THE 4th DAY
今日の夢の中の一行は不気味な城へたどり着いていた。ラスボスのダンジョンだ。
一度はキーブレードをリクに取り上げられたことでドナルドとグーフィーまで離れて行ってしまったけれど、彼らは命を懸けて守ってきた命令より友情と絆を選び戻ってきてくれた。絆の力に気づいた男はキーブレードを取り戻し、友へ言う。「つながる心が、俺の力だ」と――。
その後、ますます豹変するリクと戦いフィリアと赤髪の女の子を助け出すも、その過程で体を失うことになった。けれど彼女――カイリのおかげで再び元の姿を取り戻し、たいせつなお守りを渡されて必ず返すことを約束し決戦の地へと仲間と向かう。
「忘れないで――私がいつでもそばにいること」
ハッと起きあがる。
昨日はよく眠れなかったので、大会開催までギリギリの時間だった。本来ならやる気に満ち溢れていたはずなのに、どうにも気分が上がらない。
「約束か──」
今日はストラグル大会の決勝戦。軽く素振りをしてみる。
「参ったな──」
あたまをかいた。ハイネと合わせる顔がない。
町はストラグル大会でにぎわっていた。人の流れにのって空き地へたどり着くと、商店街のお兄さんから「おい、早く空き地に行かないと遅刻だぞ!」と急かされる。受付に行くとストラグルバトル大会の手伝い係の腕章をつけたフィリアから「おはよう」と挨拶された。朝一番に彼女に会えて嬉しいけれど、ハイネが気になってあいまいに返事をしてしまう。
いよいよ開始時刻になり、スポンサーもしているらしい主催者のおじさんがリングに上がった。歓声があがる。おじさんは咳払いをひとつしてから満面の笑みで会場を見回した。
「トワイライトタウンのバトルフリーク諸君! 今年も熱い戦いの夏がやってきた。ストラグルバトルお待ちかねの決勝トーナメント、ア〜ンド、タイトルマッチだ! トーナメントを制し、チャンピオンのセッツァーに挑戦するのは誰か」
「サイファーだもんよ!」
歓声にまぎれ、ライの大声が聞こえる。
「タイトルマッチに勝利し、今年のチャンピオンになるのは誰だ?」
「ハイネ! ロクサス!」
これはピンツとオレットだ。
突然「セッツァーさまぁ!」と媚びた女の子の声があがった。いつの間にか、おじさんの隣にストラグルバトル大会チャンピオンのセッツァーが立っている。おじさんは呼んでもいないのにリングに上がったセッツァーに驚きつつ、話を進めた。
「さあ、会場が盛り上がってきたところでいつものあれだ」
みんなが両手を下に構えて
「レッツ! ストラグル!!」
同じタイミングでいっせいに上に挙げる。意味は分からないが毎年の恒例だ。一緒に同じポーズをとって騒ぐことが一体感を生むのかもしれない。
満足した顔でおじさんが下がり、司会担当の商店街のお兄さんに代わる。
「よーし、さっそく出場選手の紹介といこう! 予選を勝ち抜いた4人の暴れん坊たちだ!」
いつもお店で聞いているハキハキとした話し方は司会にうってつけだ。
「決勝常連、自称街の風紀委員長サイファー!」
毎年この紹介時に「優勝は俺だ」と叫びポーズをとっていたサイファーは、今日はひどく不機嫌な顔で黙っていた。
「ノーマークながらここまで来たぞ! 今年は何が違うんだ、ビビ!」
えっ、決勝メンバーにビビ、いたっけ!?
