THE 5th DAY



 時計台から落ちた後。
 落ちて、落ちて、落ち続けた。どこまでも落ちて闇の奥へ溶けてゆく――。

「――わぁっ!」

 飛び起きると、いつもの自分の部屋の中だった。

「夢か――」

 みんなで時計台でアイスを食べようとして、足を滑らせて……どうやって戻ってきたか記憶にない。

「どこから――どこまで?」

 汗が頬をなぞって布団に落ちる。
 今日はあの男の夢は見なかった。



「よぉ、ストラグルチャンピオン!」

 今日はいつもより町の人たちから声をかけられるし、女の子たちからチラチラ見られる。チビッ子からは手を振られ、ちょっとしたヒーロー気分だ。こそばゆい。
 軽く町を巡ったがフィリアに会えなかっため、いつもの場所へ。そこではまるで母さんや仁王像のように目を吊り上がらせたオレットがみんなを委縮させていて、自分も同じめにあった。

「夏休みはあと3日しかないんだぞ! 宿題の話なんてやめろよ!」
「今日のうちに終わらせる約束だったでしょ?」

 すかさず返されたオレットの正論パンチに、ハイネはぐうの音も出ないようだ。
 おかしいくらい、みんないつも通りだ。自分の定位置に着席して訊ねた。

「俺――昨日駅のてっぺんから落ちたよな?」

 ハイネが「はぁ?」と言う顔をする。

「落ちてたらここにはいない!」
「でも、あれはギリギリだったよね」
「話をそらさないで!」

 ピンツもへらっと笑ったが、オレットはカンカンになってしまった。これ以上怒らせたらまずい。ついにハイネが白旗を揚げる。

「わ、わかったよ。仕方がない。今日は宿題を片付けよう。ひじょーに厄介な自由研究だ」

 夏休みの初めに「みんなでやれば楽勝だろ」と言っていた自由研究。めんどくさいの一言で今日まで存在を忘れていた。
 ハイネがぐるりとみんなを見る。

「で、ネタは?」
「最近、俺のまわりで起こってることは? 夢とか例の白い奴とか――」

 白いウネウネのことはみんなには黙っていたが、サイファーが町じゅうに「白い奴が出たら俺が倒してやる」と触れ回り、みんなが知るところとなった。

「それはナシ」
「どうして?」

 一番乗ってくると思ったハイネから即却下されて面食らう。ハイネは言った。

「泥棒騒ぎの頃から、ロクサスもこの街も――なんだか変だよな?」

 ピンツとオレットも頷く。

「原因を突き止めるために、明日、街の大捜索をするんだ」
「いろんな人が協力してくれるよ!」
「……俺のために?」

 みんな普通に接してくれるから、自分のことをそんなに心配してくれていたなんて気づかなかった。うずうずと喜びが胸にあふれてくる。

「俺、アイス買ってくる」

 昨日のストラグル大会優勝のごほうびに、今日の朝、母さんからおこづかいをもらったばかり。小銭がちゃんとポケットに入っていることを確認しつつ駄菓子屋のおばあさんの店へ走った。



 アイスを食べながら、自由研究の話を続ける。そのネタはあの子とかぶる、あのネタは去年もやっただろ……決められずにいると、ピンツが「あっ」と声をあげた。

「不思議なウワサがあるんだけど、聞きたい?」

 みんなに注目されたことを確認し、ピンツはアイスの最後のひとくちを食べきってから話し始めた。

「サンセットステーションの石段は知っていますかな? 普段何気なく使っているあの石段。上りと下りでは、ああ、恐ろしや……なんと、段の数が違うのです!」
「ほんと?」

