしかすると……」
ハデスはニヤニヤと笑いながら、その青年に近づいた。
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