彼を知る人たちからどよめきがあがる。サイファーの取り巻きで普段は存在を忘れてしまいそうになるほど寡黙でおとなしい子だ。ついでに、ストラグルバトルで彼が勝っている場面は見たことがない。
「知る人ぞ知る、街のトンガリ少年ハイネ! これまた初の決勝進出だ!」
ハイネのことが気になって姿を探す。そう遠くない場所に立っていた彼と目があったが、すぐにそらされてしまう。やっぱり怒っているよな……。
「そして4人目も新顔だ。俺の店のお得意さん、ロクサス!」
紹介の内容があっさりしていたためか、自分への拍手や歓声だけ他より小さい気がしたが、ハイネのことで頭がいっぱいでどうでもよかった。
「さあ、誰が勝つのか真夏のストラグルバトル! 勝者に贈られるのはこれ! 大会のシンボル。フォークリスタルズ・トロフィー!」
簡易テーブルの上に置かれたヘンテコな形のトロフィー。デザインはともかく付属している四色のクリスタルボールがピカピカに輝いている。確か、ポスター貼りのバイトの時にフィリアが一生懸命磨いていたっけ。
「さらに、チャンピオン・セッツァーへの挑戦権!」
セッツァーが、ストラグルバトルのマークが描かれたベルトを掲げる。
「選手たちは試合開始に先駆けて公式ルールの確認だ」
選手への説明時刻と試合開始時刻を連絡されて、短い待ち時間となる。サイファーはフウとライを引き連れ裏路地へ行ってしまったし、ハイネはまだツンケンしてる。ピンツとオレットの場所は人混みで行くのが大変そう。なんとなく居場所がない気がして立ちすくしていると、フィリアが試合用のプライズを入れたカゴを抱えてやって来た。
「ロクサス、応援してるよ。がんばってね!」
「うん」
うれしいのに、心から喜べない気分がつらい。
フィリアは何か察したのかカゴを置くとしばらく隣にいてくれた。
「チャンピオンになると、トワイライトタウンで一番のモテ男になれるんだって町長さんが言ってた」
「ふぅん……」
たくさんの女の子やチビッ子にサインをねだられて、まんざらでもない顔をしてるセッツァーを見やる。フィリアもああいうやつが好きなのかな?
フィリアがヒソヒソ声になった。
「セッツァーって、勝つためには手段を選ばないってウワサだよ。ロクサスも挑戦するときは気をつけてね」
「それには、まず優勝しなきゃだろ?」
「私はロクサスが優勝するって信じてるもの!」
フィリアが満面の笑みで言う。
“信じてる”
人から言われるとドキッとする言葉だ。応えたいと思ってしまう。
選手の集合時刻になって、ハイネをはじめサイファーやビビもやってくる。サイファーはビビをすごい顔で睨んていたが、ビビは全く気にしていないようだった。
「ハイネ」
「…………ちゃんとルール聞いとけよ」
話しかけてみたが、そっけない態度。
司会のお兄さんがやってきて、「参加者はちゃんとルールを聞くように!」と説明を始めたが、ストラグルバトルの公式ルールなんてみんなとっくに知っている。それぞれ身に着けた100個のプライズを取り合うチャンバラ。最後にプライズを多く持っていた方が勝ち。
説明を聞いたらクジを引いた。黒板に名前が書かれ対戦相手が発表される。自分の第一試合の相手はハイネだった。できれば決勝戦で当たりたかったがクジ運のため仕方がない。
「さ、準備ができたらリングにいる主催者に話しかけてくれ」
リングへ行こうとした時、気づけばセッツァーが隣にいて、頼みもしていないのに「チャンピオンにストラグルバトルの攻略法でも聞きに来たのか?」と一方的に話してきた。
「ポイントは相手より早くプライズを集めることだ。あとは自分の運だな」
あ、そう……。
リングに上がって、ストラグルソードを受け取る。普段のチャンバラと違って玉を体じゅうにくっつけているので若干動きにくい。
ハイネが無表情でストラグルバトルの棒を向けてくる。
ちゃんと謝らなくちゃ。
息を吐いて、うつむいて、意を決しハイネを見た。
「昨日は――ごめん」
ハイネは呆れた顔になった。
「おまえ、そんなに気にしてたのか? 一晩寝ればどうでもよくなんだろ、普通」
「他にもいろいろあってさ」
すると、ハイネまで申し訳なさそうな顔になる。
「悪かったな」
ハイネは何も悪くない。首を横に振ると、彼はいつものように歯を見せて笑った。
「って、なんで俺があやまんだよ!」
その笑顔にすごく気持ちが軽やかになった。共に笑い合って、今度こそ試合開始!