 ハイネが生唾をのみこむと、ピンツがニタァと笑う。

「こういう話が全部で7つあるんだ。つまり……トワイライトタウンの七不思議」
「それを調べて、共同研究にするんだな? ピンツ、なかなかいいぞ!」

 ハイネとピンツは気に入ったようでウキウキしている。白いウネウネ以外にもこの町に不思議なんてあったんだ。

「他にもウワサがあるかもしれないから、手分けして調べようよ。僕は七不思議を調べるから……」
「よし、俺はオレットと新しいウワサ探しだ! 行くぞ、オレット!」

 オレットは接客業のバイトのおかげで情報通だから適任だ。
 ピンツが頷く。

「じゃあ、ロクサスは僕といっしょだね。とりあえず駅に行って電車に乗ろうよ」

 フィリアのことが気になってはいたが、自由研究をしなければ成績に関わる。ピンツからオカルトな話を聞きながら駅へ向かった。



 駅にはサンセットステーションへ向かう電車がちょうど到着していた。確か、サイファーたちはあっちに住んでいるんだっけ。

「さーて、七不思議への旅立ちですねぇ」

 ピンツと共に切符を買ったところで、ハイネとオレットがフィリアと共に走ってきた。ピンツがきょとんとする。

「あれ? 新しいウワサは?」
「商店街にはないみたい」

 オレットがきっぱり言う。こんなに早くに分かるなんて、さすがだ。

「おまえたちに負けるわけにはいかない。だから俺たちも住宅街へ行く! 助っ人にフィリアも呼んだんだ」

 ハイネがジャーンとフィリアを紹介するも、当の本人は困り笑顔だ。

「ハイネから深刻な顔で『手伝ってくれ』って言われたから来たけど……自由研究、まだ終わってなかったの?」
「実は、そうなんだ」

 ピンツと一緒にごまかし笑いすると、フィリアはくすっと笑ってハイネへ言った。

「ウワサ探しと七不思議調査なら、私は七不思議調査の方をやってみたいな」
「えーっ? 仕方ないな……じゃあ、ハンデとしてフィリアはそっちのチームへの加入を認めてやる」

 まるでスポーツの監督のように仕切るハイネへ、しびれをきらしたオレットが呆れてツッコんだ。

「もう! 競争じゃないでしょ?」
「じゃあ、今から競争だ」

 どうもハイネは競争したい気分らしい。

「オレット。みんなで行こうよ」
「ちゃんと真面目に自由研究を完成させるんだからね!?」

 心配するオレットをまぁまぁとなだめながら、みんなで夕日色の電車へ乗りこんだ。ちょうど他の乗客がおらず座席が選び放題だ。みんなでのびのび腰かけるなか、フィリアの横を意識して座った。
 昨日、シーッって言われたし、あの包帯男の話はみんなの前でしないほうがいいのかな?
 ガタンゴトン、電車の揺れを感じながら考えていると、オレットがハンカチに包んだ黄色のクリスタルボールを取り出した。ハイネとピンツも取り出して、昨日のように夕日にかざす。うれしくなって自分も同じくやろうとしたが――そこで、クリスタルボールがズボンのポケットにないことに気づいた。こっちのポケットにも、あっちのポケットにも入っていない。服をぱんぱん叩いて確認するも見つからない。家に忘れた――それとも失くした――?
 共有した宝物を自分だけが持っていない悲しみに落ちこんでいると、フィリアがみんなからは見えない角度で手を繋いできたので、驚いたあとに握り返した。小さくてやわらかい女の子の手の感触に頬が熱をもつ。

「きれいだね」

 自分たちが手を繋いでいることに気づいていないみんなは、クリスタルボールをうっとり見つめて頷いた。

「私たちの宝物なの」
「そうなんだ――って、あっ! それ、トロフィーについてたやつ? 取っちゃったの?」
「やっぱ、まずかったかな?」

 苦笑しつつ、ピンツをはじめ、みんないそいそクリスタルボールを大事にポケットへ戻した。フィリアがくすくす笑う。

「別にいいとは思うけど――主催のおじさんが見たら泣いちゃうかもね?」

 トロフィーは主催のおじさんがデザインし、特注でつくらせたもの。部品をバラバラにしたことは伏せておいたほうがいいと話すフィリアの声を聞いているうちに、電車はサンセット通りに到着した。





「オレット! 急げ!」

 電車が駅に着くなりハイネとオレットが飛び出してゆく。駅員さんに「危ないから走るな」と注意されていた。
 切符売り場の前を通ると長い石段があるが、ピンツがふつうに降りてゆくので「あれ?」と疑問をぶつける。

「不思議な石段ってここだろ? 上りと下りで数がちがうんだよな」
「うーん、実はね、バカバカしいオチがあるんだ」
「どんな?」

 ピンツは目だけが笑っていない笑顔で言った。

「石段を数えたのはライなんだ。『もう、何度数えても違うだもんよ!』ってね」
「ってことは、数え間違い?」
「そんなぁ」

 ピンツが深く頷く。自由研究に取り上げる価値のあるものなのか、かなり不安だ。フィリアと一緒に落胆のため息を吐くとピンツは雑になだめてきた。

「さあ、気をとりなおして! 七不思議の地図をまとめてあるんだ。迷ったら僕に聞いてね!」

 常に持ち歩いているのだろうか。ピンツは大きなサンセット通りの地図を両手いっぱいに広げた。あちこちオカルトなウワサや不思議な情報をマメにとりまとめており、特に七不思議のことは大きな赤丸で目印がある。七つすべては載っていなかったが、ラインナップは……
・カベの向こうの友達
・もう一人の自分
・うごめく荷物
・トンネルにひびくうめき声
 なんともオカルトめいた題名である。

「とりあえず、近いものから当たってみる?」

 一緒に地図をのぞき込んでいたフィリアが、「カベの向こうの友達」を指した。



 高いレンガの壁の裏路地を歩く。

「ねぇ、フィリア」
「ん?」

 呼びかけると、フィリアは視線だけでこちらを見てくる。
 ピンツは地図を広げたまま歩いているので、自分たちの小さな声での会話は届かない距離の背後を歩いていた。

「あのこと――教えてくれる?」
「いいよ。話すって、約束したもんね」

 足音が反響する道を進んでゆく。フィリアは少し考えるそぶりをした。

「どこから話せばいいかな。私は、この町を守る役目を与えられているの」
「この町を――あのウネウネから?」
「そう」
「どうしてフィリアが? いつもあいつらと戦っているのか? 役目を与えたのって誰?」

