アクアが旅立ってしまった後、ヴェントゥスたちは広場の床に、壁を背にして座っていた。
テラからもらった木剣を回しながら、ずいぶんと長い間フィリアと一緒に沈黙していた。これからどうするべきか迷っていた。
「私たち、マスターのところに帰ったほうがいいのかな?」
立てた両膝に顔を半分埋めながらフィリアが言う。
「フィリアは帰りたい?」
「……ヴェンは?」
「俺は……」
どうしたらいいのだろう。答えられず、また木剣を回す。
テラと約束した通りに、これからもフィリアと一緒にいるとして。安全を考えるなら、やはりエラクゥスの元へ帰るべきだ。しかしエラクゥスの元に戻ったら、もう外の世界へは出られなくなる。テラとアクアのことが気になるし、あの仮面の男の不吉な言葉も払えた気がしなかった。
「あっ」
手が滑り、木剣が床を転がってゆく。遠くに行ってしまった木剣との距離がまるでテラとの距離に見えて、更に気持ちが沈んでゆく。
「ん?」
ちょうど木剣の側に歩いてきた男が拾い上げ、こちらを向いた。燃えるように逆立った、赤い髪の近い年齢の少年だ。
「これ、おまえのか?」
「リア、あまり時間がないぞ」
「わかってる、アイザ。すぐに済む」
一緒にいた青髪の少年、アイザに言いながらリアが木剣を持ってやってくる。ジロジロとこちらを見ると「ふぅん」と笑った。
「なんだよおまえら。辛気臭い顔してるな」
「放っておいて……」
膝を抱えたフィリアが顔を逸らすとリアがますます笑みを深める。なぜだか胸がざわめいた。
「おまえらこんなので遊んでんのか、おこちゃまだな。俺のはこれだ。……ジャーン! かっこいいだろ?」
木剣を放り投げ、リアがフリスビーを取り出した。キャラクタ−がプリントされたそれらは、誰がどう見てもおもちゃである。
「おまえのだって」
「おまえじゃない、リアだ。記憶したか? おまえたちの名前は?」
「……ヴェントゥス」
「フィリア……」
「よぉし、勝負だヴェントゥス。勝った方がフィリアとデートな!」
「はぁ?」
「デート!?」
普段耳にしない言葉だが、さすがに意味は知っている。しかし、なぜそうなるのか理解できない。
「なんでそうなるんだよ?」
「自信ないのか? じゃあ、フィリアとのデートは俺のもんだな」
「ちょっと待って。私、デートなんて」
「ほら、来ないならこっちから行くぞ!?」
フィリアが顔を真っ赤にしてリアに抗議しようとするも、全く無視されている。――勝手な奴。受けてたつ必要はないけれど、フィリアがリアとデートをする姿を想像するとすごく悔しい気持ちになった。
木剣を拾い上げ、キーブレードと同じく構える。
「ヴェン?」
「おっ、そうこなくっちゃ!」
フィリアが驚きながらこちらを見て、リアがフリスビーをゆらゆら揺らす。
悪いが、ちょっと本気でやらせてもらう。
「後で泣くなよ」
リアが勝気に笑い返してくる。開始の合図がなくても、同時に動き出していた。
★ ★ ★
リアが地面に崩れるように座り、肩で息をしながら笑った。
「ま、あれだ……とりあえず引き分けってことにしといてやる」
「えっ……ああ」
ヴェントゥスの「まぁ、いいか」という呟きを聞きながら、フィリアはこっそり胸を撫で下ろした。
いきなりデートと言われても非常に困る。どうしてよいのかわからないから、とにかく困る。
黙って観戦していたアイザがリアの側に行き、呆れ顔で見下ろした。
「どう見ても、おまえがひとりで暴れて勝手にバテたようにしか見えなかったけどな。何がしたかったんだ?」
「はぁー? 友達ならこういうとき、もちっとフォローするんじゃねぇの?『今日は調子悪かったな』とか『手加減しすぎだろ』とか。……友達なくすぞ」
「悪い。俺はウソが下手なんだ」
そっけなく言い返され、リアが床に寝転がる。
「友情って泣けるよなー。おまえらも友達は選んだほうがいいぞ」
