THE 3rd DAY
「はじめは25秒程度に留めて」
ロクサスがいつもの場所から駅前へ向かっていく姿を確認しながらナミネと打ち合わせる。本来のディズのプランにない行動を彼に知られれば、ナミネがどんな目にあわされてしまうかわからないから慎重にやらなくてはならない。ディズがナミネをノーバディという理由だけで毛嫌いしていることは、システムである自分も知っている。
現実世界の影響が色濃いのか、海のデータは変わらず作成不可であるのにハイネがまたロクサスを海へ誘ってしまった。今日も海へ行かせないよう手をまわす必要がある。
自分のコピーデータが大型のノーバディの侵入を感知した。ディズの指示で排除に入る。
「どのタイミングで止めるの?」
「今なら大きな敵が侵入しようとしているから、ディズ様の意識はそちらへ向いている。キャラクターとの会話中に割りこめば、すぐには気づかないはず」
「わかった」
緊張しているのか、ナミネがプラチナブロンドの髪を耳にかけなおした。
ピンツとオレットがロクサスに接近している。会話が発生する確率は99.7%以上。
「ナミネ。ディズ様は常にロクサスのデータをモニターしているから、ロクサスの会話データにおかしなログがあればすぐに気づかれるよ。この町の中ではロクサスに不自然な会話をさせないように気をつけて」
「うん」
この世界を作成したディズは一番優先すべきのユーザーだ。なのに悟られぬようナミネに協力することは、彼に逆らうことになるのだろうか――?
そこまで考えておかしさに気づく。“裏切り”行為ができるのは、己の意思をもつ存在のみ。自分はただ、ユーザーの命令に従うだけ。
「じゃあいくよ」
ロクサスとオレットが挨拶した瞬間を狙って、ロクサス以外のデータを一時停止した。ロクサスはナミネと出会い、案の定彼女を追いかけ始める。彼には自分を海へ誘う役目があるので、駅より先に町をうろつくことは不自然ではない。
「――うっとおしいヤツら」
途中でダスクのデータが侵入し、よりによってロクサスの前に出現した。排除したいが、自分はまだロクサスの前で戦うことが許可されていない。ロクサスを連れ去ろうとしたダスクを遠距離から襲撃してやろうと思った瞬間、ディズから命令が下った。
「手を出すな。あれは、このままロクサスに倒させろ」
「しかし、ロクサスはまだキーブレードを出すことすらできません」
「我々には時間がない。目覚めの園を使って感覚を思い出させろ。少々荒療治になるが、先ほど捕獲したアレも使ってよい」
「……はい」
ダスクの手を振り払ったロクサスが空き地へ逃げてゆくので、ナミネに座標を伝え、自分も空き地へ移動した。
しばらく様子を見守ったが、やはりロクサスはまだキーブレードが出せないようだ。ナミネと建物の上から見ている間、ずっとポコポコ殴られている。
ハラハラ見ていたナミネが、ついに我慢できなくなったようだ。
「フィリア、時間を止めて!」
彼女に従いこの仮想空間の時を止める。
「ロクサス、キーブレードを使って!」
声を元にロクサスがナミネを探しはじめたので慌てて物陰に隠れた。
ロクサスはナミネを見つけるとポカンと見上げ、その無防備な姿をダスクが狙っていた。彼を守るか、守らないか。判断にあぐねているとナミネがパッとこちらを向く。
「フィリア、実行して!」
ナミネの命令に従い用意していた目覚めの園のシステムを起動する。
目覚めの園のいたる場所に、ディズの命令で捕獲しておいたダスクやトワイライトゾーンを配置する。
突然、意味の分からない場所に連れてこられてキーブレードを与えられたロクサスが、一生懸命戦っている姿をナミネと共に観察した。
ロクサスが命をかけて戦ってきた時間はソラよりも長い。本来の高い戦闘能力の一割程度しか出せていないが、それでも適切な判断と最小限の行動でノーバディたちを倒してしまうのはさすがとしか言いようがない。
「……ナミネ、準備ができたよ」
「ありがとう」
本来ならトワイライトゾーンを倒したロクサスをトワイライトタウンへ戻す予定だった。そこへナミネがわりこんでロクサスと対話する時間をつくる。
「フィリア」
だが、ナミネがロクサスを連れ去った後すぐにバレた。声をかけてきたのはディズではなく、黒コートのアバターの彼。
「俺をナミネたちのところへ連れて行ってくれ」
「……わかった」
命令には逆らえない。一瞬でナミネの場所へ移動すると彼はナミネを叱りつけ、ロクサスをトワイライトタウンへ戻してしまった。
ロクサスが消えた後、残されたふたりの元へ姿を出す。予定にない行動をとったナミネにディズは相当にお怒りらしい。ナミネを捕まえたまま、黒コートの彼はこちらを見て命令した。
「フィリア。おまえは本来の持ち場へ戻るんだ」
「……うん」
ナミネはどうなってしまうのだろう。とても心配だが、ユーザー間のやりとりに干渉する権限はない。彼に従いロクサスの元へ移動した。
ロクサスは強引に移動させられたせいで、かわいそうに気絶してしまっていた。地面にうつぶせに寝ている姿が気の毒に思え、せめて膝枕の上に彼の頭をのせる。
興味がでて、ツンツンそうに見えて柔らかい髪を撫でてみる。さらさらとしていて撫で心地がよい――――本物のフィリアも撫でたことがあるのだろうか。
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