 矢継ぎ早に質問してしまい、苦笑を返される。

「落ち着いて。私が教えられることはちゃんと話すから」
「ごめん、つい――いてっ」

 急に後頭部に何かがポコンとぶつかってきた。パフォーマンスのバイトに使われる白くて大きめのゴムボールが足元でぽこぽこバウンドしている。
 大事な話をしているところなのに、投げてきたのは誰だ。見回すもボールの持ち主は一向に現れないどころか、同じゴムボールが壁からいくつも出現してきた。

「えっ、わっ、なんだ?」

 列をなして次々飛んでくるボールたち。たまたま携帯していたストラグルソードで叩き落とした。
 これが七不思議なのか?

「ロクサス。あのレンガの壁から飛んできているみたい」
「調べてみよう」

 壁へ近づこうとすると、ゴムボールが鳥の群れのように現れて行く手を邪魔してきた。すべて叩き落して壁に触れたとたん、スイッチが切れたようにボールが出てこなくなる。何の変哲もないただのレンガの壁だった。

「なんだったんだ……?」

 ドタドタ足音をたてて慌てたピンツが走ってくる。こちらを見て、周囲を見回して、それから「なーんだ」と肩を落とした。

「ロクサスとフィリアだったんだ。ボール遊びでもしてたの? ボールが飛び出してきたからびっくりしちゃったよ」
「え、俺たち?」

 フィリアを見ると、彼女も目を瞬かせている。ピンツは地図に赤ペンをいれながらブツブツと「これが七不思議の原因だったんだ」と呟いていた。



 サンセット通りをハイネが爆走している。

「あっ、ロクサス。そこの行き止まりとか、トンネルとか、怪しい場所はたくさんあるぜ!」

 じゃあな! と走り去っていったのを見送って、フィリアと顔を見合わせる。

「ちょうど『トンネルにひびくうめき声』の側だな」

 このトンネルはまだ貫通していないため、入り口付近以外立ち入り禁止だ。入口に立つと、ひやっとした空気が肌を撫でてくる。なんとなく、嫌な予感。

「入ったら危なそうだけど……」

 行かなくちゃいけない――よな? チラッとフィリアを見ると恐々と頷き返された。しぶしぶ進み始めると、ちょいと服の端をつままれる。

「なんだか不気味……ロクサス、手を繋いでもいい?」
「う、うん……」

 さっきは何も言わずにフィリアから手を繋いできたのに、今度は断りを入れるのか? どういう法則かよくわからなかったけれど、女の子に頼られるのは気が奮い立つ。手汗を心配しながら、ドキドキしつつフィリアと手を繋いだ。
 夏の暑さと打って変わってトンネルの中はとても涼しくて、繋がっている手だけが暖かい。

「さっきの続きだけど、どうしてフィリアがこの町を守っているんだ?」

 ピンツは地図に夢中でこちらの様子に気づいていないようだ。フィリアがぐっと肩を寄せて、空洞に響かない程度の声量で囁いてきたのでどきどきする。

「町を守る役目は……あの顔に包帯を巻いた男の人がいたでしょ。あの人から任されたの」

 先ほどは一度にたくさん質問して失敗した。今度は落ち着いてひとつひとつ訊ねようと己を落ち着かせる。

「あの人は誰?」
「それが……私も、よく知らないの」

 フィリアがうつむく。知らない大人の男の命令を聞いてるなんて、すごく心配になる。ひょっとして、脅されているのだろうか?

「どうしてそんな奴の命令なんて聞いているんだ?」
「アクセルだっけ――あの人たちが私の大切な人を奪おうとしてくるから、戦ってでも守りなさいって」

 そういえば、あの男は自分のことを攫おうとしていた。ナンバー]V……キーブレードに選ばれし男……? 自分は学校の成績が中くらいの、ただの普通の子どもなのに。

「その……フィリアの大切な人って?」

 期待がなかったと言えばウソになる。つい訊いてしまったら、フィリアが足を止めてじっと見つめてきた。その瞳を見返しているうちに、自意識過剰とか勘違いとか弱気な発想が消えてゆく。

「――知りたい?」

 フィリアが微笑んだとき、トンネルの奥からの視線に気がついた。ビビが黙ってこちらを見ている。その手には構えたストラグルソードがゆらゆらしていた。

「ビビ……?」

 まばたきの間にビビが三人に増える。

「え?」

 目をこすって改めて見直すと、もう三人増えた。

「ビビが増えた?」

 ぽかんとつぶやく間にもビビは増えて、唐突にストラグルソードで殴りかかってくる。

「えーいっ!」

 いつの間に構えたのだろう。フィリアがストラグルソードでビビをボカボカドガッ! と殴りつけた。吹っ飛んだビビは、ドサッと倒れて痕跡ひとつ残さず消えてゆく。
 えっ、と目を疑う。フィリアってストラグルバトルやっていたっけ。しかも友達のビビに一切の容赦なく殴りつけていたけれど……。
 普段はニコニコやさしいフィリアが、今は残ったビビたちへためらいもなくストラグルソードを振りおろしている。