「ストラグルバトル決勝トーナメント第1試合は、ロクサス対ハイネの親友対決だ!」
リングから降りた司会が解説を始める。
ハイネは一番ストラグルバトルで遊んだ相手だ。クセも攻めかたもよく知っている。勢いよく突き出してきた攻撃をいなし、反撃。強い攻撃を出す時は腕を回すクセがあるから距離をとる。
プライズを奪い合うごとに会場がどよめき、フィリアやオレット、ピンツの声援が聞こえる。ハイネと笑顔で試合ができて、とても楽しい。
夢中で遊んでいるうちに、試合終了の音がなった。僅差で勝利。
「勝者ロクサスー!」
熱狂した観客がみんな自分を褒め称えてくれている。手を振ると母親に抱かれた小さい子が一生懸命手を振り返してくれた。
「友情対決を制したのはロクサス! もちろんハイネも大健闘だ!」
リングで大の字で寝転ぶハイネに駆け寄ると「負けた! あー、負けた!」とさっぱりした笑顔で笑っていた。
「やっぱ、おまえ強いわ」
「ハイネと戦えて楽しかったよ」
ハイネが満面の笑みからムッとした顔で立ち上がって「俺は全然だ!」なんて顔を逸らしたから、肩に手を置いて「じゃあ俺のいい気分、分けてやる」とふざけたら、ハイネは手を振り払って「いらねえよ、そんなの!」とじゃれてきた。
「あ。次の試合が始まるから、リングから降りようぜ」
ハイネと共に退場している最中、サイファーがずんずん歩いてきて、ぶつかりそうになったハイネへ「邪魔だ」と乱暴に吐き捨てた。ハイネからの「焦ると負けるぞ」という冷やかしにすら無反応なんて、いつになく様子がおかしい。そして、なぜかこっちを睨んでくる……と思ったら、いつの間にかビビが自分の横に立っていた。
「ロ、ロ、ロク、サス……」
ビビはこちらを見上げ、年老いた魔女のような笑い方をする。正直気持ち悪くてそうっと離れてリングを降りたが、ビビからの視線はずっと感じたまま。試合開始になってもこちらを見ているので、ついにサイファーから「俺をコケにするな」と怒鳴りつけられていた。
観客席に座るとピンツから勝利のお祝いに唐揚げを分けてもらった。ジューシーでうまい。
「何やら不穏な空気だぞ! それもそのはず。ビビはサイファーの取り巻きだ!」
司会の煽りと共に試合が開始する。
普段はすぐに物陰へ隠れてしまうビビ。いま彼はサイファーと対面し怖気づいてすらいない。
ビビがストラグルソードを構えたと思ったら、一瞬で距離をつめてサイファーへ殴りかかった。サイファーはなんとか反応し防御。それから攻撃に転じるが残像を残して逃げるビビを捕らえられない。大きな三角帽子にダボダボの服からは想像もできないほど俊敏な動きに会場の全員が唖然としていた。
「ビビってあんなに強かったか?」
ポカンとしたハイネの問いへ首を横に振る。どちらかというと、彼がドジって転んでる姿ばかりが印象にあった。
ビビの猛攻を防ぎきり、やっとサイファーが反撃の一撃をくりだした。それはペシッとビビの帽子のつばに当たり、彼の持ち玉が一個転がる。サイファーは喜んで「もらったぜ!」とそれを拾おうとした。その隙を見逃さず、ビビは玉を回収しつつ、サイファーに強打をくらわせる。まともに攻撃が入った音。玉が散らしながらサイファーがリングに倒れ、場も水を打ったように静まり返った。サイファーは気絶してしまったのかピクリともしない。
一番早く正気を取り戻したのは司会だった。
「な、なにが起こったんだ!? と、とにかく勝者はビビ! 電光石火の早業炸裂か!?」
みんな戸惑った表情で、それでもビビに拍手を送る。ビビは勝利の余韻にひたるそぶりもなく、さっさとリングから出て行った。
フィリアがサイファーに駆け寄って、彼の顎にばんそうこうを貼っている。気を取り戻したサイファーはぶっきらぼうにリングから降りてまっすぐにこちらへ来た。
「あれはビビじゃない」
「ん?」
観客たちからの慰めやねぎらいをうっとおしそうに睨みながら、フウとライと引き連れて真顔で通り過ぎてゆく。
「ぶっ倒せ」
その姿が人ごみに紛れた時、小走りで大きな腹を揺らしながら主催のおじさんがやってきた。サイファーが去った方向を見て「行ってしまったか……」と汗をぬぐう。
