エヴェンは城の廊下を歩いていた。心の中は主に対する不満ばかり。
 この程度の言付けくらい、イエンツォあたりに頼んで欲しい。自分は弟子といっても研究者。決して暇ではない。最近は奇妙なモンスターたちが街に現れるようになって、管轄外であるはずの自分までもが治安維持に駆り出されている。

「やれやれ……モンスターを捕獲できれば原因がわかるかもしれないというのに」

 ため息と共にエヴェンの腹が情けない音をたてた。多忙のあまり、ここ数日まともな食事をとっていない。体力の回復は塩で十分だが、思考するには糖分が不可欠だ。何か甘くてしょっぱいもの――熱いものは苦手なので、すぐに食べられる冷たいものが欲しかった。
 辿り着いた外扉を両手で開く。隙間から流れてくる爽やかな空気が清々しい気持ちにさせたが、開ききったとき視界に飛び込んできたのはモンスターの姿だった。

「あいつは俺たちに任せて!」

 イェンツォより少し成長した少年と少女がモンスターの方へ駆けてゆく。見かけない子どもたちだ。もっとも常に研究室に篭っているような自分が知っている子どもなど、イェンツォの他によく城に侵入してくるいたずら小僧たちだけなのだが。

「待つんだ!」
「子どもに何ができる!?」

 門番の二人が子どもたちの後を追おうとする。疲れているのにこれ以上余計な仕事を増やされるのはごめんだった。

「エレウス、ディラン。おまえたちが持ち場を離れて、城の守りはどうなるのです?」
「しかし、あの子たちが!」

 こちらを見てエレウスが反論する。普段は強面で寡黙な男だが、実はとても情が深い。
 エヴェンはエレウスを一瞥したあと、去っていく子どもたちに視線を移した。科学者としての性だろうか。彼らに興味が湧いていた。

「彼らは特別のようだ。大丈夫でしょう」
「特別?」
「エヴェンの言うとおりだ。我らの務めは、この城の城主をお守りすることだ」

 「説明しても、どうせおまえにはわかりませんよ」と言ってやる前に、ディランがエレウスに言い聞かせた。この男は冷徹だから話が早い。

「ええ。お二人とも、その主がお呼びですよ」

 二人が武器を収めて城へ向かう。きっと「治安回復のため街の見回りを強化してほしい」とかそんな話をするつもりだろう。早くこのような事態を片付けて、研究のみに没頭できるあの甘美な生活に戻りたいものだ。
 もう一度少年たちが去っていった方角を見る。少女の方はまだ可能性という程度だが、少年の方は明らかに異常だった。

「心に闇がない。いや、奪われたのか?…………まさかな」

 どんなに誉めそやされる聖人でも、極悪非道な悪人でも、人は心に光と闇を必ず持ち合わせている。だからこそ、闇を持たずに正常を保ち続けている彼は“特別”。あのような存在を作り出すのは、現在、心の研究を行っている我が国でも不可能だ。――実に、興味深い。
 この状況が落ち着いたらぜひ研究させてもらいたいものだ。エヴェンは口元に薄い笑みを浮かべながら、今度こそ城に向かって歩き出した。




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