再び庭園に戻ってきたフィリアたちは、アンヴァースを目で確認した。宙を滑るように中央広場へ向かってゆく。
いちいち階段のところまで戻っている暇はない。高いが、ヴェントゥスと共に段差を思い切って飛び降りた。先ほども通った道を通り抜け、広場に出る。すると、中央広場の真ん中でアヒルの男性があのアンヴァースに襲われそうになっていた。
「危ない!」
「――凍れ!」
ヴェントゥスがキーブレードを投げるのと同時にブリザラを唱えた。アンヴァースがキーブレードがぶつかった衝撃に揺れ、氷塊がぶつかり更に揺れる。こちらを振り向いたので攻撃してくると思いきや、すぐさま住宅街の方へ逃げていった。
男性を救えたことにほっとするものの――おかしい。今までたくさんのアンヴァースたちに出会ってきたが、逃げるアンヴァースなんて初めてだ。「もしかして、誘われている?」なんて考えてしまうのは、最近そんなことがあったからだろうか。
「待て、二人とも!」
住宅街の方へ逃げてゆくアンヴァースを追いかけ男性とすれ違ったとき、大きな声で呼び止められた。
「わしに、礼もさせんつもりか!?」
「お礼なんていいよ!」
ヴェントゥスが答え、そのまま行こうとすると「だから待てと言っておろう!」と叱られた。仕方なく立ち止まれば、男性はゆっくり懐を探り出す。
「えーっと、金目のものはやれんが」
「あの、本当にお礼なんて」
「いいからいいから、少し待っとれ。確かここに……」
そうこうしている間にアンヴァースの姿はどんどん遠ざかってゆく。
「おじさん、早くして!」
「そうだ、こいつをやろう」
ヴェントゥスが男性を急かすと、帽子を脱いだ男性は中を覗き込んで納得するように頷いた。しかし、怪しげに笑うばかりで何も取り出そうとせず、それどころかこちらに中身を見ろと手招きする。
「……?」
誘われるままにヴェントゥスとその帽子の中を覗こうとしたら、途端に男性は帽子の鍔を口元に寄せた。
「おまえたちも、他の世界から来たんだろ?」
「えっ!?」
「どうしてわか、あっ」
慌てて両手で口押さえたが、男性のにんまりとした笑顔に手遅れだとわかりフィリアは渋い顔をした。
「いやいや、いいんだいいんだ。誰にも言わんし詮索もせん。実は、わしもそうなんだ」
「えぇっ!?」
更に驚愕。この男性はキーブレードを扱えないようだし、闇の住人にも見えない。いったいどうやって。訊ねる前に男性が言った。
「マーリンという魔法使いに頼んで、他の世界から一緒に連れてきてもらったのさ。事業拡大ってことで」
フィリアは、思わずその話に聞き入った。
世界を渡れてしまうるほどの魔力を持つ魔法使い――自分にも、それ程の力があれば。
ヴェントゥスがはっと顔を上げた。
「ねぇ、まだ?」
「ああ、急いでるんだったな」
今度こそ、男性が帽子から水色のカードを取り出した。建物のイラストが描かれている。
「これはディズニータウンの永久入場パスだ。わしの故郷なんだが、おもしろい場所だから一度立ち寄ってみるといい。あぁ、保護者の分も」
「ありがとうございます……」
“保護者”という単語が引っかかったが、ヴェントゥスと二枚ずつそのパスを受け取った。裏面にはどこかで見たようなマークがプリントされている。
「フィリア、行くよ!」
「あ――うんっ」
すでに走り出していたヴェントゥスを見て、フィリアは急いでパスをしまいこんだ。
★ ★ ★
アクアは城を目指し庭園を歩いていた。
城に近づくにつれ足が重くなるような錯覚がする。――テラに会ったら、まずなんて声をかける?
「テラが闇に堕ちるはずない」
この旅に出てから、何度自分に言い聞かせてきただろう。
今までずっと共に修行してきたかけがえのない友人。女の身である自分には到底持つことができないその屈強な剣を何度羨んだかわからない。
最初は、あんなに使命に忠実で誠実である彼が闇に堕ちたと言われても信じようとは思わなかった。けれど、今は。情けなくも、不安に揺れている自分がいる。
優しく責任感が強い彼は己に厳しすぎるところがある。エラクゥスの憂心を示唆する言葉と、魔女の捨て台詞が頭の中でこだまして離れない。ヴェントゥスとフィリアがテラを追いかけたのはそれを感じ取っていたからなのだろうか。
早くテラに会って真実を確かめなければ。気づけば、唇をきつく噛み締めていた。
最後の階段の前で道を塞ぐようにアンヴァースたちが現れる。光の花びらを散らしながらアクアの手にキーブレードが現れた。
「アンヴァース……」
数え切れないほどに倒してきたが、まるで湧き水のように無尽蔵に現れてくる。テラはアンヴァースのことをどこまで調べているのだろう。それに、マスター・ゼアノートのことも。
アクアはそこで想念を切り、戦闘に集中することにした。
★ ★ ★
見失わないが追いつけない速度でアンヴァースが住宅街を進んでゆく。ヴェントゥスたちがある家の前を横切ったとき、そこに立っていた老人が怒鳴りつけてきた。
「騒がしい! 何事じゃ!」
「おじいさん、危ないから家の中にいて!」
「ワシが危ない目にあうものか! ワシは偉大な大魔法使いマーリンじゃぞ」
意外にも言い返されて思わず足を止めてしまった。まじまじと老人を観察すると、三角帽子に青い服、丸眼鏡の老人がのほほんと長いヒゲを撫でている。
偉大な大魔法使いと名乗ったが、普通のおじいさんに見える。困惑していると、フィリアが小声で話しかけてきた。
「ヴェン。マーリンってあのおじさんが言っていた人じゃない?」
「そういえば……」
可愛らしい響きの名の持ち主が老人だったことに若干の落胆を感じつつ、もう一度マーリンと視線を合わせると、マーリンがヒゲを撫でる手を止めた。
「ほほう、おぬしも心の中の能力を目覚めさせたいクチじゃな?」
「えっ、なんでそのことを?」
能力は心の中で目覚める。テストの前日、エラクゥスが言っていたとアクアが教えてくれたことだ。成長が十分だと思ったら、己の心を見つめなおせと。もっと強くなりたい自分にとって必要なことだった。
マーリンが声をあげて笑う。
「ほっほっほっほっ。言ったはずじゃ、偉大な魔法使いじゃと。本は家の中のテーブルに置いてある、自由に見るといい」
言い終わるが早いか、マーリンは家の中に戻ってしまった。
心の中の能力と本がどう繋がるのか。困惑しフィリアを見ると、フィリアも目をパチクリさせながらこちらを見た。
「本って何だ?」
「さぁ……特別な本があるってことかな?」
「どんな本だろう。行ってみる?」
「ん、でも、今はアンヴァースを追いかけないと」
「そうだな。アンヴァースを倒した後にまた来ればいいか」
帰りに忘れないようにしよう。そう思いながらヴェントゥスはフィリアとアンヴァースが向かった方向へ走り出した。
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