結局、アンヴァースに追いつかないまま、フィリアたちは噴水広場を飛び越えて水路を抜け、動力炉に辿り着いた。
 鉄でできた大きな機械施設の中心に男がひとり立っている。彼を見てフィリアは短く息を吸い込んだ。
 あの後姿はまさか――いや、絶対に見間違うはずがない。

「テラ!」
「フィリア……ヴェン!?」
「テラ、アクア!?」

 フィリアがテラを呼び、テラと、別の道からやってきていたアクアがフィリアたちを呼んだ。最後にヴェントゥスが二人を呼ぶと、追いかけていたアンヴァースたちが変形、合体し、まるでロボットのような姿になる。
 三人の手にキーブレードが現れた。

「話は後だ。あいつを倒すぞ」

 テラにそれぞれ頷いて、フィリアたちはアンヴァースに向かっていった。





★ ★ ★





 アンヴァースの攻撃を避けながら、アクアは三人をチラリと見た。
 テラの一撃は更に重く、ヴェントゥスの剣筋は鋭さを増していた。実戦向けの修行をしていないはずのフィリアは、きちんと周りを見て動いている。全員、この短い間に見違えるほど成長していた。

「ヴェン!」
「おう!」

 ヴェンと同時に斬りかかり、分離していた腕を倒す。着地しながらテラたちに叫んだ。

「そっち、お願い!」
「任せろ!」
――燃えて!」

 テラが斬り、フィリアが爆発させて脚が消える。あとは胴体の部分だけ。
 残された胴体が回転しながら高熱の白い光線を撒き散らした。まるで吹雪のように発射されるそれを転がりながら回避する。

――雷よ!」

 フィリアが放ったサンダラの当たり所が良かったのか、アンヴァースが一瞬動きを止めた。隙を逃さずにアクアが斬りつけると、アンヴァースが大きくよろめく。

「ヴェン、今だ!」
「いっしょに!」

 タイミングを合わせ、テラとヴェントゥスが交差するように切り裂いた。アンヴァースはガラガラと崩れ落ち、最後には黒い霧になる。

「やったな」
「いっしょだからね」
「当然だよ」
「よかった」

 アクアたちは口々に感想を言い合いながら集合した。微笑みあうのも束の間、すぐにテラがフィリアの両肩をしっかり掴む。

「フィリア、怪我はなかったか?」
「うん」
「本当か? 痛むところがあったらすぐに――
「もう、だいじょうぶだよ。テラったら、私ばっかり」
「テラは昔からフィリアに過保護だったからね」
「でも、一緒に戦ったのに」
「フィリアはすぐに隠すからな。ちゃんと確認しないとダメなんだ」
「あ、俺もそう思う」
「うぅ、ヴェンまで」

 フィリアが頬を膨らませたとき、ポケットからひらりと一枚のカードが落ちた。アクアは足元にやってきたそれを拾い上げる。掌サイズで、カラフルなイラストが印象的だ。

「これは……?」
「そうだ、チケットをもらったんだ。ディズニータウンの永久入場パス。おもしろいところなんだって」

 アクアの手もとのカードを見て、ヴェントゥスがポケットから同じものを取り出す。

「私とヴェンで二枚ずつもらったの。それはアクアにあげる」
「それじゃあ、俺のもう一枚はテラにあげるよ。……保護者と行きなさいって貰ったんだ」
「保護者?」

 途端に苦い顔をする二人の微笑ましさにテラと一緒に笑いだすと、すぐにフィリアとヴェントゥスも笑い出した。
 こうして皆と笑いあうことは、試験の前の夜以来だ。
 しばらく笑いあった後、パスをポケットにしまいながら、アクアは改めてヴェントゥスとフィリアを見た。

「それよりもヴェン、こんな所まで来て」
「フィリアもだ。ヴェンのことはアクアから聞いていたが、どうしておまえまで外の世界に?」
「えぇと、いろいろあって。ヴェンと一緒にいたからいいでしょう?」
「そういう問題じゃない。外の世界は危険なんだ。おまえたちに何かあったら」
「だいじょうぶだよ。俺、テラのことを変なふうに言う仮面をかぶった奴だって倒したんだ」
――仮面の少年に会ったのか!?」

