しばらく笑いあった後、今度は四人で丘に腰掛けて星空を見上げた。一人の時にも美しかったが三人と一緒に見上げるともっと輝いているように見える。
突然アクアが「そうだ」と声を出して立ち上がり、ポケットを探った。
「明日はテラと私のマスター承認試験でしょ? お守り、作ってきたの」
アクアのポケットから取り出されたのは、星のような形をした橙・青・緑・黄のガラスで作り上げられた四つのお守りだった。そのままアクアは橙をテラに、緑をヴェントゥスに投げる。自分には黄色のお守りが渡された。一見、華奢で脆そうに見えるお守りはとても丁寧に作りこまれていて、中央には紋章が飾られている。
「ありがとうアクア! 大切にするね」
黄色のお守りが手の中で涼しげにチャラリと揺れた。今までもアクアからはたくさんの物をもらってきたが、四人みんなでお揃いの物を持つことは初めてだ。――これは、特別に大事にしよう。
「俺にもくれるの?」
ヴェントゥスが緑のお守りを眺めながら訊ねると、「もちろん」とアクアは頷いた。
「みんなお揃いよ! 世界のどこかに星型の実をつける木があって、その実はつながりの契りになるんだって。そしてその実を貝殻で模したお守りを持っていると、たとえ離れ離れになったとしても必ず再会できるらしいの。……まぁ、本物の材料は手に入らないからそれっぽく作ってみただけなんだけどね」
「とっても素敵なお話だね」
つながりの契り、どれだけ離れても再会できる。フィリアが特に好んで読む、恋愛物語の常套句だ。
アクアの話に聞き入っていると、背後にいたテラがニヤリと笑んだ。
「そういうとこは女の子なんだな」
「そういうとこはって何なのよ!」
アクアは不満げにテラにねめつけ、フィリアはまた始まったと苦笑する。テラはたまにこうやってみんなをからかう。
テラの隣で、ヴェントゥスは不安そうにアクアとお守りを交互に見た。
「本物じゃないと効果ないの?」
「んー、効果はまだわからないんだけど、魔法をかけておいたよ」
「えっ、どんな?」
期待に瞳を輝かせるヴェントゥスに、アクアは青のお守りを掲げた。その仕草につられてフィリアも同じくお守りを見上げる。
「つながり、だよ!」
★ ★ ★
その後、テラが明日の為に手合わせをしようと言い出した。
キーブレード使いは三人なので、まずはテラとヴェントゥスが手合わせをすることにした。手に馴染んだキーブレードを片手でくるくると回しながら、ヴェントゥスはテラと向かい合う。
「いくよ!」
「どこからでもかかってこい」
毎日何度も手合わせをしている仲だ。相手のクセや考え方は知り尽くしている。
飛び上がりながら振り下ろした攻撃を、片手で持ったキーブレードで受け止められた。そのまま体重をかけて精一杯力を込めたが簡単に跳ね飛ばされる。転ばないように急いでバランスをとりなおして着地した。
「まだ力じゃ敵わないか」
「当然だな」
苦く呟くと、テラが余裕たっぷりに言い返してきた。テラとは男同士ということもありよく競いあっている。以前は全てにおいて敵わなかったが、最近は魔法の扱いならば負けないようになってきた。早く力でも負けないようになりたい。
「余裕なのは今だけだからな!」
「どうかな」
お互い挑発するように笑いあって、もう一度キーブレードをぶつけ合った。
★ ★ ★
手合わせをしているテラとヴェントゥスの姿は、まるでじゃれあっている犬の兄弟のようだ。ヴェントゥスが本気なのに対し、テラの顔がいつまでも余裕気なのがますますそう見せるのかもしれない。
「アクアの言ったとおり、兄弟みたいだね。あの二人」
「あら、私はフィリアもまぜて言ったのよ?」
「え!」
「ほら、ちゃんと集中して」
「あっ、うん」
慌てて右の掌に意識を集中させる。体じゅうの血が巡り、そこに集うように自分の魔力が掌に溜まっていく。
魔法を使うイメージはコップと水のようなものだ。コップが魔法で、水が魔力。コップに水を溜めるとたくさんの水が扱えるように、魔力と魔法の威力も比例される。戦闘で魔法を使う時は、如何に早く正確に局面に応じたコップに水を溜めれるかが鍵となる。
「――雷よ!」
声に魔力が呼応して、右手から目の前の岩へと電撃が走る。小さな岩は雷で砕かれて二つに割れた。
声を出さずに魔法を使える者もいるが、自分にはまだできない。先ほどの例えを使うならコップに溜まった水を扱う手の力のようなものだろうか。言の葉で強く魔法のイメージを固めないと魔法を上手く具現化することができない。
「前より早くできるようになったね」
「本当!?」
「うん」
四人の中で一番魔法に秀でているのはアクアだ。もしかすると、師匠であるマスター・エラクゥスよりもアクアから教わったことの方が多いかもしれない。
「うわ!」と悲鳴が聞こえて振り向くと、またヴェントゥスがテラに跳ね飛ばされていた。ヴェントゥスは悔しそうな表情をしていたが、テラと手合わせを終える礼をしてこちらに向かって走ってくる。
「アクア、お待たせ」
「ええ」
ヴェントゥスとアクアが交代しテラとアクアが手合わせを始める。ヴェントゥスを相手にしていた時とは違い、テラの顔からは余裕の笑みが消えている。
テラとアクアは四人の中で一番付き合いが長い。それぞれ得意とする力は違うが、実力は拮抗し、二人の手合わせの勝敗はいつも同じような回数だった。お互いに実力を認め合い、高めあえる存在――好敵手というものなのだろうか。
フィリアは横に座っているヴェントゥスを見た。
「ねぇ、ヴェン。私と手合わせして」
「えっ」
ヴェントゥスは目を丸くしたが、すぐに首を横に振った。
「フィリアとはできないよ」
「む。どうして?」
「えぇと……マ、マスターに禁止されてるだろ?」
先ほども出てきた名だが、マスター・エラクゥスは自分たちにとって師であり、父親のような存在だ。キーブレードに選ばれていない自分は、彼から「手合わせをする必要がない。してはいけない」となぜか禁止されている。だが、自分はいつかアクアのように強い女性になりたいのだ。そのためには、普段、光の玉を相手にしているだけではものたりなかった。
「わかってる。だから、内緒でおねがい!」
「このとーり!」と目の前で両手を合わせて頼みこむも、すぐに「だめだよ」と一蹴されてしまった。
ため息をついた時、テラとアクアが手合わせが終えてこちらに来た。二人が本気で手合わせをするとなかなか決着がつかず、何十分でも戦い続けていることが多い。今夜はいつもより軽めに済ませたようだ。
「さぁ、そろそろ帰ろう」
「うん。帰ろう」
ヴェントゥスがキーブレードを消した。
「ほら、フィリア」
「うん!」
テラが左手を差し出してくるのを右手で掴む。この丘から帰る時はいつもテラと手を繋ぐ。昔、坂で転んでしまってからの習慣だった。子供扱いは少し恥ずかしいが、テラの大きくてあたたかな手と繋げるのが嬉しくて、この優しさに甘えることからはなかなか卒業できなかった。
テラと右手を繋ぎながら、左手で先ほどアクアから貰ったお守りを握りしめる。
「明日、二人が試験に合格しますように……」
祈りながら空を見上げると頭上を星が流れていった。
四人でここから星空を見て一緒に帰る――それはこれからもずっと変わらないと信じていた。
私たちが同じ星空を見たのは、これが最後になった。
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