「フィリア、ビビが……」
「これはビビに化けたニセモノだよ」

 フィリアはサイファーよりも早くストラグルソードを振り、どんどんビビを消滅させていた。ビビたちも恐怖して逃げ惑うなんてことはなく、ストラグルソードを振り回し野獣みたいな声をあげて襲ってくる。

「大会で見たビビと同じ……」
「そう。ロクサスもやっつけて!」
「わ、わかった!」

 ストラグルソードで何度かペシペシ殴りつけると、ビビたちはカエルが潰されるような声をあげて消滅していった。
 ふえるワカメのように分裂していたビビは14人で打ち止めらしい。サイファーの取り巻きでもビビは友達だ。後味が悪い気分だったが、フィリアの方はすっきりしたような表情だった。

「ロクサス、ケガしてない?」
「俺は平気だけど――これでよかったのか?」
「あれ、ロクサス!? フィリアも。こんなところで何してるの?」

 まだ残っていたのかビビの声に驚いてストラグルソードを身構えると、入口側からビビがきょとんとこちらを見ている。彼はてぽてぽ歩いてきて、こちらのストラグルソードを見て喜んだ。

「あっ、ロクサスもこれ? こっそり練習するつもりなんでしょ?」

 こちらの緊張をよそに、ビビは無邪気に懐からストラグルソードを取り出してポーズをとる。
 いつものビビだ。じゃあ先ほどのニセビビは? このビビは?

「いや、そうじゃなくって、さっきビビがいっぱい……」
「えっ? ぼくがいっぱい!?」

 先日の大会でも「なんだかまわりの視線が冷たい」とぼやいていたビビ。首を傾げられて言葉の続きを待たれたが「あなたそっくりのニセモノの存在をたくさん殴って消していました」なんて伝えられるわけもない。フィリアも説明する気がないようだ。結局、説明できなかった。

「よくわかんないよ。それじゃ、僕はもう終わったからロクサス。フィリアとごゆっくりー」
「ばいばい。ビビ」

 フィリアと手を振りあったビビがトンネルを出てゆくのと入れ替わり、やっとピンツが追いついてきた。彼はまた新たな七不思議ネタを地図に書きこんでゆく。

「謎の声って、ビビのかけ声だったんだ……」
「さっきさー、ビビがいっぱいいたんだよ。それで……全部倒したらあのビビが現れてさ」
「えっ、ビビがいっぱい?」

 どういこと? と問うピンツ。説明を求められても自分にだってあのビビの謎は分からない。
 フィリアがケロッした笑みで言う。  

「ビビって普段の声はかわいいのに、かけ声はうめき声なんだね」
「それは声がトンネルに響いて、うめき声に聞こえたんじゃないかな」

 苦笑したピンツから「ふたりってちょっと天然だよね」と言われてしまった。



 トンネルからちょっと歩いた場所に、人工的な滝が流れる小さな憩いの場がある。隠れたデートスポットとしても有名だ。

「えーっと、ここにも七不思議があるんだよな」

 近所の住民たちが整えているという紫の紫陽花と緑の葉が市松模様に飾られた花壇。その中心に流れる滝をただ眺める。鏡のように反射する薄い水の膜には自分とフィリアの姿が映っていた。小さな水音に夏の暑さが癒される。

「もうひとりの自分――か」
「ん?」

 滝を見つめてつぶやくフィリアの表情は何かを憂いているように感じた。横顔を見つめていると、フィリアもこちらを振り返る。

「ねえ、ロクサス。もし自分がもうひとりいたらどうする?」
「俺が?」

 ふいに訊ねられて返答に困った。たとえば面倒な宿題を代わりにやってもらうとか? 相手も自分なら押し付け合いになりそうだ――もしフィリアがふたりいたらどちらも独占したいと思うけど。

「わかんないよ。何人いても、俺は俺だし」
「そっか」

 何気ない会話をしつつ、ぼうっと滝を眺めていたら、突然に滝の中に映っていた自分の影がぬっとこちらへ手を伸ばしてきた。水から抜け出て、こちら側へ――。

「えっ?」

 肌も服も真っ黒な自分の影が目の前に具現した。目だけが金色に光っている。なんだこれ、なんだこれ!

