試験が開始される時刻まで、後どれくらいだろうか。
マスター・エラクゥスの許可を得て、キーブレードを使えないフィリアも広間の壁側にヴェントゥスと一緒に整列していた。
広間には玉座のように椅子が三つほど並んでいて、いつもなら中央にエラクゥスが座っているのみなのだが、その日はエラクゥスは左端に、右端の椅子には見慣れぬ老人が腰掛けていた。
珍しさからその老人をじっと見つめた。あの人とは、以前会ったことがあるような気がする。
視線に気づいたのか、老人がこちらを見た。ギラギラとした金の瞳。その色が何だか怖くてとっさに視線を逸らしてしまった。失礼な態度をとってしまったかもと後悔したとき、隣にいるヴェントゥスが姿勢を正す。顔を上げるとエラクゥスが立ち上がっていた。
「これよりマスター承認試験を行う。此度は候補者が二人であるが、いずれかの優劣を競うものに非ず。キーブレードに選ばれし者としての心のありようが試されるものである。この久しい若きマスターの誕生に際し、幸いなことにマスター・ゼアノートが足を運んでくれた」
エラクゥスに紹介されて、ゼアノートが目礼する。
「二人とも心して臨むように」
「はい!」
テラとアクアが緊張した声で返事をする。フィリアも手がじんわりと汗ばむのを感じていた。
「では、始めるとしよう」
エラクゥスがキーブレードを構えて念じると光の玉が広間にいくつか生み出された。いつも修行で見ている光の玉。エラクゥスの命令で自在に動き、体当たりをしてきたりレーザーを放ってくる。
「……?」
ふよふよと浮かぶ光の玉を見ていると、ぞわりと鳥肌がたつような深い力の気配を感じた。底が見えない不気味なもの。フィリアはその正体を探ろうと思ったが、すぐにそれどころではなくなった。
「あ――!?」
広間の空気が変わる。光の玉に黒い影が纏わり付いて、エラクゥスの制御から離れて好き勝手に動き始めたのだ。
★ ★ ★
テラと背中を預け合わせ、アクアは周りを囲ってきた光の玉たちを警戒する。
光の玉が暴走するなんて今まで一度もあったことがない。しかし、この緊急の事態にもエラクゥスはただ黙ってこちらを見ている。試験は続けるつもりらしい。そうだ。結局、今自分たちがするべきことは変わらない。
早速光の玉に斬りかかろうとしたときに、端にあった光の玉が二つ、壁際に立っていたフィリアとヴェントゥスに襲い掛かった。駆けつけようにもここからでは間に合わない。
「フィリア!ヴェン!」
テラも気づいたらしく、同じタイミングで叫んでいた。ヴェントゥスがとっさにフィリアの前に立って、キーブレードで光の玉の一つを消滅させる。
「――雷よ!」
残ったもう一つもフィリアが放った雷に撃たれ、空気に溶けるように消えていった。
「俺達の事なら大丈夫! 二人は試験に集中して!」
二人が無事でほっとしたが、光の玉はまだたくさん残っている。マスターたちはいいものの、年下の二人は心配だった。
「でも、二人ともここにいたら危ないわ! 部屋に戻って待ってて!」
「いやだ! 俺、楽しみにしてたんだぞ! テラとアクアがマスターになるのをこの目で見届けたいんだ!」
「私もヴェンと同じ気持ち。お願い、アクア」
「でも……」
「二人なら大丈夫だ。俺たちと一緒に修行してきたんだからな」
背後からテラが落ち着いた声で言う。三対一。しかも、いつまでも言い合っていられる状況ではない。
「わかったわ。気をつけてね!」
二人とテラにそう言って、目の前の光の玉に斬りかかった。
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