THE 5th DAY
音声を拾う機能を活用して、画面の前のユーザーたちの会話に耳を澄ます。
ロクサスの青いクリスタルボールが跳ねては受け止められる音が繰り返されている。
ディズが薄く笑う声が聞こえた。回復進行度のモニターを見て上機嫌になったらしい。
「めざましい回復だ」
「何が起こったんだ?」
クリスタルボールがオレット手製の袋にしまわれる音を感知。消去しないのだろうか。
「ナミネとロクサスが接触した結果。ロクサスとカイリの心が触れあった。それがソラに影響を与えた――と、いうことだな」
ナミネがロクサスと接触したのは回復を早めるためではなかった。皮肉な結果だ。
「ナミネ――不思議な子だな」
「特別な生まれ方をしたノーバディ。ソラ、そしてソラに連なる者の記憶と心に干渉する」
使い方によっては非常に危険な存在の魔女だと吐き捨てるディズ。わずかな沈黙の後、黒コートの彼がディズへ訊ねた。
「ナミネは誰のノーバディなんだ」
「教えてもいいが――その前に、君の本当の名を教えてくれないか?」
彼は頑なにキッチリかぶっていた黒コートのフードをとった。褐色肌と長い銀髪が印象的の整った容姿の男の姿があらわになる。
「アンセムだ」
ディズは無表情で沈黙し、それから低く笑いはじめた。
「よろしくな、アンセム」
★ ★ ★
円卓の間で報告をしていると、短絡的な回答に椅子を叩いた。
「消すだと――? 待ってくれ、いくらなんでも早すぎだろ!」
「命令だ。何をためらう?」
答えたのはリーダーではなく、ナンバーVを与えられたザルディンだ。
「機関に背を向けた者どもを容赦なく裁いてきたのはおまえではないか」
「あいつは背をむけたんじゃねえ。まだ戻ってこれねえだけだ!」
「戻らなければ裁くのだ。この命令に逆らうならば、おまえが裁かれる側となる」
ザルディンの槍の一本が具現し放たれた。目にもとまらぬ速さでこちらの背もたれに突き刺さり、なでられた髪が数本散る。この程度の脅しに屈するはずもないが、リーダーのゼムナスがザルディンを制し、あの光を向けてきたので諦めるしかなかった。
「ダスクにするってか――けっ、わーったよ! やりゃあいんだろ。やりゃあ」
吐き捨てて、サイクスの元へ。相変わらずあのシステムとやりあっているらしい。
彼はこちらの顔を見ただけで察したようだった。
「ロクサスを消せと言われたか」
何も言う前から当てられて、腹が立つ。
「とにかく、連れ戻せば消さなくて済むだろ」
「すでに命令は下された。逆らえば次がおまえが消されるぞ」
ロクサスを救うためにどうしたらいいのか――妙案が浮かばない。
「受け入れろ、リア。おまえの知るロクサスはもういない」
「うるせえ!」
カッとなってサイクスを睨みつけるが無表情を返されるだけ。舌打ちし、データのトワイライトタウンへ侵入する。
★ ★ ★
トワイライトタウンの時計台の上に黒コートの男を発見。アクセルが猫背で街並みを睨みつけていたので、座標を特定。数歩離れた場所に出現した。
「また懲りずに来たんですね」
突然現れたあげく、こちらから話しかけられるとは思っていなかったらしい。アクセルはぎょっと目をむいていた。
「怯えなくていいですよ。今日の私はあなたと戦うつもりはありません」
「ヘェ? そっちになくても、こっちにはあるぜ」
ごうっと炎を燃やして武器を構えてくるアクセル。構わず彼の隣まで歩いて座り、トワイライトタウンの街並みを眺めた。彼は立ったまま、振り上げた武器をどうすべきか迷っている。
「私を消したかったらどうぞ。どうせすぐにバックアップシステムで復旧します」
アクセルがチャクラムを強く握る音がしたが、やがて武器を消して隣に座った。消せばいいのに。本来はお人よしな性格なのだろう。
「おまえは何だ。どうしてあいつの姿をしている」
「私はディズ様が作成した記憶回復システムの一部。侵入者を排除し、ロクサスを回復完了まで警護しています。フィリアの姿をしているのは、ソラとロクサスどちらとも深く関わりのある人物のため、彼女の姿が選ばれました」
説明が終わると、アクセルが長い溜息を吐く。
「おまえなんか消してやりてぇが、意味ねーか。あいつの姿だからやりにくいし」
「それもディズ様の狙いのひとつです」
「そーかよ……」
アクセルはうんざりした様子だった。以前ならこれを演技だと思っただろう。
「浮かない顔ですね」