「フィリア、さがって!」

 とにかくフィリアを守らなきゃ。とっさにストラグルソードで戦うと、影も真っ黒なストラグルソードで応戦してきた。チャンバラになり、なんとか勝利。黒い影は痛がるそぶりをしながら消えた――と思ったのだが……。

「ロクサス。ロクサス、しっかり……」

 フィリアとピンツの声が響いてくる。気がつけば地面に寝そべっていて、ふたりから心配されていた。

「急に倒れたからびっくりしたよ。気分はどう?」
「ちゃんと水分とってる? 熱中症には気をつけないと」

 ふたりから口々に心配されて面食らう。先ほどの影は一体? いつ気絶したのか自覚がない。

「ロクサス、本当にだいじょうぶ?」

 声をかけてきたピンツが突然「ウワッ!」と肩を跳ねさせた。側の滝に驚いたようだった。

「びっくりした! 誰かと思ったら僕が映ってるだけか―。もしかしてこれが七不思議の原因!?」
「滝に映る姿が、鏡のように見えるから?」
「たぶん。きっとライみたいな人が見つけたんだよ」

 フィリアの問いに喜び半分、呆れ半分な表情で、ピンツは地図に書きこみを始める。

「もうひとりの俺……?」

 あの影はまぼろしだったのか?
 首をかしげつつ、次の七不思議へ向かう。

 

 駅から遠く離れ、サンセットヒルにまでやってきた。ここは町民から犬の散歩コースによく利用されていて、丘のてっぺんから一望できる海と線路の景色は町の観光スポットだ。

「僕、坂道はゆっくり行くから。先に行ってて」

 汗だくのピンツに頷き、引き続き七不思議を探す。
 草木が揺れる音を聞きながら、傾斜の高い坂道を進んだ。

「フィリア」
「ん?」
「あのアクセルってやつは、どうして俺を連れて行こうとしたんだ?」

 さあっと風が吹いてフィリアの髪をそよがせる。
 フィリアは一瞬無表情になったが、う〜んと困り笑顔を見せた。

「ロクサスを悪いことに利用するためじゃないかな?」
「やっぱりあいつ、悪いやつなのか……?」

 アクセルが言っていた、自分はキーブレードに選ばれし男だと……。
 サンセットヒルのてっぺんへたどり着くと、一気に視界が広くなる。海が赤い光に輝いていた。一番遠くまで届く色。
 
「キーブレードって、なんなんだ?」

 独り言のつもりだったが、フィリアが首を横にふった。

「それは、私にもわからない」

 誰なら知っているのだろう。他にキーブレードを知っている人物――ナミネのことを思い出した。
 
「フィリアは、ナミネのことは知っているの?」

 訊ねながらフィリアを見ると、彼女の横で茶色くてうごめく大きな袋が視界にはいった。自分たちより大きいかもしれない。

「えっ、なんだこれ?」

 茶色い袋はこちらに気づかれたと察するや、あちこち動いて周囲にあったポリバケツなどをなぎ倒した。まるで生き物みたいに動く袋。それとも何か仕掛けがあるのか……? 近寄ると離れていってしまう。フィリアが言った。

「これが七不思議の“うごめく荷物”かな?」
「捕まえよう!」 

 追いかけて袋の上へ飛び乗ると柔らかいしぬくもりがあった。袋はびくっとしてからもっと激しく動き始める。
 しばらく、ロデオよろしく振り払われないよう耐えてゆくうちに、袋は疲れてきたようで最後はぺしょっと立ち止まった。

「ロクサス、袋の中身は?」
「うん。あっ!」

 袋の中では、なんと茶と白が混じった毛色の犬が舌を出して座っていた。首輪にリードまでついている。散歩中に飼い主とはぐれたのか、袋から出してやると犬は嬉しそうに頬をべろべろに舐めてきた。

「うわっ、もう。ちょっと、落ち着けって」
「ロクサスになついてるね。かわいい」

 フィリアと犬を撫でていると、ピンツと犬の飼い主がヘロヘロになって坂を登りきってきた。犬は喜んで飼い主の元へ帰っていく。ピンツはぬけがらになった袋を見てちょっと落胆していた。

「なーんだ、犬だったんだ。ロクサスが袋から出してあげたの?」
「そんなところ」
「これが七不思議の原因だったんだね」

 ピンツは納得していたが、こちらとしては石段の時と同じため息がでてくる。

「なんかさ――調べたら、不思議でもなんでもないというか――」
「わかってる。何も言わないで。でも、次のは凄いよ! なんと6番目の不思議!」

 いつもより早口でセールスしてくる。フィリアが「ハイネたちが来た」と呟いた。ハイネとオレットがキラキラした笑顔で駆け寄ってくる。

「新ネタ仕入れたぞ」
「幽霊列車の謎っていうの」
「それ、有名な6番目の不思議だよ!」

 ピンツが驚かないのでハイネがむくれた。

「俺は知らなかった!」
「その列車はどこを走ってるんだ?」
「サンセットヒルから見えるんだって」

 質問に答えたオレットが線路の方向を指す。海の向こうからトワイライトタウンの駅まで続いており、車窓から見える海の景色は最近トワイライトタウンの観光パンフレットに載ったらしい。

