土の匂いと、涼やかな葉の音色がフィリアたち迎え入れる。道の先は、緑溢れる庭園に繋がっていた。
自分たちの背よりも高い植物たちで限られてしまっている視界の中、見失ってしまった彼を探す。だが、あの目立つ黒く丸い耳は見当たらない。
「本当にこっちへ来たのかな?」
「ここまで一本道だったから間違いないよ」
ヴェントゥスが迷いなく先へ走り出したので、一歩遅れてそれに続く。もうずっと走りっぱなしだったのだが、自分にとって苦ではない速度なので平気だった。ヴェントゥスならばもっと速く走れるはず。合わせてくれているのだろう。
嬉しいと思ったとき、鼓動がやけに大きく鳴っていることに気が付いた。彼を探していたはずの目は、いつの間にか引き寄せられるようにヴェントゥスを見つめていた。クセのある髪が太陽の光にキラキラ輝いていて、とても綺麗だ。
円に形作られた花壇の横を通り過ぎると、奥に石の階段が見えた。
前を走る、ヴェントゥスの後姿。小さいと思っていた背は、本当は広くて温かかった。細い割に力のある腕は優しくて、包まれるとひどく緊張してしまう。少しだけ大きい手は、旅の間ずっと自分を導き守ってくれた。出会ったばかりの頃は自分があの手を引いていた側だったのに。
階段を登りきると、右の道の先にまた同じ造りの石段が見えた。そちらへ向かう。
途中、アンヴァースたち待ち構えていたように現れた。ヴェントゥスが迷いなくその中へ駆け出してゆき、自分も魔法の狙いを定めようとするが、アンヴァースたちは飛んでいるものや地に埋まっているもの、あちこちを跳ね回るものなど様々で動きに翻弄されてしまう。
丸いもの――イリタブルタンクが大きく体を膨らませヴェントゥスを狙っていた。ファイラで阻止しようと放つと、ちょうど噴出されたガスに触れ小規模な爆発を起こしてしまう。
幸い、他のアンヴァースへ向かっていたヴェントゥスに害はなかった。しかし、これ以上うかつに攻撃魔法を使うのは危険に思えた。もっと安全に倒す魔法は……。
「フィリア、マグネで集めて!」
「あっ、そうだ――集まれ!」
慌てて唱えたマグネラでアンヴァースたちを魔法の渦へ閉じ込めた。引力に巻き込まれ為す術のない魔物たちをヴェントゥスがキーブレードで倒してゆく。
全て倒した後、ヴェントゥスがキーブレードをしまいながら弾んだ息を整えた。
「やっぱり、この世界にもアンヴァースが出るみたいだな」
「もうアンヴァースが出てくる方が当たりまえって感じだね」
返事をしながら、頭の中では先ほどの戦闘に反省していた。一瞬の判断の遅れ、迷い、間違いは取り返しのつかないことへ繋がるのに。
フィリアたちは再び走り出した。階段を登るにつれ巨大な城が近づいてくる。
「最近、なんだかアンヴァースが強くなってきてる気がする」
「うん。私も、前より初級魔法が効かなくなってる」
ヴェントゥスは旅立つ前より強くなってる。自分もそれなりに強くなってきたと思っていた。でも違った。自分は、ヴェントゥスがいてくれたから。
「テラたちなら、アンヴァースが現れる原因を知ってるかな?」
「……」
あの荒野での出来事が蘇る。仮面の少年との圧倒的な実力差と、ヴェントゥスを守れなかった己の無力が悔しかった。こんな調子では、テラも――。
「テラは――きゃあっ」
考え事をしながら走っていたせいか、石の階段に躓き転んだ。振り向いたヴェントゥスが目を丸くしている。
「フィリア?」
「ごめん、躓いちゃって」
何もない階段で転ぶなんて恥ずかしかしく、すぐに立ち上がり埃を払った。照れ隠しに苦笑すると、ヴェントゥスの表情が翳った気がした。
「転んだのはフィリアなのに謝るなよ。結構滑るし、気をつけて」
「ん。ありがとう」
最後の階段を登りきり、巨大な城の正面扉口に辿り着く。ざっと見渡すがここにも彼はいなかった。
「いない……」
「お城の中に入ったのかも」
「確かに、もうあそこしかないな。行ってみよう」
城の扉には門番が二人いた。どちらも目を閉じている。近寄ってもそのままだったので中に入ろうとすると、目の前で門番たちの武器が交差した。
「何用だ」
長髪の方が低い声を荒げて尋ねてくる。その鋭い眼光に大抵の人間は怖気づいてしまうだろう。フィリアも、内心恐々と思いながら彼らを見上げた。
「私たち、お城の中に入りたいんです」
「今は城に入る事はならん!」
短髪の男が唸るように答えたので、フィリアは肩を縮こまらせた。
「こっちに人が来ただろ? 俺たちの知り合いなんだ」
威嚇する二人に怯むことなくヴェントゥスが訊ねると、門番たちは無言で顔を見合わせる。
「客人が来ているとは聞いていない」
「君たちもモンスターが現れる前に早く家に帰るんだ」
今度はフィリアたちが顔を見合わせた。
「見間違いだったのかな?」
「あの後姿を簡単に見間違うとは思えないけど……」
「とても特徴的だから」と、心の中で付け加えておく。
「途中で別の道に行っちゃったか、追い抜かしちゃったのかな」
「一度、来た道を戻ってみる?」
「そうしよう」
踵を返すと綺麗な青空が広がっていた。そこにスーっと何かが浮かんでくる。ハートのような黒い刻印を刻んだ魔物。
「現れたか」
「たやすくレイディアントガーデンを落とせると思うな!」
門番の二人が、武器を構えながら歩き出す。アンヴァースは聞いているのかいないのか、ふよふよと中央広場の方へ飛んでいった。
あのアンヴァースも誰かを襲うつもりだろうか。
「ヴェン、行こう!」
「ああ。あいつは俺たちに任せて!」
「待つんだ!」
「子どもに何ができる!?」
門番たちが引き止めてきたが、かまわず階段を駆け下りた。
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