「誰のせいだっつの」
ロクサスはノーバディ。ディズが作成した初期知識ではノーバディには心がないとされていた。しかしカイリと触れ合ったものは紛れもなくロクサスの心。次第にソラの心とも触れ合っていたものの、はじめの瞬間はロクサスのものだった。
ノーバディには心がある可能性が高い。少なくても、システムデータの自分より。
「それで? いつまで、ここでウジウジしているつもりですか」
ディズにはきちんとノーバディに心が存在する可能性の観測結果は報告しているし、彼はちゃんとそれを理解した――しかし、それでも彼は己の認識違いを認めず、こちらのエラーを直してくれようともしない。プライド。意地。強情。人間は時につまらないものに執着し、真実を濁らせてしまうらしい。
一方、このエラーを抱えているからこそ、いま自分は以前よりも自由に行動ができているともいえる。指示待ちではなく、己で考えるように進化している。
「あなた方の妨害のおかげで予定が早まり、明日には回復が完了します」
立ち上がりながらアクセルを見下ろした。
「あなたの知るロクサスはもういません」
「てめぇ!」
アクセルの怒気が高まるが、構わず座標を商店街へ変更してウワサを探すハイネたちの近くに出現する。
気づかないふりをして彼らの側を歩き、同行を誘われるように仕掛けた。
ロクサスの前に姿を現すのは、心がないのになぜか気まずい。
彼がしてくるであろう質問を想定――回答可能範囲を確認。
七不思議は現在ディズが至急作成しているが――彼にはこういうセンスがないと分析する。数え間違いのせいにしたとか、ボールをそのまま壁から出現さえたりだとか、七不思議を名乗るにはあまりにも雑な子供だましだ。彼はオカルトというものを知らないのだろうか。
内心ため息をつきつつロクサスたちと電車に乗りこむと、ハイネたちがあのクリスタルボールを取り出した。ロクサスは誇らしげに笑み、己のクリスタルボールを取り出そうとし、失くしたことにショックを受ける。
ディズはロクサス自身の思い出は不要だと言ったが、この痛みだって彼自身の思い出になるのでは?
申し訳なく思えて、何も持たない彼の手を握りしめた。クリスタルボールを指摘して、みんなすぐにポケットへしまうような話題を選ぶ。システム権限で様々なことができるはずなのに、彼に対してはこんなことしかできない悔しさに歯噛みした。
さて、ディズお手製の七不思議アドベンチャーのはじまりだ。階段の数え間違いという種明かしで、ロクサスはあからさまに期待をしなくなった。あぁ、ディズの七不思議センスがないばかりに……。
ふたつめの七不思議へ向かっている途中、ロクサスがひそひそ話しかけてくる。
「あのこと――教えてくれる?」
「いいよ。話すって、約束したもんね」
ついにきた。内心今までで一番焦っていたが、表面には出さないように考えるフリをした。
「どこから話せばいいかな。私は、この町を守る役目を与えられているの」
「この町を――あのウネウネから?」
「そう」
「どうしてフィリアが? いつもあいつらと戦っているのか? 役目を与えたのって誰?」
ロクサスが矢継ぎ早に訊ねてくる。しかし自分が開示できる情報はあまりにも制限されているため、時間を稼がなければならない。
くすくす笑って余裕のあるフリをしながら、ちょうどロクサスに気づかれるよう七不思議を起動する。
「落ち着いて。私が教えられることはちゃんと話すから」
「ごめん、つい――いてっ」
意図せずボムボールが彼の後頭部にぽよんと当たってしまった。
適当に増やされ単純に並べられたゴムボールが単調に出てくるシステム。ロクサスはストラグルソードを持って、ゴムボールの群れに立ち向かっていった。
三つ目の七不思議はトンネルの中。オリジナルのフィリアはオバケやこういった場所を苦手とするデータを元に、彼女っぽくなるようロクサスにすがってみた。
「なんだか不気味……ロクサス、手を繋いでもいい?」
「う、うん……」
頬を染め、掌を服でこすってから手を差し出してくる初心さが可愛らしい。
トンネルには他に誰もいない。ロクサスがまた話しかけてくる。
「さっきの続きだけど、どうしてフィリアがこの町を守っているんだ?」
ピンツは地図に夢中でこちらの会話など届かないが、念のためロクサスに寄って小声で話した。
「町を守る役目は……あの顔に包帯を巻いた男の人がいたでしょ。あの人から任されたの」