「幽霊なのに、こんな明るい中を堂々と現れるの?」
「ウワサが本当なら、もうすぐ来るはずだ」

 不気味がるフィリアへ、ハイネがワクワク答える。
 みんなでサンセットヒルの隅で座ったり寝転がったりしながら線路を見下ろし電車を待った。
 フィリアには聞きたいことがまだまだある。けれどみんなの手前、我慢していた。

「その電車には誰も乗っていないのです。運転士――車掌――乗客――誰も乗っていないのです」

 ピンツのどろどろとした話し方に、フィリアは終始怯えているようだった。あのアクセルには平然と立ち向かっていたのにこんなウワサは怖がるなんて。怖がりなのか大胆なのか……。
 地面にうつ伏せに寝転がったオレットが、足をぶらぶらさせながら言った。

「来年は、海行けるよね」
「うん。来年は休みが始まったらすぐにバイトな」

 ハイネに頷きながら、来年はスイカ割りができるほど稼ごうと心に決める。
 夕日に輝く海面をぼうっと眺めていると、ひとつの足音が近づいてきた。

「まったく、ヒマな奴らだぜ。ここで何をしているんだ?」

 そいつと見て、げっと顔を歪める。珍しくサイファーが取り巻きを伴わずひとりでやってきた。
 ハイネが「なんだっていいだろ」と答えるも、サイファーは「なんだっていいが――言え」と食い下がってくる。

「幽霊列車が通るんだ」
「『幽霊列車が通るんだ』」

 仕方なしに教えてやったピンツをからかってバカにしたように笑ったので、立ち上がって睨みつけた。勝負なら受けて立ってやる。
 サイファーは目つき悪く睨み返してきた。

「どうしておまえを見ると腹が立つんだろうな?」
「さあな。運命だろ、多分」
「運命か。だったら仲良くするか」

 鼻で笑って、サイファーは夕日の方を向いた。

「そういうことには逆らいたくなるぜ」
「おまえ、何かに従うことあるのかよ」

 ハイネが訊ねると、サイファーは己の胸板をとんとん叩き、へっと笑って帰ってゆく。オレットがその背に声をかけた。

「サイファー?」
「わかってる。明日だ。行くぞ、フィリア」
「あっ、うん」

 フィリアが立ち上がってサイファーと一緒に行ってしまうので「えっ」と声をあげた。フィリアは申し訳なさそうに眉をさげる。

「途中でぬけてごめんね。サイファーに本を貸す約束なの」

 またね、と手を振って早歩きでサイファーと共に行ってしまった。
 まさかサイファー、宿題の読書感想文をいまからやるつもりなのか? 別に本はフィリアから借りなくてもいいじゃないか……。もんもんと気になっていると、電車が走ってくる音が聞こえた。海の向こうから今まで見たことのない紫の電車が線路の上を走ってきている。

「来た!」

 柵にしがみつき凝視すると運転席は空室、客席にも人影はない。ウワサどおりだ。
 みんなに視線送ると全員こちらへ困惑した顔を向けていた。

「本当だ。本当に誰も乗ってなかった――。オチは? 実はこうでしたとかそういうオチ」

 ピンツがいつものように呆れ顔で説明するかと思いきや、おろおろハイネやオレットへ視線をとばしている。

「本物ってこと? 駅へ行こう!」

 早く行かないと消えてしまうかもしれない。駅へ走ればみんなついてきた。ホームには期待通り、あの無人列車が止まっている。

「中を調べよう」

 乗りこもうとした時、後ろからハイネから手を引かれた。むしろ一番乗りを主張するタイプなのに。ビビっているのか? いつ電車がいなくなるかもわからない焦りもあって、少し乱暴に「何だよ?」と振り返ると、ハイネは不安と動揺が入り混じった表情で、珍しく弱気に返す。

「あ、危ないから――」

 なにが?

「え?」

 もう一度電車の方を向いたら、つい先ほどまで確かにあった電車はおらず、ホームの深い段差が目の前にあった。駅にいるほかの住民たちも平然としている。あの列車は何の音もたてずに一瞬で忽然と消えてしまった。

「まもなく列車が到着します」

 アナウンスが入り、いつもの橙の電車が止まり、中からフウやライをはじめ見知った顔の住民たちが出てくる。
 ピンツがねぇと声をあげた。

「戻ろう」
「海から来た列車――運転手いなかったよな?」

 同意を得たいだけなのに、みんな不安そうな顔をしている。ハイネまで「戻ろうよ」と言いだした。

「見たよな?」

 オレットへ視線を移したが、彼女も首を横に振る。陽光のなかハッキリと姿を現し、線路を走る音も響いていた。見逃すなんて信じられない。
 ハイネがいらだったように唸って、強引に背を押し電車の中へ押しこんできた。帰りの電車は混んでいてとてもおしゃべりができる雰囲気ではなく、それきりあの列車の話は立ち消えになってしまう。