「3位決定戦なんだが、サイファーは棄権のようだな」
「ってことは俺が3位! やりー!」
ハイネの喜ぶ声を聞きつつ、リングを挟んで向こう側に立つビビを見た。確かに普段のビビらしくないけど……彼も深くかぶった三角帽子の隙間から金色の目でじーっとこちらを見つめている。
「ロクサス。そろそろ決勝戦の時間だよ」
「いま行く!」
リングの上からフィリアに呼ばれ手を振り返す。ハイネがバシッと背を叩いてきた。
「おまえは俺に勝ったんだからな。その意味わかってるよな?……負けんなよ、ロクサス!」
「フェアプレイ精神でな」
主催のおじさんからストラグルソードを手渡される。以前なら礼儀正しいビビはそっけなく取っていった。ストラグルソードが滑ってから手に汗をかいていることに気づいた。初めての決勝戦だ。心臓がばくばくしてる。
「ついにお待ちかねの決勝戦だ! ロクサス対ビビ!」
司会が開始の合図を送り、フィリアがタイマーを起動する。
試合が始まるや否や、ビビはすぐにとびかかってきた。どんなカラクリかストラグルソードを巨大化させて。獣のようにシャーッ! と声をあげ襲いかかってくる様は、確かに自分たちの知るビビじゃない。
振り回す時は離れ、攻撃直後の隙を突く。大胆に見えて単純な動きはすぐに見切ることができて、順調にビビのプライズを回収していった。
フィリアの前に置かれたタイマーが残り10秒をきる。この差なら勝てると確信した時だった。またあの世界の時が止まる感覚がする。
「また!?」
ビビが白く光ってあのウネウネの姿になった。仲間を呼んだのか背後にも数匹現れる。あの武器がないと倒せない――と思ったらストラグルソードがキーブレードになる。
「また――?」
なんで。どうして。考える暇もなくウネウネが襲いかかってくる。
こいつらの動きはもう知っている。さっさとウネウネを倒しきって世界を元に戻そうと思ったが、今回はウネウネがいなくなっても時間は止まったままだった。ハイネ、ピンツ、オレットが自分を応援するポーズのまま微動だにしない姿を見て動揺する。
パチ、パチ、パチ……一人分の拍手が背後から響いてきた。またウネウネの仲間か? 振り向くと、住宅街の方角から黒コートを着た男が立っていた。バイト代泥棒と同じデザインの黒コートのようだが、あの男よりも細身に見える。
「ロクサス。相変わらずやるやるやる〜!」
男は気安く話しかけながら観客たちの間をすりぬけリングへあがってきた。あのバイト代泥棒の仲間なのか? 警戒していると、男はつまらなそうにため息を吐く。
「やっぱり忘れてるのか――俺は? そう、アクセル」
言いながら男がフードを脱いだ。ツンツンした長く派手な赤髪に明るい緑色の目が印象的で、目の下に紫のペイントをした若い男――こんなあやしいヤツ知らない。
「アクセル?」
聞いたこともない名前だ。
問い返しに、男の目がすっと冷めていくのがわかった。
「なーんにも覚えていない、か。なるほど。ダスクどもの手には余るな」
アクセルの手の内側に高速で渦巻く炎が現れ、鋭い銀の刃をもったチャクラムになる。凶器を出した相手に怖くなった。
「待てよ。どういうことか説明してくれ」
「ここは奴が作った町なんだろ? 説明してる時間はないってハナシだ。とりあえず、気ぃ失わせてでも連れて帰る。説明はそれから」
アクセルが構えて、チャクラムをゆらゆらさせた。気を失わせるって? こいつに誘拐されるのか?
空気が震える気配がする。アクセルが「やば」と呟くのが聞こえたが、どうでもいい。いい加減にうんざりしていた。なぜこんな訳の分からないことが起きる。なぜこんな目に合わなければならない。自分はただ、友達と楽しく夏休みを過ごしたいだけなのに。
「何が起こってるんだよ!」
八つ当たりで持っていたキーブレードを地面にたたきつけた。キーブレードは回転しながら床を転がって――傷ひとつなく、光となって手に戻ってくる。
「ナンバー13。ロクサス。キーブレードに選ばれし男」
アクセルが言う。
キーブレードに選ばれた――?
