鼓膜を貫く音が絶え間なく広場に響く。アクアが少年とキーブレードを弾き合わせている音だ。
フィリアは悔しさに歯噛みした。少年はアクアばかりを執拗に狙ってくる。アクアを巻き込む恐れがあるため、広範囲や高威力の魔法を使うチャンスがほとんどなく、見ていることしかできなかった。
アクアが押し合いに負け、また一歩後退する。
「鈍ってきたな。もう限界か?」
「くっ……まだまだ!」
アクアは大きくジャンプして距離をとり、少年にキーブレードを振り上げる。タイミングを見て自分もブリザラを唱えるが、寸前で避けられた。
何度目かの切り結び。少年がくるりを回ったかと思えば、片足でアクアの腹を蹴飛ばした。衝撃に従ってアクアの体が壁に叩きつけられる。
「アクア!!」
急いでサンダラを少年に向けて放ったが、少年の姿が陽炎のように消えてしまい空振りに終わる。
「あ――」
また回廊を使って少年が現れた場所は、腹を押さえ咳き込むアクアの真正面。キーブレードを突き刺すように構えている。
本のページのように進む一瞬から一瞬の間。フィリアは無我夢中で魔法を唱えていた。
★ ★ ★
やられる。
迫ってくるキーブレードにアクアがそう覚悟すると、魔法の光を散らしながら目の前に何かが現れた。胸元くらいの身長、見慣れた髪色――テレポで移動したフィリアだった。
「フィリア!?」
「なっ!?」
男が焦った声をあげる。ギリギリで逸らされた刃の先はフィリアの左腕を切り裂いていった。
「――風よ!」
血が噴き出るのもかまわずに、フィリアが男にエアロラを放つ。至近距離から発生する強風に男は耐えるように身を屈めたが、アクアがキーブレードで攻撃すると踏ん張りきれずに宙へ飛ばされ広場の地面に倒れ落ちた。
「フィリア、腕を見せて!」
男が動かなくなったのを確認して、傷を押さえるフィリアの手の上からケアルガを詠唱した。あの状況で飛び込んでくるなど命を捨てるようなものだ。男がかなりの腕前で避けようとしなかったら、今頃、自分は彼女の死体を抱えていた。
傷は、深い。魔法で治しても跡が残るかもしれない。
「ひどい傷……無茶しすぎよ」
「夢中だったから。それより、アクアのほうは?」
「私はなんともないわ、ありがとう。でも、こんなこと二度としないって約束して」
「……わかった」
フィリアの傷を塞いだ後、仮面の男に近寄った。声に全く覚えはないが、仮面の下は知っている顔だったりするのだろうか。
黒く、つるりとした仮面に触れる。
「何者だ?」
「アハハハハハハッ!!」
仮面を暴こうとしたとき、いきなり男が笑いだした。ぎょっとして跳び離れ、キーブレードを握り締める。
男はゆっくり立ち上がると、笑い続けながらこちらを見た。
「なかなかやるな。いいだろう……おまえは予備だ」
言いながら差し出された男の手から、しゃらりと星が吊るされた。あれは、自分がフィリアにあげた――。
「私のお守り!?」
後ろにいたフィリアが、ポケットを押さえながら真っ青な顔で叫ぶ。
「返してっ!」
「せいぜい強くなるんだな」
フィリアが追いつく前に、男は闇の回廊の中に消えてしまった。フィリアは辺りを見回して、適当な方向へ駆け出そうとする。
「待ってフィリア。どこへ行くの?」
「だって、アクアから貰った繋がりのお守りが……!」
必死に涙を堪えるフィリアを落ち着かせるため、その肩を強めに掴んだ。
「お守りは私が必ず取り返してきてあげる。だから、あなたはヴェンといっしょにマスターのところに戻りなさい」
「どうして……!?」
「あいつは危険すぎる。これ以上関わってはダメ」
あの男がフィリアのお守りを奪っていったのは、きっとフィリアをおびき寄せるためだ。
フィリアが納得できないと言わんばかりに、大きく首を横に振った。
「あの子はアクアも消そうとした。アクアだって危険だよ!」
「私にはやらなければならないことがあるの」
「じゃあっ……じゃあ、私も」
「フィリア! アクア!」
ヴェントゥスの声が広場に響き渡った。エントランスから走ってきている。
アクアはフィリアから手を離しながら、小声で言った。
「あいつに会ったことは、ヴェンには内緒よ」
フィリアが無言で頷いたとき、ちょうどヴェントゥスが目の前に辿り着く。
「ヴェン、テラには会えた?」
「うん。でも、ひとりで行っちゃった」
「そう……。私も行かないといけない」
「じゃあ、俺も一緒に」
「それはだめ。ヴェンはフィリアと一緒に帰るのよ」
「一緒に行けないの?」
二人がしょんぼり悲しむ姿に、胸が痛んだ。
「あなたたちを危ないことに巻き込みたくないの。わかってね」
これでいい。たとえ二人の気持ちを無視することになろうと、エラクゥスが側にいれば、もしまたあの男が現れても守ってくれる。
アクアは腕につけた装置を機動させた。
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