厳格な雰囲気と人々の熱気に包まれたコロシアム。フィリアはヴェントゥスと入口広場飾る対の巨像を見上げた。
「立派なところだな」
「なんだか緊張しちゃう」
きょろきょろと辺りを見回しながら、柔らかな砂道を進む。闘技大会には老若男女、たくさんの人が集まっていた。中でも一際目を惹くのは、鍛え上げられた筋肉をもつ男達。壁に掛けられたエントリー表を、穴が開きそうな程に見つめている。
「あの人たちも闘技大会に出るのかな?」
「すごい筋肉だね。まるでテラみたい」
「……筋肉かぁ」
ヴェントゥスが己の腕を見て、切なげなため息を吐いた。ヴェントゥスだって鍛えているのだから、それなりにあると思うのだが――やはり、男の子はああいうスタイルに憧れるものなのだろうか?
「ヴェンもテラくらいの歳になれば、きっとあれくらいになれるよ」
「う〜ん……それじゃあ遅いんだよな」
「そうなの? 私には、今のヴェンだって羨ましいけど……」
左袖を少し捲って腕を折り曲げてみるが、こぶができるどころか柔らかい。どうすればアクアのようにしなやかな筋肉をもてるのだろう。
「フィリア、それは?」
「え?……あっ」
不満げに自分の腕を突いていると、ヴェントゥスがポカンとこちらを見ていた。視線を辿れば、あの仮面の少年につけられた傷痕がすっかり見えてしまっている。
「これは――なんでもないよ」
ぱっと袖を戻すが、ごまかせなかった。険しい表情になったヴェントゥスが早口で訊ねてくる。
「そんな傷、前はなかったよな。どうしたんだ?」
「そ、そうだっけ?」
「そうだった」
はっきり言い切られ、言葉を失う。傷は袖に隠れるからと、言い訳はまだ考えていなかった。
「えぇと…………前に戦った時だと思う」
「いつ? 俺は一緒にいた?」
「わ、忘れちゃった……かも」
「かも?」
ヴェントゥスが怪しむような目つきになる。まだ納得してくれないようだ。旅立って再会した時は、これほど訊いてこなかったのに。
「痕が残るほどの傷だろ。本当に忘れちゃったのか?」
「だって、たくさん戦ってきたし……」
しどろもどろな回答に、ヴェントゥスが苛立ったように眉を寄せる。蛇に睨まれた蛙のような気持ちになり、冷や汗が頬を伝った。
「気にしないで。跡は残っているけれど、全然痛くないの」
「…………」
「…………」
なるたけ笑顔で明るめに言うが、返事がない。沈黙が重い。ヴェントゥスの怒りが増していくのが伝わってくる。
「あのぅ……ヴェントゥス?」
「フィリア。俺に隠しごとしてるだろ」
「え!」
反射的に肩が跳ねる。視線を右に移し、笑顔が引き攣るのを必死で堪えた。
「そんな。私、隠し事なんて――」
「そういうとき、フィリアはいつも右を見るんだ」
「うそっ!?」
「やっぱり」
「――あ」
反射的に目元を押さえた手で、そのまま頭を抱える。
「俺に言えないことなのか?」
「う……うぅっ……」
もし正直に「あの仮面の少年と再会し、戦って負傷しました。ついでに、お守りも奪われてしまいました」と答えたら、ヴェントゥスはどうするだろう。あの少年とのいざこざと優しい性格から鑑みるに、また二人が戦うことになるのではないか――。自分の犯した失態に、ヴェントゥスまで巻き込みたくなかった。つながりのお守りは自分で取り戻すと決めたのだから。
「ヴェン!」
気を引くように、音を立てて両手を合わせた。
「ハークが待っているんだから、急がなくちゃ!」
「そうだけど、今は」
「私、先に行くねっ」
「あ、フィリア!」
走りでは、ヴェントゥスに追いつかれてしまう。フィリアは無理矢理にテレポを唱え、コロシアムの中へ移動した。
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