「あの人は誰?」
「それが……私も、よく知らないの」
ユーザー登録の内容はディズという名前だけ。それ以外はこのシステムを組み上げた人であり、ノーバディを憎んでおり、オカルトセンスが怖くない人としか分からない。加えて、彼の情報は全て非公開設定。
「どうしてそんな奴の命令なんて聞いているんだ?」
彼が私の創造主だから――不可。
彼が私のユーザーだから――不可。
私がシステムだから――不可。
……他14396パターンの回答すべて不可。
「アクセルだっけ――あの人たちが私の大切な人を奪おうとしてくるから、戦ってでも守りなさいって」
「その……フィリアの大切な人って?」
守護設定対象者。
ソラ。ドナルド。グーフィー。フィリア。ロクサス。ディズ。アンセム。ナミネ。
私にはロクサスへの情報開示権限がない。
「――知りたい?」
この話題については限界なので、七不思議として設置されたビビを出現させる。当然ロクサスは彼に気づき、増殖してゆく様に驚いた。
「えーいっ!」
わざとらしく声をあげて、殴りかかってくるビビをストラグルソードっぽくした侵入者排除システムでガンガン殴る。侵入者。消えろ。消えろ。
この倒れて消滅するビビたちの正体は、ロクサスを攫いに来たノーバディたちを捕らえて変質させたもの。希薄な存在だから、こうしてある程度思う通りに変えられるらしい。
本物のフィリアにはない腕力を見て、はじめロクサスは呆然としていた。
「フィリア、ビビが」
「これはビビに化けたニセモノだよ」
「大会で見たビビと同じ……」
「そう。ロクサスもやっつけて!」
「わ、わかった!」
ロクサスもストラグルソードを持って襲ってくるビビをペンペン叩いて退治していたが、どうにも浮かない顔だった。彼はビビとも友達の設定だから当然だろう。
「ロクサス、ケガしてない?」
「俺は平気だけど――これでよかったのか?」
この世界での本物のビビは、今頃空き地でサイファーたちと遊んでいる。ディズが用意した、まともそうなビビのニセデータを起動する。
「あれ、ロクサス!? フィリアも。こんなところで何してるの?」
ビクッとストラグルソードを構えるロクサス。
「あっ、ロクサスもこれ? こっそり練習するつもりなんでしょ?」
無邪気に語るビビへ毒気をぬかれたロクサスがあたまをかいた。
「いや、そうじゃなくって、さっきビビがいっぱい……」
「えっ? ぼくがいっぱい!? よくわかんないよ。それじゃ、僕はもう終わったからロクサス。フィリアとごゆっくりー」
「ばいばい。ビビ」
退場するビビと入れ替わりにピンツが登場。もう必要ないので、ビビの偽造データをノーバディに戻し、自分のコピーデータに消去させる。
「ビビって普段の声はかわいいのに、かけ声はうめき声なんだね」
「それは声がトンネルに響いて、うめき声に聞こえたんじゃないかな」
まぁ本当にうめき声をあげそうなことをしたのだけども。なぜディズはビビをモデルに選んだのか。ビビには申し訳ない。
次は「もう一人の自分」だ。
もう一人のロクサスといったら、ソラを想像する。彼の目覚めのときは近い。
滝を見つめると姿が映っていた。ロクサスと立ち並ぶフィリアの姿――彼女もこんな風に彼と立ち並んでいたのだろうか。
「もうひとりの自分――か」
「ん?」
「ねえ、ロクサス。もし自分がもうひとりいたらどうする?」
「俺が?」
ロクサスはきょとんとして、ちょっと悩んでから困り顔をした。
「わかんないよ。何人いても、俺は俺だし」
「そっか」
自分は自分のコピーデータが増えるほど、共有データが膨大になるという意識しかない。それは個なのか集なのか。
七不思議を起動。ディズの作り出した幻でロクサスが水鏡から出てきた己の影を退治する。退治したあとは、夢だったかのように錯覚させるため気絶するという悪趣味なオマケつきだ。
「本当の自分……か」
――ロクサスという自我は強く、ソラに溶けたとしても消えるとは限らない。ならば、いつか己という存在を巡ってソラとも戦う時がくるのだろうか。
サンセットヒルへの坂道を進む。残暑の蒸し暑さと坂道のコンボはピンツにはきついようで、休憩をはさみながら登ってくるようだ。
「フィリア」
「ん?」
「あのアクセルってやつは、どうして俺を攫おうとしたんだ?」
そう訊ねるロクサスは、怖がっているように見えた。
