「もう始まってる」
全速力で駆けて来たヴェントゥスは、沸き立つ会場を進み、中央にあるコートを見た。
「フィリアだ!」
エアロで巨大な果物の風船を撃つフィリアを見て、焦燥が一層強くなる。対戦相手は、やはりピート。
「えいっ」
フィリアが撃った風船が、ゴール前を陣取っているピートの拳に弾かれる。現在、2点差でピートの方が優勢だった。
「俺様のシュートをくらえ!」
大きな口で笑いながら、ピートがメロンの風船をシュートする。フィリアのすぐ側を駆け抜けて、見事に風船はゴールした。
「あっ、うう……」
「ガハハハハ。この調子なら楽勝だな――あいてっ!」
大口で笑ったとたん、ピートが足元のバナナの皮ですってん転ぶ。その隙をついて、フィリアのリンゴの風船がゴールした。
「やったぁ!」
「くそー、よくもやったな!」
起き上がったピートが目を細めてフィリアを睨みつける。アイスの機械を殴りつけようとしたときと同じものだ。
パイナップルの風船がピートのコートに落とされた。嫌な予感に、ヴェントゥスはコートの近くへ走り出す。
★ ★ ★
あと1分で、最低3回シュートを決めなければ負けてしまう。
優勝するためにこの試合に参加したのではないけれど、勝ちたいという気持ちがあった。
「くそー、よくもやったな!」
ピートがこちらを睨んでくる。反撃にそなえ、硬く手を握り身構えた。
ポンッとパイナップルの風船がピートのコートに落とされる。
「くらえー!」
「……!」
ピートがこちらを狙ってその風船を殴りつけたその一瞬、胸の奥底から震え上がるような、言えもしない恐ろしさに体が竦んだ。ものすごい速度で飛んでくる風船はもう目の前に――避けられない!
風船が直撃し、破裂音が鼓膜を貫いた。耐えられずにコートに崩れ落ちる。――また、だめだった。
ぐらんぐらんと揺れる視界。気持ちが悪い。目元を押さえて座り込んでいると、客席から歓声があがった。どうやら、ピートに点を奪われたらしい。ただでさえシュートが入らないのに。勝ち目はもう絶望的だ。
「これは、もう……」
「フィリア!」
「え――?」
諦めを呟こうとした時、ヴェントゥスの声がした。このざわめきと耳鳴りの中、ひとりの声が聞こえるはずあるわけないのに……?
観客の方に目をやるが、もちろんヴェントゥスの姿は見つけられない。
「ガハハハハ! 今頃起き上がっても、もう遅いぞ!」
起き上がると、ピートが嘲笑ってくる。倒れている間にピートは2本シュートを決めたようだ。現在は4点差。残り時間はあと30秒。
周囲の人は、すでに勝敗は決していると思っているようだった。ピートのガハガハという笑い声がコートに響く。
「負けたくない……!」
機械から風船が発射された。残り25秒。体に宿る、全ての魔力をかき集める。
「この点差をひっくりかえせるもんか。俺様の優勝だ!」
ピートがぶどうの風船を持ち上げて、またこちらに投げつけてきた。
――先程よりも、怖くない。
「風よ!」
エアロの何倍もの威力がある、究極魔法であるトルネド。魔力で作り上げた暴風がコートに生み出され、ぶどうの風船を弾き、風の渦に飲みこんでゆく。
「な、なんだぁ……?」
ピートが口をあんぐり開きながら後ずさりする。フィリアは両腕をピートに向け、風の方向を操った。
「お願い!」
「う――わぁぁああっ!」
激しい風はピートの巨体をも呑みこんで、ゴールの網へと吹き抜ける。
ピピーッと笛が鳴った。決勝戦が終了した。
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