 いきなりテラが血相を変えてヴェントゥスの肩を掴んだ。ヴェントゥスが驚いてテラを見上げる。

「う、うん」
「まさか、フィリアの服もそいつの仕業か?」
「……ん」

 フィリアが気まずげに頷くと、テラの表情は更に険しいものになる。

「ヴァニタス――

 呟かれた、知らない名前。二人を襲った人物であり、テラはそいつを知っている? アクアは眉を寄せた。
 フィリアがおずおずとテラを見上げる。

「テラ、あの子のことを知っているの?」
「ヴェン、フィリア。やはりおまえたちは帰るんだ」
「いやだ。テラとアクアと一緒にいく」
「そうだよ! やっと会えたのに」
「だめだ。俺たちにはやらなければならないことがある。それは危険が伴うことだ」
「……」

 俺たちがやらなければならないこと。
 マスター・ゼアノートの捜索とアンヴァースを倒すことだ。しかし、テラの言葉は何か別の事情を知り、そして為そうとしているように感じられる。

「テラは自分の力におぼれて闇におちたのさ!」

 先の世界で会った魔女の言葉が脳裏を過る。――確かめないと。

「テラのやらなければならないことって何? なんだかマスターの任務じゃないみたい」
「道は違うが、闇を消すことに変わりはない」

 手段が違うことを認めた上で、言外に信じてくれとテラが言う。旅立つ前の自分なら素直に彼を信じられていただろう。理由を教えてくれないことへの不安、心配が彼を疑う言葉になる。口にしたらきっと傷つけてしまう。わかっていても、止められなかった。

「そうかな? テラが他の世界でしてきたことを見て思ったの。……闇に近づきすぎているんじゃないかって」

 年下の二人がギクリとアクアを見た。

「アクア!?」
「何言ってんだよ、アクア! テラが闇に落ちるはず――
「俺を監視していたのか?」

 ヴェントゥスの言葉を遮って、普段より低い声でテラが短く訊ねきた。

「それがお前への、マスターの命令か?」
「それは……」

 怒りを孕んだ瞳を見続けることができず、沈黙で肯定した。ヴェントゥスが「そんな」と俯いた。

「そうか」

 それだけを言うと、テラが背を向けて歩き出した。フィリアとヴェントゥスが慌てて追おうとする。

「テラ」
「来なくていい!!」

 テラの怒声に二人がその場に硬直する。

「でも、テラ……」
「俺たちは別々の道を行くんだ」

 フィリアがたじろぎながら名を呼ぶが、振り返らずに言い放ち、再びテラは歩き出した。その後姿はアクアに試験に落ちたときの彼を連想させ、そして旅立つ際、エラクゥスに頷いていた彼を思い出させた。

「テラ、違うの! マスターの真意はあなたへの疑心じゃない。あなたのことが心配で……」

 そこでテラの姿が建物に隠れ、見えなくなる。

「ひどいよ……アクア」
「……うん」

 ヴェントゥスに頷きながら、繋がりのお守りを握りしめる。硬く、冷たい感触がした。

「マスターの命令なのは本当よ。でもそれはマスターの愛情からなの」
「俺を連れて帰るのも、マスターの命令?」
「……」

 悲しげに見上げてくるヴェントゥスに「そうだ」と答えることも、頷くことも躊躇われ、無言で顔を逸らすしかなかった。ヴェントゥスが落胆したように息を吐く。

「アクア、キーブレードマスターになって変わったんだな。……俺、テラを探してくる!」

 ヴェントゥスがテラと同じ方向へ走ってゆく。アクアは残っているフィリアを見た。ヴェントゥスに続こうとせず、黙ってその背を見送っている。

「フィリア、あなたはテラのところに行かないの?」
「うん。今はアクアと一緒にいる」

 先ほどの怯えたような様子はなく、落ち着いた声だった。横顔を見つめていると、フィリアもこちらを向き笑顔を見せる。これは、何かを我慢しているときのものだ。

「だいじょうぶだよ、アクア」
「え?」
「私もヴェンとテラの悪い噂ばっかり聞いてきて、信じそうになったときもあったけれど……さっきテラに会った時、テラから大きくて暖かい光を感じたの」

 迷いのない瞳。少しだけ羨ましいような気持ちを覚えた。

「アクア、私たちもテラのところへ行こう? もう一度ちゃんと話せば、きっとテラの誤解も解けるよ」
「あ――

 それは、以前、自分が彼女に言った台詞。覚えていてくれたこと、お返しされてしまったことに口から小さな笑みが漏れ、肩から力が抜けてゆく。

「そうね。……行きましょう」




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