まるで戦えと語りかけてきているかのようにキーブレードが淡く光った。
ぎりと奥歯をかみしめ、キーブレードを構える。
「わかったよ! 戦えばいいんだろ!」
「そうこなくっちゃなぁ!」
アクセルは好戦的に笑い、襲いかかってきた。
アクセルがチャクラムを振り回す姿は一切の無駄がなく、まるで踊っているみたいだ。
回転して飛んでくるチャクラムを躱し、炎を纏った攻撃を弾く。ことあるごとに「思い出したか!」と言われるが、この町で生まれ育ってきた自分にこの男と戦って思い出すことなどない。
燃え盛る炎の影をぬって、暗殺者さながら背後をとってこようとする。その行動を逆手にとって、背後からの攻撃を防御してよろめいた姿を叩くと「やるな、ロクサス!」と褒められた。
「おいおい。こんなもんじゃないだろ?」
いったん距離を置いて向かい合ったら煽られる。かすり傷だらけで息をきらす自分に対し、男はまだまだ余裕がある様子だ。気絶させると言っていただけあり手加減されていることは分かる。勝てなければ誘拐されてしまう――この男を追い払えるか不安になった時だった。
光が落ちてきて、顔のほとんどを赤い包帯で巻いた不気味な男が現れた。誰だ? 一方、アクセルの方はこの赤包帯の男を知っているようだった。
「やっぱりあんたか」
アクセルが飛び、自分との闘いでは見せなかった灼熱の炎をチャクラムへまとわせた渾身の一撃を男へ投げる。目にもとまらぬ速さの攻撃は男に当たる寸前に何かが割り込み、澄んだ音に弾かれた。
「えっ……」
目を疑う。赤包帯の男の前に立っていたのは先ほどまで観客たちと共に動かなかったフィリアだった。フィリアが赤包帯の男を守ったなら、こいつはフィリアの知り合いなのか?
アクセルが「おまえは――」と言いかけたのを無視して、フィリアはくるっとこちらを向いた。
「ロクサス、大丈夫?」
「フィリア?」
平然といつものように微笑んでいたので更に混乱する。最近自分の身に起こっている不思議な出来事のことを彼女は知っていたのだろうか。
フィリアはこちらへ歩いてきて、チャクラムでケガした頬を心配そうに撫でてくる。
「かわいそうに、ケガしちゃってる。治してあげるね」
言葉と共に彼女の手が緑色に輝いて、光が消えた時には頬の痛みはなくなっていた。
「あ……ありがとう……」
完治している頬をさすりながらフィリアに礼を言う。こんな状況でも、好きな子に触れられたらどうしても照れてしまう。
「フィリア、どうして動けるんだ? それに、あれはだれ? どうして守ったんだ?」
「ごめんねロクサス。いまは説明してる時間がないみたい」
フィリアがアクセルに向き直ると、アクセルがこちらを凝視していた。
「ロクサスは、私が守るよ」
最近の初対面の奴らと同じく説明をしてくれないことはもどかしかったが、それでもやっと自分の不思議な事態を知り合いに知ってもらえたこと、味方してもらえることに安心した。
「……おまえは、誰だ」
アクセルが激怒のまなざしでフィリアを睨む。普通の女の子なら怯えるところなのに、フィリアは平然と男を見つめ返している。
赤包帯の男がこちらを向いた。
「ロクサス。この男の言葉に意味などない!」
言葉の意味とかそんなことより、あんたは誰だよ。困惑すれば、横からアクセルまで「ロクサス。惑わされるな!」と叫んでくる。ロクサス、ロクサスと知らないやつらが気安く何度も名を呼んできて、怖くなって耳をふさいだ。
「ロクサス」
ふとフィリアの顔が近くに寄ってきたので、男たちのロクサス合唱よりも優しい囁きに意識が向く。
「きみにとって、いちばん大切な人たちのことを思い出して」
「ハイネ――ピンツ――オレット――」
三人の名前をつぶやいた時、現実を思い出す。ストラグル大会の決勝戦をしていたのに、なんでこんなわけのわからないことになっているのか――観客席で固まっている友だちに助けてほしくて叫んだ。
「ハイネ! ピンツ! オレット!」
腹から声を出した時、わっと歓声が聞こえた。目の前ではリングの床でばたんきゅーしているビビ。あのアクセルも、赤包帯の男もいなくなっている。
「なんだ!? 何が起こったんだ!?」
司会がマイクを通して叫ぶ。フィリアの姿を探すと元どおりタイマーの側に座っていた。微笑みと視線が合う。
ビビが起きあがり、いつもの声で「僕は何をしてるの?」とポテポテ歩いて去って行く。入れ替わるようにハイネピンツオレットがリングに登ってかけつけてきた。
「勝者ロクサス! 優勝はロクサスだ!!」
ハイネたちにもみくちゃにされて、曖昧に笑う。
狐につままれたような気分だ。先ほどアクセルと戦った時のコゲ跡のひとつすら、リングには残っていなかった。
リングから降りて早々にフィリアの元へ向かったが、彼女は大会の雑務で忙しそうにしていた。大会の優勝者の名前欄に真剣な表情でRoxasと油性ペンで書き込んでいる。
「フィリア」
「あっロクサス。優勝おめでとう!」
まるで何もなかったかのように祝われるも、先ほどのことが気になって仕方なかった。
「うん――あのさ、さっきのことは」
フィリアがシーッとジェスチャーしたので反射的に黙る。
「詳しいことは、また明日。まだチャンピオン戦が残っているでしょ? 絶対、勝ってね!」
「お、おう――」
なんだか追い払われたような気がするが、約束を取り付けられたので素直に引き下がった。詳しいこと――納得のいく説明をしてもらえるのだろうか?
