住宅街を抜ければ中央広場。まだテラとヴェントゥスに会えなかった。

「二人とも、どこまで行っちゃったんだろう?」
「この先は道が分かれているわね。城とエントランス、どっちかしら?」

 エントランスを見たとき、そこにいた人物にフィリアの表情は凍りついた。

「あの子は」

 仮面をつけたあの少年だった。てくてくとエントランスの前を歩いている。
 呆然としていると、視線に気付いたのか、少年がこちらを向いた。表情は見えない。けれど笑っているような気がした。

「やっと来たか」
「どうして、ここに……」

 荒野での恐怖が蘇り体が勝手に震えだす。隣にいたアクアが気付き、少年に話しかけた。

「おまえは、ヴェンが言っていた仮面の?」
「あー、ヴェントゥスか。どうだ? あいつ、少しは強くなったか?」

 少年の言葉にぞっとする。まだヴェントゥスに会っていない口ぶりだが、これから会いにいくつもりなのだろうか。――消すために?

「それはどういう意味だ?」
「聞いてるのはこっちだ」

 アクアが訊ね返した途端、少年は一転して不機嫌な声になる。

「それに、意味を知ったところでどうにもならない。――おまえはここで消えるんだからな!」

 彼の手にあのキーブレードが現れ、切っ先がアクアに定められた。明らかな敵意と殺意。やはりこの少年は敵なのだと痛感する。

「戯言を!」

 アクアもキーブレードを構えると、少年が地を蹴って襲い掛かってきた。フィリアが後ろに、アクアが横に避け、広場の床が少年のキーブレードで割れ砕かれた。

――雷よ!」

 精一杯魔力を籠めた雷が少年に触れる前に、彼が振り向きざまに放った黒い雷に相殺される。その隙にアクアが少年に斬りかかるが、片手で持ったキーブレードに易々と受け止められた。

「くっ……」
「フン。おまえもこの程度なのか?」
「なにっ!?」

 アクアと鍔競り合わせながら、少年が喉の奥でくつくつ笑う。アクアは少年をきつく睨みつけ、身を捩るようにして力をこめた。

――炎よ!」

 アクアに当たらないよう狙いを定めながらファイラを放つと、少年はアクアと切り結ぶ力を籠め、それをバネに跳んで避けた。かけられた重さにたまらずよろけ、アクアのキーブレードが地面に落ちる。

「アクア!」

 魔力を溜める時間はなかった。ファイアやブリザド、サンダーになったが、攻撃魔法をめちゃくちゃに放ち、なんとか少年をアクアから引き離す。アクアがキーブレードをしっかりと持ち直した。

「アクア、だいじょうぶ?」
「ええ。フィリア、あいつはいったい?」
「私にもわからない。あの子、ヴェンのことも」

 染み出すように、目の前に闇が生まれる。闇の回廊。そこからすごい勢いで少年が飛び出してきた。

「フィリア、離れて!」

 歯車の刃をアクアのキーブレードが受け止める。そのまま剣圧に押され、どんどん壁際に追い詰められていった。





★ ★ ★





 エントランスを歩きながら、ヴェントゥスは中央広場の方を振り返った。
 道中、寄り忘れていたマーリンに叱られたり、アンヴァースに襲われていた少年を助けたりしていたので、ここまで辿り着くのにかなりの時間が経過していた。

「フィリアとアクアは来ないのか……」

 これだけ遅くなっても追いついてこない二人にヴェントゥスは悲しくなる。今までじゃれ合いのような喧嘩なら幾度となく見てきたが、あれほどテラが怒る姿は初めてだった。

「俺たち、本当にこのままバラバラになっちゃうなんてないよな……」

 もちろん、答えてくれる声はない。フィリアがいたら頷いてくれただろうか。ひとりでいることに寂しく感じながら空中庭園へ出ると、その景色に息を飲んだ。

「わぁっ……」

 悠然と美しい青空が広がっていて、その下に赤や白の花々が咲いている。その名に相応しい、正しく空の庭園だった。遠くまで見渡すと庭園の中央に噴水があり、そこにテラが立っている。

「テラー!!」

 呼ぶと、テラがこちらを向いた。ひどく落ち込んでいる様子だったが、先ほどのアクアとの一件を思えば当然だ。

「テラ、俺もいっしょに行くよ!」

 駆け寄ってそう言うと、テラが黙って顔を逸らした。

「ヴェンとは一緒にいけない」
「何でだよ……」

 いろんな世界を旅し、やっと追いつけたのに。ヴェントゥスががっくりうな垂れると、テラが一歩前に進んだ。

「おまえはフィリアの傍にいるんだ」
「……俺が傍にいても」

 そこで言葉を切り、息を浅く吸いこみ深く吐く。荒野の一件から、フィリアの様子はおかしかった。笑顔を見せる回数は極端に減り、思いつめた表情で何かを考えている。そのくせ、自分には何も言ってくれない。

「俺、またフィリアを泣かせちゃうかもしれない。守りきれないかもしれない……。フィリアが頼りにしてるのはテラたちなんだ。だから」
「俺にはできない」
「えっ?」

 想像もしていなかった答えにテラを見上げた。髪に隠れ、その表情はよく見えない。

「今の俺にはできないんだ。だから、ヴェン。あいつを頼む」
「……わかった……」
 
 真剣な声に頷くことしかできなかった。すぐ目の前にいるテラがとても遠くにいるような気さえする。

「なぁ、どうしてもひとりで行くのか?」
「言ったろ。俺にはやらなければならないことがある」

 別々の道なんてイヤだが、これ以上食い下がってもきっとテラは頷いてはくれないだろう。どうしたらいいのかわからず困っていると、テラが言った。

「でも――いつかおまえが俺を救ってくれるのかもな」
「救うって、当たり前だろ。友達なんだから」

 テラが顔だけをこちらを向けた。少しだけ纏っている雰囲気が和らいだように感じる。

「そうだな……ありがとう、ヴェン」

 テラが肩の装置を叩き鎧を装着する。キーブレードをライドに変えると、異空の回廊から行ってしまった。
 これから自分はどうしよう。結局テラはひとりで行ってしまったし、アクアと仲直りもしてないままだ。――そうだ、アクア。

「アクアに知らせないと」

 はっとして、ヴェントゥスは来た道をもどり始めた。




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