そう言うと、リアとアイザが噴出すように笑い出した。一度顔を見合わせて、二人のやりとりのおかしさにフィリアたちもつられて笑い出す。四人しばらく笑いあい、頃合いを見てアイザが言った。
「リア、そろそろ行くか」
「ああ」
「行くのか?」
起き上がり、アイザに続こうとしたリアにヴェントゥスが声をかけると、リアが顔だけをこちらに向けた。
「おまえたちとはまた会えそうな気がする。俺たちはもう友達だからな。――記憶しとけよ」
「わかった、リア」
「さよなら、じゃなくて。またね、リア」
自分も挨拶をした途端、イタズラを思いついたようにリアがニヤリと笑った。
「次こそデートの決着をつけようぜ、ヴェントゥス」
「なっ!?」
「もう、また言ってる……!」
恥ずかしくて顔を逸らすと、少し下を向いたヴェントゥスがいつもより低い声で言う。
「やっぱりあれ、俺の勝ちだ」
「何言ってんだよ。俺が手加減してやったから引き分けだろ」
「もう一度勝負するか!?」
「やるなら受けて立つぜ!」
「リア、早くしろ!!」
木剣とフリスビーを向け合った二人に、アイザの怒声が降り注いだ。
リアとアイザと別れ、またヴェントゥスと二人になる。不思議とスッキリした気持ちだった。おもいっきり笑えたからなのかもしれない。
「面白い人たちだったね」
「ああ。……友達か――見つけられるかな」
「え?」
「決めたよ」
ヴェントゥスがこちらを見る。ヴェントゥスも清々しい笑顔だった。
「俺はまだ帰らない。もう少し、この旅を続けるよ」
「……」
フィリアは、軽く目を閉じた。
ヴェントゥスと、テラとアクアのこと。あの少年のことに、繋がりのお守りのこと。このままで帰ったら、きっと自分は後悔する。
「私もヴェンと一緒に行きたい」
「うん。一緒に行こう」
「フィリアだけ帰れ」と言われる予想が外れほっとすると、ヴェントゥスが何かに気付き拾い上げた。
「フィリア、また落としたよ」
「あ……別のポケットに入れたのに」
それは、またしてもポケットに入れておいたパスチケット。どうやらこの服に無事なポケットは無かったらしい。
「ちょうどいいし、次はこの世界に行ってみようか」
「賛成。面白いところなんだよね」
「楽しみだな。着くまで、このパスは俺が持っててあげる」
「ありがとう」
早速、パスをポケットに入れてヴェントゥスが鎧を纏う。自分も鎧を装着しようとして、ふと気付いた。二人で旅をするということは、デートをしていることに、なる?
カーッと顔に熱が昇った。
「やだ、私、何考えて……そんなワケないのに……!」
ヴェントゥスから隠すように背を向け、両手で頬を包む。熱い。こんなことを考えてしまうだなんて、たぶん、いや、絶対リアのせいだ。恥ずかしくてヴェントゥスの顔をまともに見られない。
「フィリア、何してるんだ?」
「な、なんだか急に暑くなってきちゃって」
「ふぅん? なら、異空の回廊ギリギリまで鎧を着けなければいいよ」
「えぇっ!? 確かに涼しくなれるかもしれないけれど、それじゃあ顔を見られちゃう……」
「顔?」
「違っ、待って。すぐに用意――きゃっ」
言葉の途中でヴェントゥスに両手を掴まれ引っ張られた。その勢いでヴェントゥスにしがみついてしまったあげくに抱きしめられて、頭の中が真っ白になる。混乱していると、ヴェントゥスがくすくす笑った。
「時間切れ。ほら、ちゃんと捕まって」
「でも、私、まだ鎧……!」
ぐん、とキーブレードが動き出す。ヴェントゥスと慌てふためくフィリアを乗せて、キーブレードはどんどん高度を上げていった。
★ To be continue... ★
執筆:2010.3.10
修正:2011.6.26
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