 駅に着くと、こちらも帰宅する人たちで混み始めていた。

「さ、帰ってレポートをまとめよう!」
「全部いい加減なウワサでしたって?」
「それでも、キチンとまとめれば、立派なレポートになるよ」

 ハイネ、ピンツ、オレットがまっすぐにいつもの場所へ向かおうとしている。また七つすべてを確認していないのに。

「七不思議はあとひとつ残ってるよな?」
「もういいだろ!」

 振り向かないまま、ハイネが怒鳴った。
 友だちを不安にさせても引けなかった。予感がしたからだ。この七不思議は最近身近で起きている現象と何か関係があるんじゃないかって――。

「俺は行く。ピンツ?」

 ピンツたちからの何か言いたげな視線がもどかしい。ハイネは「勝手にしろ!」と行ってしまった。

「ロクサスーー」
「幽霊屋敷だよ」

 心配顔をしたオレットとため息を吐いたピンツも、ハイネを追いかけていった。



 幽霊屋敷へ来るのは写真泥棒の時以来だ。
 町のすぐそばにあるのに森と壁に囲まれているせいで、壁の穴がなければとても遠回りしなければならない。誰も住んでいないこともあり、いつも好き勝手なウワサが流れていた。きっと昔の金持ちが建てたのだろうが、以前誰が住んでいたのか、何のために建てられたのか知る人はいない。
 雨風でだいぶサビているが、正門を封鎖する南京錠はまだまだ頑丈そうだ。柵を乗り越えて侵入しようか悩んでいると「この屋敷は」と背後から突然、声がして驚いた。心配して来てくれたのか、ピンツがいた。

「明日調べる予定だったんだ。ここが一番怪しいからね」
「そうか――」

 町の大捜索をするって、ハイネが言ってたっけ。

「サイファーたちも協力してくれるんだ」
「サイファーが!?」

 素っ頓狂な声が出る。サイファーってあのサイファーだよな? あいつが自分たちのために何かをするなんて信じられない。

「ハイネが頼んだんだよ」

 ――俺のために。明日の大捜索が終わったら、またみんなにアイスを奢ろうと思った。明日ばかりはサイファーたちにも。

「ピンツ、ここのウワサは?」
「えーと、だれも住んでいないはずなのに、2階の窓に女の子の姿が見えるんだって」

 屋敷を見上げると、左側の二階に白いレースのカーテンが見えた。その白の中に、あの白い少女――ナミネの姿が見えた気がする。



 朽ち果てた屋敷の中とは思えないほど、シミひとつない純白で統一された部屋だった。テーブルに生けられた花すら真っ白だ。壁に子どもが描いたようなクレヨンの絵が何枚も飾られていた。上手いか下手かはわからないが、特徴はよくとらえられているので何を描きたかったのかは分かる。いまは赤い髪の女の子と黄色い星の実のイラストを見ていた。

「ロクサス」
「ナミネ?」

 壁にそってイラストを見ながら、彼女の呼び声に応える。次の絵は黒い服を着た自分らしき人物と、赤い髪をウニみたいに尖らせて描かれたあの男が立ち並んでいるもの――。

「これは俺? あいつ――アクセルもいる」
「二人は親友だもの」
「やめてくれよ」

 俺の親友はハイネ、ピンツ、オレットだ。
 ナミネは続けた。

「本当の君のこと、知りたくない?」
「それなら俺が一番よく知っている」
「そうだね――」

 含みのある言い方だった。ナミネは悪い子じゃないと思いたいが、どうにもハッキリとものを言わない態度に不安を煽られる。

「でも、いったい何が起こってるんだ?」

 最近の非日常のすべての事情を、きっとこの子は知っているはずだ。
 次は夢で見た島の絵、ソラとドナルド、グーフィー、フィリアが笑顔で集っている絵。

「知ってるよね?この人たち」
「ああ。ソラ、ドナルド、グーフィー。フィリアと一緒に夢に出てくる奴らだ」

 ナミネは緊張した声で言った。

「1年前かな。いろいろあって――私はソラの記憶の鎖をバラバラにしてしまったの。今、それを元に戻しているところ。時間がかかったけど、もうすぐソラの記憶は元どおりになる。その影響があなたに出ているのよ」
「俺の夢のこと?」
「うん。君とソラはつながっているの。そして、ソラが完全に元のソラに戻るためにはあなたが必要なの」

 こちらに背を向けた自分がソラと手を繋いで立ち並んでいるイラストを見た。
 ソラのことは知っている。だからって自分に何の関係があるというのだろう。

「どうして、俺なんだ?」
「あなたがソラの半分を持っているから――ソラにはあなたが必要なの」

 説明を受けても肝心の部分をぼかされているから、やはり意味が分からない。

「ナミネ?」

 ナミネとテーブルをはさんで向かい合うように椅子へ腰掛けた。机の上にはソラたちが夕日が沈む海を眺めるイラストが置かれている。ソラの夢が始まった初期に自分もこの景色を見た。トワイライトタウンの時計台から見る夕日よりとても大きく見えたっけ。

