THE 2nd DAY
「ようこそ、ユーザー様」
ユーザー登録者のひとりがログインしてきたので、ロクサスの監視を己から作り出したコピーデータに任せ、メイン個体である自分は彼を出迎える。
確かこのIDはリクだったはずだが。登録時の特徴と現在の容姿が一致しない。アバター変更申請は受けていないはずだが――これほど短期間で容姿が変わってしまうなんて不思議だ。しかし、ディズが許可済みのため不正ログインではない。
彼に頭を下げると、やめてくれと嫌がられた。
「俺にかしこまる必要はない。ふつうにしてくれ」
「これが私のデフォルトですが……」
「ロクサスたちと同じ態度でいい」
「かしこまりました――いえ、わかった。そうするね」
笑顔で答えたが彼は複雑そうにこちらを見つめ、やがて露骨に顔をそむけた。
「すでにやつらに見つかってしまっている。機関のメンバーが侵入してくるのも時間の問題だろう」
「うん。侵入経路をふさいでも、すぐに他から入ってくるの。システムに関してはあっちのほうが上手みたい」
「ソラたちが目覚めるまでもてばいい。俺も協力しよう」
そうして彼は山のように送り込まれているダスクの処理を手伝ってくれたり、ロクサスの様子を影から観察したりしはじめた。データの人間はロクサス以外、ユーザーを感知できない。彼はそれを知らなかったのか、ロクサスに木の棒を当てられたあげく話しかけられてしまい、焦りつつも冷静を装ってそそくさ逃げる姿は可愛げがあった。
「失敗しちゃって、ごめんね」
彼に頭を下げたのは、ロクサスが帰宅してから。
「侵入経路を増やすな。海へ行かせるな」とディズに命令されたため、金を盗むのは自分の役目だった。内緒話の隙に盗ろうとしたがつい機会を逃したところを、彼がフォローしてくれたのだ。
オレンジの袋を片手に、彼は「頭を下げなくていい」と言う。
「今のおまえがロクサスと敵対したら支障がでるとディズも言っていたしな」
「……あの時、なぜか手が動かなくて盗れませんでした。エラーでしょうか」
あの瞬間ロクサスの青瞳は輝いており、頬どころか耳まで紅潮させて熱心にこちらの話を聞く姿が愛らしく、傷つけたくないと思ってしまった――フィリアと同じように振舞うため自分には彼女のデータが組み込まれている。その影響だろうか。
「問題は解決した。今はそれでいい」
「あっ……」
言うなり彼はログアウトしてしまった。
オレットの手作り袋を受け取ろうと思ったのに。この世界のものを現実世界に持っていってしまっても大丈夫なのだろうか?
次に、ナミネに呼ばれたので彼女のもとへ。古い屋敷の一角、白い部屋の中が彼女のポジション。
部屋に入ると、クレヨンのイラストが床にたくさん落ちていた。回復開始から寝る間も惜しんで懸命に描き続けてくれているおかげで予定より早く進んでいる――現在、28%だ。
透き通った白い肌のため隈が目立つ。つらいだろうに、彼女はこちらに気づくとにっこり笑った。
「フィリア。来てくれたんだ」
「あなたが呼べば、いつでも駆けつけるよ。それと、ディズ様からメッセージが1件――『急げ』だって」
「うん、わかってる」
そう言いながらも、ナミネはクレヨンを机に置いて細く長く息を吐く。疲労か――。
ユーザーの健康は配慮しなければ。思いつく限りの慰労グッズを取り出した。毛布に軽食、あったかい飲み物に、ふわふわのぬいぐるみ。マッサージ機に貼るシップ、栄養ドリンクにはエリクサー。アロマオイル、美顔器……。
「あなたはコンピューターじゃないんだから、ずっと活動し続けることは不可能。適切な休息をとらないと」
「ふふ、ありがとう」
ぬいぐるみを膝に置き、飲み物に手を伸ばすナミネ。彼女が休息を受け入れてくれたことに安堵しつつ、落ちている絵を拾って壁に飾り始めた。
これは大切なソラの記憶のかけらたち。ロクサスの記憶と心をソラの中へ閉じ込めて、ロクサスとして生きた約一年をソラの空白期間へ変換するために必要な作業。ちょっとしたことでソラの心のバランスが崩れて精神障害が起こる可能性だってある。非常にデリケートな調整のため、ディズはナミネに一任した。
「む……」
けれど、なぜかこの部屋には不必要な情報が多く散見される。ロクサスの機関時代の記憶のかけらが多いのだ。]V機関への目くらましもあるが、ロクサスはソラから離れていた期間に自我が強くなりすぎてソラへ戻せなくなったからこそ、今回「トワイライトタウンに住む、普通の少年」程度に人格を変えて、己がソラなのだと彼が自覚したときにソラへ戻される予定なのだ。
このままでは機関時代のロクサスの記憶を取り戻し、ソラへ回帰しない可能性がある――引いては、ソラへ悪影響が――最悪、目覚めないままになる可能性も発生する。
「ナミネ。予定よりもロクサス自身の記憶が多いけど、どうして?」
その強い心が望むまま――世界を巡り、キーブレードにて]V機関を倒す者。ディズが求めている光の勇者に万が一があってはいけない。つい咎めるような口調になってしまったが、ナミネは動じていなかった。
「私ね、明日、ロクサスに会おうと思うの」
「ナミネが、直接? 回復に必要ないよね」
この回復に彼女とロクサスの接触は予定にない。予定がずれると回復が遅れる可能性がある。一刻も急ぐ状況で賛同できない。
だが、ナミネはきっぱり言った。
「すべてが終わる前に一度会っておきたいの。ソラだけじゃなくて、ロクサスのためにもできるだけのことをしてあげたい」
「ロクサスのために……?」
ユーザーからのリクエスト。一瞬で演算処理が完了する。ソラの健全な復活のためには断るべきだ。
だが、絶対に尊守する決まりがある。システムはユーザーに従うべし。
「フィリアも、協力してくれるよね」
「…………わかった」
「ありがとう」
ナミネは嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめた。
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