模擬回答を作成しては彼に伝達できるか確認する処理に時間がかかったので、考えるポーズをしたが、結局、自分も彼へ曖昧なことしか言えないのだ。
]V機関は現在の世界の秩序を乱す――。
「ロクサスを悪いことに利用するためじゃないかな?」
「やっぱりあいつ、悪いやつなのか……」
ロクサスがしばらく黙って思案しているので、次の言葉を待った。
「キーブレードって、なんなんだ?」
「それは、私にもわからない」
キーブレードに関してディズから得たデータは少ない。最近確認されたキーブレード使いはソラとロクサス、王とリクのみ。選ばれし者が心のままに操る武器。心を解き放ち、世界を救うための力だと添え書きされているが、この情報はロクサスが記憶を取り戻す可能性があるため、開示不可だ。
「フィリアは、ナミネのことは知っているの?」
これ以上の質問には答えられない。設置してあった七不思議を起動した。いくらノーバディを改ざんしたデータだとしても、犬の姿を袋に入れて動かすなんて、もう少し工夫できなかったのか……。
「捕まえよう!」
不思議がるロクサスへ、これが七不思議だと伝えると彼は一生懸命に袋を追いかけ止めようとした。常人ならすぐに振り落とされる動きにうまく順応し、スタミナを使い果たすまで乗り続ける運動神経はさすがだ。
ぺしょっと立ち止まった袋の中身を探らせて、出てきた犬が退場したら、ノーバディに戻ったところを自分のコピーデータに潰させて任務完了だ。
ロクサスは疲労のため息を吐いた。
「なんかさ――調べたら、不思議でもなんでもないというか――」
「わかってる。何も言わないで。でも、次のは凄いよ! なんと6番目の不思議!」
ピンツの早口の最中、ハイネたちがやってくる。
「新ネタ仕入れたぞ」
「幽霊列車の謎っていうの」
「それ、有名な6番目の不思議だよ!」
せっかく仕入れた情報を知っていると言われたため、ハイネがむくれた。
「俺は知らなかった!」
ロクサスが訊ねる。
「その列車はどこを走ってるんだ?」
「サンセットヒルから見えるんだって」
オレットが線路の方向を指した。ネタが尽きて悩んでいたディズが子供たちの会話のログを見て、六番目の七不思議を慌てて作成している最中だ。オカルトセンスがないくせに、また妙なオプション設定をつけてきそうな予感がある。
いまはとにかく話を合わせる。フィリアはオバケが苦手。怖がる表情を選択。
「幽霊なのに、こんな明るい中を堂々と現れるの?」
「ウワサが本当なら、もうすぐ来るはずだ」
ハイネがワクワク答える。
みんなでサンセットヒルの隅で座ったり寝転がったりしながら線路を見下ろし電車を待つが、今回はロクサスとの間にオレットをはさんで座った。これ以上の彼からの質問を避けるためだ。
「その電車には誰も乗っていないのです。運転士――車掌――乗客――誰も乗っていないのです」
本物のフィリアはこういう話が苦手だったらしいので怯える演技を続行するが、正直全く怖くない。その程度で幽霊なんて。魔法や自動システムで動く列車がすべて幽霊列車になってしまうではないか。実現する幽霊船からヒントを得てガイコツのひとつでも乗せればいいのに。
地面にうつ伏せに寝転がったオレットが、足をぶらぶらさせながら言った。
「来年は、海行けるよね」
「うん。来年は休みが始まったらすぐにバイトな」
この世界に来年なんてこないが、データたちは本物の彼らをほぼ正確にトレースしているため、実際にここで暮らしていたらこういう話をしていたのだろう。来年を想像して頷くロクサスを哀れに思う。
「まったく、ヒマな奴らだぜ。ここで何をしているんだ?」
ちょうど予定通りサイファーがやってきた。ロクサスと自然に別行動するため、彼にはコピーデータを使い本を貸す約束を取り付けておりこの時間この場所へ呼び出したのだ。
ハイネが「なんだっていいだろ」と答えるも、サイファーは「なんだっていいが――言え」と食い下がってくる。
「幽霊列車が通るんだ」
「『幽霊列車が通るんだ』」
せっかく教えてあげたピンツをからかってバカにしたように笑ったので、ロクサスが立ち上がり彼と向き合った。サイファーも舌打ちしそうな顔で彼を睨む。
「どうしておまえを見ると腹が立つんだろうな?」
「さあな。運命だろ、多分」
「運命か。だったら仲良くするか」
鼻で笑って、サイファーは夕日の方を向いた。
「そういうことには逆らいたくなるぜ」
「おまえ、何かに従うことあるのかよ」