「ナミネ、君は何者?」
「ソラと、ソラにつながる人たちの記憶を操る魔女」
「魔女?」
「ディズが私をそう呼んだの」

 ディズって誰だろう。
 魔女とは真っ黒な服を着て大きな三角帽子をかぶっている印象だ。彼女はそんなに邪悪な存在なのか? ナミネはうつむきながら言った。

「でも、どうしてこんな力を持っているのかわからない。この力をどう使うのが正しいのかもわからない」
「うん、全然わからない」

 ソラの記憶を操る魔女についても、その力についても。どうしていま自分はそんな子と話しているのかも――なにもかも。
 こういう時、フィリアに側にいてもらえたら。そこでアッと聞きたいことを思い出した。

「ナミネはフィリアのことを知ってるのか?」
「フィリアとは友達だよ。私をたくさん手伝ってくれてる」

 やっぱりふたりは互いを知っていた。明日こそフィリアとちゃんと話をしたい。
 ナミネは微かにほほ笑んでいる。
 あの深い青色の目に見つめられると、まるですべてを見透かされているような気分になった。

「変だな――俺は自分のことを何も知らないって気がしてきた」

 トワイライトタウンに住む、ただのロクサス――自分はそうじゃないのか?

「やっぱり聞かせてくれないか?俺が知らなくて、君が知っていることを」
「君は――」

 ナミネは少しためらいながら言った。

「君は本当は存在してはいけないの」

 カワイイ女の子のカワイイ声で告げられた内容が一瞬信じられず、言葉につまる。

「いきなりひどいこと言うな。たとえ本当でも――ひどい」

 言葉で傷つけてきたのはあちらなのに、ナミネは悲しそうにうつむいた。

「ごめん。やっぱり――知らなくてもいいことなのかな」

 その言葉きり部屋の空気や座っている感覚、すべてが遠ざかってゆく。
 気がつけば屋敷の前に戻っていて、ピンツに肩を揺さぶられていた。

「ロクサス! ロクサス!」
「え!?」
「何か見えたの?」

 あ――そうだ、ピンツと最後の七不思議を探しに来たのだ。

「ああ。あの窓、よく見て」

 先ほどまでナミネといた真っ白な部屋を指す。カーテンがわずかに揺れているのをしばらく見つめてから、ピンツは露骨に肩を落とした。

「がっかり。カーテンが揺れているだけだね。きっと隙間風が入っているんだ。この屋敷、結構オンボロだからね」
「だな」

 ナミネとの会合は夢のような出来事だったが、夢じゃない。でも友達には話せない。
 自分が存在してはいけないってどういう意味だろう。彼女の言葉はすべて遠まわしで分かりにくかったが、自分の何かをソラへ渡さなくちゃいけないってことは分かった。何かを預かっている自覚なんてないけれど……それを渡してしまったら、自分はどうなってしまうのだろう?

「じゃ、戻ろうか。いつもの場所で、ハイネたちが待ってるよ」

 ピンツは食いしん坊だけどいつも冷静で、彼の穏やかな口調が好きだ。
 頷いて、来た道を戻りトワイライトタウンへ戻った。



 いつもの場所の前にオレットが立っていた。彼女はこちらに気づくと、手を振って出迎えてくれる。

「おかえり。どうだった?」
「幽霊屋敷の少女の正体は風に揺れるカーテン」
「そんなことだと思って、適当にまとめちゃった」
「やった!」

 これからレポートをまとめなくちゃいけないと思っていたが、さすがいつもテキパキとしているオレットは仕事が早い。彼女から見せられた数枚のレポート用紙の表紙には全員の名前まで記入されていた。
 オレットがレポートをしまいながら言う。

「ねえ、ハイネのところへ行こう? たぶん駅だよ」

 ハイネ――心配してくれたのを振り払って無理やり屋敷に行ったことを怒っているかな。考えこんでいるとふたりからじっと見られていることに気がついた。オレットが言う。

「こうして会えるのもあと二日だね」
「え!?」

 唐突な言葉にとても驚いた。オレットがどうしてそんなに驚くのかといった顔で首をかしげる。

「夏休みはあと二日でしょ?」
「ああ――うん」

 学校が始まれば、この場所じゃなくて学校で会うことになる。別に変なことではない。



 時計台に登るとハイネがひとりでアイスを食べていた。七不思議探索前にも自分が一本奢ったから、自分が知る限りでも二本目のアイスだ。彼は街並みを見つめたまま言った。

「明日は街の大捜索だ」
「あさっては夏祭り」
「夏休み最後の日」

 ピンツとオレットが続けて言うと、オレットの言葉でハイネは思いっきり顔をしかめる。

「それを言うな! ほらお腹が痛くなってきた」
「僕の観察によると、アイスの食べ過ぎだね」

 ピンツの分析結果に「ここに来たらアイスだろ?」と当然のような顔して反論するハイネ。笑い声といっしょに帰宅時間の鐘の音がトワイライトタウンに響きわたってゆく。
 明日はみんなと町の大捜索――それで最近の謎のすべてが解けて、退屈だけど幸せな日常が返ってくるはずだと信じた。




原作沿い目次 / トップページ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -