THE 4th DAY



 侵入者が多すぎる。
 先日、巨大ノーバディの侵入を許してからは更に歯止めが効かくなった。
 自分のコピーデータを増やし下級のザコは蹴散らせるので問題ないが、そろそろ機関のメンバーが仕掛けてくるかもしれない。ロクサスから目を離すなと改めてディズから命令が下った――絶対にロクサスを奪われてなるものか。



 昨日、ハイネとすれ違ってしまったロクサスを観察すると、体は健康であるもののため息ばかり。気分を調べれば憂鬱と表示された。ただでさえノーバディの襲撃でストレスがかかっている。これ以上の精神的負担は排除すべき――ハイネのデータをいじってすぐに仲直りさせるべきか許可申請してみたが、ディズの返答は不可だった。
 せめて試合開始前に側にいて、気晴らしになるかと少し話す。この町の住民の身体能力とロクサスの能力は比較する必要もないほど実力差がある。99.6%ロクサスが優勝するだろう。フィリアが彼にかけそうな言葉を想定して伝えてみると、ロクサスは素直に喜んでくれた。

 第一試合開始前にロクサスはハイネと仲直りして、憂鬱状態はあっさり終わった。問題は第二試合。決勝戦進出は別のキャラクターだったはずなのにビビに変更になっている。ディズからは何も聞いていない。どうもおかしいためスキャンしてみるが、バグが起きているようだ。バグなどロクサスへ近づけたくないが、ビビはサイファーを倒してしまった。いまから排除しようにも、すでにロクサスがビビに注目しているため手が出せない。
 そうこうしているうちに、ロクサスとビビの試合になってしまった。ロクサスは戸惑いながらも優勢を保ち、試合終了が近づいていた。

「なっ――!?」

 ロクサスがビビへ攻撃を振り下ろす瞬間、システムに多大な不可がかかりフリーズする。自分だけディズより手動で再起動、システムチェックを経て再び意識を取り戻したときには、]V機関がロクサスと戦っていた。いますぐにでもふたりの戦いに割りこみたいが、データ世界のチェックを済ませないと満足に動けない。ロクサスが抵抗している間になんとか済ませる。

「おいおい。こんなもんじゃないだろ?」

 ロクサスにへらへら笑いかける]V機関。これ以上戦闘させるのは危険だ。
 急遽、最後まで現れる予定になかったディズのアバターもロクサスの前に現れた。]V機関がディズへ攻撃したので不必要でも防御する。このシステムの中で、これ以上の勝手は許さない。

「おまえは――」

 こちらを見て目を見開き動きを止めた]V機関を警戒しながら、ロクサスの方を向く。先ほどまで友達と楽しく唐揚げを頬張っていた彼は、気の毒に不安でいっぱいの顔をしていた。

「ロクサス、だいじょうぶ?」
「フィリア!」

 彼は]V機関のせいで頬をはじめあちこちにケガをし、服の一部が煤けている――――許せない。

「かわいそうに、ケガしちゃってる。治してあげるね」
「あ……ありがとう……」

 ケアルを唱えるフリをして、服のコゲひとつ残さず修復する。ロクサスは何が起きているか分からず自分を頼りにしてくれていた。庇護欲というものを理解する。

「フィリア、どうして動いているんだ? それに、こいつらを知っているのか?」
「うーん……ごめんねロクサス。いまは説明してる時間がないみたい」

 この]V機関が入ってきた出口を塞ぎ、閉じ込めてからデリートしてやろうと思ったが、外部からの協力者がどうも手ごわい。この]V機関を守ろうとあの手この手で阻害してくる。

「ロクサスは、私が守るよ」

 腕を伸ばし]V機関から彼を隠すと、ロクサスが小さくホッと息を吐いた。]V機関が激高する。

「おまえは、誰だ」

 ]V機関が唸るように問うてくるも、答える義務も必要もない。それよりこの強制的な一時停止状態を一刻も早く解除しなければ。
 ディズが声をあげた。

「ロクサス。この男の言葉に意味などない!」
「ロクサス。惑わされるな!」

 負けじと]V機関もわめきだしたが、機関時代の記憶を失ったロクサスから信じてもらえるとでも? 今の彼はロクサスにとって、ただの不審者だ……ディズもだろうけど。
 耳を塞ぎ目をつむってしまったロクサスへ近づき、囁く。

「ロクサス。きみにとって、いちばん大切な人たちのことを思い出して」
「ハイネ――ピンツ――オレット――」

 ]V機関の男が顔をしかめている。心なんてないくせに悲しむ演技をしていた。器用なことだ。

「ハイネ! ピンツ! オレット!」

 ロクサスが強く叫んだのと同じタイミングで一時停止を解除する。多少の違和感は仕方ない。ロクサスがビビを倒した瞬間から再開とした。
 どよめきの中、リングの中心でポカンとしているロクサス。]V機関は逃げたようだ。ロクサスと親密な関係のメンバーだったようなので、逃がしたのは悔しい。これ以上ロクサスへ悪影響を及ぼす前に消しておきたかったのに……。

「勝者ロクサス! 優勝はロクサスだ!!」

 リングの上でデータの町民たち称えられるロクサスがもの言いたげな表情でこちらを見ている……最後まで正体を明かすつもりはなかったのに。あいつらのせい。思考の中で]V機関へ悪態をつきながら、ロクサスへの説明可能範囲の確認をしていた。



 ロクサスはいい子で「明日ね」と言ったら素直に従ってくれた。本当のことなど教えないなんて、微塵も思っていないのだろう。能天気なのか、フィリアとして自分を信じているからなのか。
 はっ……と笑う。

「ロクサスも私も、心がないのに『信じる』なんてありえない」

 気分がよくない。今日の朝のロクサスと同じ、憂鬱だ。
 あの]V機関と戦った後だからチャンピオンのセッツァーなんて楽勝で、チャンピオンベルトを受け取ったロクサスはハイネたちと一緒に時計台へ行った。トロフィーからクリスタルボールを取り出して「俺たちの宝物」を友達と共有するロクサス。彼らが楽しそうに夕日でクリスタルボールを輝かせる姿を時計台下の物陰から監視していた。

「……浮かない顔をしているな」

 隣に黒コートの彼が現れる。]V機関出現中、彼も激戦を繰り広げていたためコートが若干くたびれている。

「つらいなら、明日の監視は俺が代わろう」

 優しさはありがたいが、首を横に振る。

「私の役目だから」

 ロクサスに本当のことを言うことはできないし、嘘は言いたくない。しかし、逃げたら彼は自分を探すだろうし、失望するかもしれない。それはそれで耐え難い。
 オレットがアイスを取り出したタイミングで、珍しいことにロクサスが時計台から落ちてしまった。本来の彼ならこの高さでも着地できるが、今はどうだろう。余計な手出しかと思ったが、落ちてくる彼を保護しようとした――その時だった。

「そんな!」

 その観測は、自分にとって致命的なエラーを引き起こした。膝をつきうずくまると、黒コートの彼が心配そうにのぞきこんでくる。

「どうしたんだ!?」
「……エラーが起きた」
「エラー? ディズなら直せるのか?」
「どうかな……」

 ノーバディには心がない。
 ディズが作り上げたシステムである自分に与えられた情報が誤っていることを認識してしまった。けれど、今更中断はありえない。このまま強引にでもソラの回復を完了させるしかないだろう。
 エラーを起こしたシステムは修正するか、消去しなくてはならない。しかし、憎しみに燃えているディズはこの過ちを簡単には認めないだろう。ならば皮肉なことに、今や自分が存在してはならぬものと成り果てた。
 それでもなんとか気を持ち直し、落ちてきたロクサスを横抱きで受け止める。いじらしいことに彼は気絶してしまっていても青いクリスタルボールだけはぎゅっと握りしめていた。
 そっとロクサスを地に降ろし、クリスタルボールを握りしめる手に手を重ねた。

「ロクサスにとって、たいせつな思い出になったんだね……」
「取り上げろ」
「えっ?」

 ディズの命令が響いてきて、残酷な内容に動揺する。

「ロクサスのすべてはソラのためにある。ロクサス自身の思い出など必要ない」

 先ほどまでなら素直にしたがっただろう。けれど今は。

「ロクサスを傷つける行動は賛同できません」
「ノーバディにそんな配慮など必要ない!」

 怒鳴り声と機械を殴る音が聞こえる。]V機関のせいで予定が狂い、ディズはいつも以上にイラついていた。
 たとえユーザーを怒らせようとも嫌なものは嫌だ。従えずに固まっていると、とてもやさしく丁寧な仕草で黒コートの彼がクリスタルボールをロクサスの手から受け取った。

「俺が持っていこう」

 クリスタルボールをポケットにしまって彼はゆっくり去っていった。またつらい役目を肩代わりさせてしまったし、結局ロクサスからクリスタルボールを取り上げることになってしまった。
 ユーザーの命令に逆らいたくないと思ってしまうなんて。

「……ごめんね……」

 謝罪を口にしながら、ロクサスを彼の自室へと転送した。




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