ハイネが訊ねると、サイファーは己の胸板をとんとん叩き、へっと笑って帰ってゆく。
運命に抗い、己の心に従う――なんて自由なのだろう。
オレットが去っていくサイファーを呼んだ。
「サイファー?」
「わかってる。明日だ。行くぞ、フィリア」
「あっ、うん」
呼ばれたので立ち上がり服についたほこりを払うと、ロクサスが「えっ」と残念そうに見てくる。
「途中でぬけてごめんね。サイファーに本を貸す約束なの」
またねと手を振り、早歩きでサイファーを追いかけた。サンセットヒルを下り住宅街まで戻ってくる。
ロクサスのことは、コピーデータが影から監視しているから大丈夫だろう。ナミネが呼んでいるから行かなければ。
サイファーが「おまえ、見る目ないぜ」とつまらなそうな顔をする。
「まさかあんなやつらとつるむとはな」
「サイファーも、明日付き合ってあげるんでしょ?」
「それは……あいつに貸しができるからだ」
この仮想世界の秩序のため、ある程度キャラクターの言動に合わせた行動をしなければならない。サイファーに気づかれぬようデータで本を作成し、押し付けるように渡した。
「はい、これ。約束の本」
「あ? ああ……」
「それじゃあ、私これから用があるから。またね!」
「あ、おい……!」
さっさと民家の影に入り、トワイライトタウンの屋敷の座標へ飛ぶ。純白の部屋の中は足の踏み場もないほどイラストにあふれている。彼女はいつものように椅子に腰かけ、クレヨンでロクサスの絵を描いていた。こちらの出現に気づき、嬉しそうに笑む。
「フィリア。待ってた」
「ナミネ――本当にいいの?」
すでに彼女からの命令は受領している。またディズの目をごまかしロクサスをこの部屋に招き、ナミネと対話する時間をつくってほしいと。
ナミネは頷いた。
「私、ロクサスに本当のことを話そうと思う」
「回復が完了しようとしている、今になって? 真実を知っても彼はもう逃れられない」
「それでも――知らないで消えることと、知ってて消えることは違うと思うの」
同じノーバディの意見なら、ロクサスもそう考えるのだろうか?――彼が説明を聞いた後、素直に納得しソラへ還る姿が想像できない。悲しむ確率や抵抗する確率が圧倒的に高い。
賛成できずにいると、ナミネは自信なさげに下を向いた。
「どうしても、放ってはおけないの……」
伝えようが伝えまいが、我々がソラを目覚めさせるためにロクサスを彼へ返還する作業を止められやしない。
せっかく]V機関のロクサスという記憶を消したのに、トワイライトタウンのロクサスという人格が強い自我となっているこの状況――この破綻し、矛盾し、強引で歪な回復作業を完遂させたとて、ソラにロクサスの影響が色濃く残る確率が上がってしまっている。
自分はソラのために存在しているのに――ロクサスのことを考えると、どうしたらいいのかわからない。ただひとつハッキリとしていることは、どうせコンピューターシステムはユーザーの命令には逆らえないということだけだ。
「もちろん、協力するよ」
最後の七不思議、屋敷の白い女の子の幽霊はナミネが作ったデータだ。
準備しているうちに、コピーデータよりロクサスが屋敷へやってきたことを感知する。ナミネと合図しあって、ディズの目をごまかしロクサスとナミネを接触させた。
ロクサスとナミネが話している間、部屋の外に控え、音声データで様子を見ていた。
「あなたはソラのノーバディであり、ノーバディとは心を闇に奪われた際に稀に発生する異端の存在です。あなたが個として存在している限り、記憶の鎖を解かれたソラが完全な状態で目覚めることができないため、我々はあなたをソラへ返還しようとしています。あなたが最近見ている夢、経験した非日常的な現象はすべてそのための出来事です」
自分に説明を任されたらこう言っていたところだが、ナミネは言葉を慎重に選んでいた。遠まわしの説明をロクサスは少しも理解できず、結局彼がノーバディである説明すら終わる前に、ナミネからロクサスを屋敷前に戻すよう命令が下った。
「……ナミネ」
「ロクサスを傷つけちゃった」
ナミネがロクサスに伝えた言葉は、彼女が日々ディズからぶつけられてきた言葉だ。
「ナミネ。あなたも傷ついた顔をしている」
レースのカーテンに隠れつつ屋敷前に立つロクサスを見つめるナミネは泣きそうな顔でうつむいていた。
――回復率 97%
原作沿い目次 / トップページ