チャンピオンに勝てばベルトを、負ければ記念メダルを授与される。景品を机に並べるフィリアを見ながら、どんなことを教えてもらえるのか想像をひろげていた。
「ロクサス? もうすぐチャンピオン戦だってのに、またフィリアを見てるのかよ」
ハイネがタコ焼きを一個くれたとき、会場が黄色い声の「セッツァーさま〜!」で満たされた。盛り上がるセッツァーコール。イカ焼きを食べるピンツの横で、お好み焼きを食べていたオレットが慌てた。
「ロクサス、始まるよ!」
チャンピオン戦。選手集合のかけ声で受付に行くと、セッツァーが肩にかけていたチャンピオンベルトをフィリアへ預けているところだった。
「こいつは俺の魂だ。扱いには気をつけてくれよ」
「はあ……」
苦笑するフィリアに念押しした後、セッツァーがチラリとこちらを見てくる。
先ほどの小休止時ピンツ情報で、この人は何駅も先の町に住んでいるのに、毎年この大会には朝から電車を乗り継いで参加してきていることを聞いた。確か親戚がこの町に住んでいるから、そのツテで町内会の大会に参加し続けているって言ってたっけ?
「俺のアドバイスが役にたったようだな」
女の子の視線を意識して笑う男。背後の女の子がキャーッと叫んで耳が痛んだ。
「勝負なんてコインの表と裏みたいなもんだ。いい試合をしようじゃないか。正々堂々と、な……」
何やら含みのある言葉だ。ちょうど主催のおじさんがストラグルソードを持ってきたので、これ以上セッツァーと会話せずに済んだ。
「いよいよタイトルマッチ! やり残したことはないかい?」
「俺は準備OK! 始めよう!」
リングに登り向かい合う。トワイライトタウンじゅうの人間が集まってきていて、リングの外は大渋滞だ。友達三人の姿を探したらデザートを食べながらこちらへ手を振ってる姿を見つけた。よく食べるなぁ……。
主催のおじさんが咳払いをする。
「フェアな戦いをな。君たちが頂点なんだから」
「頂点は俺だけの場所だ」
「健闘を祈るよ」
セッツァーに苦笑を返しおじさんはリングを出て行った。向かい合うと、彼はこちらにだけ聞こえる声で言う。
「なあ、ロクサスとやら。この勝負、負けてくれないか?」
――いまなんて?
自信満々のそぶりから全く予想外の言葉を受けて、ぽかんとしてしまう。
「痛い目にあいたくないだろう?」
「ロクサス! 集中!」
ざわめきの中からハイネの声が聞こえた。ハッとして男を睨む。誰がそんな脅しに屈するか。
「負けてくれるなら、礼ははずむぞ。毎月のこづかいはいくらもらっているんだ?」
「バカにするな」
ストラグルソードを構えると、司会のお兄さんが解説を始めた。
「一躍街のヒーローになったロクサスが、チャンピオン・セッツァーに挑戦だ! この試合の勝者が新チャンピオン! 次の大会まで大えばりできるぞ!」
盛り上がる会場のなか、セッツァーはカッコつけたポーズをとる。
「今考えていることの逆が正解だ。でもそれは大きなミステイク」
会場の女の子たちに流し目を送りながら、騎士のように立つセッツァー。優勝できればチャンピオンの座なんてどうでもよかったが、絶対に負けたくないと思った。
セッツァーの戦い方はちょっと変わっていたけれど、アクセルほど俊敏じゃないし、気がついたら勝っていた。ストラグルトロフィーとチャンピオンベルトをもらって、みんなとたくさん記念撮影をして、セッツァーに熱を上げていた女の子たちからキャアキャア叫ばれ耳鳴りに苦しみながら、ストラグル大会は大盛り上がりで終了した。
帰りに、みんなでいつもの時計台に寄り道する。今日も変なことがたくさんあったけれど、友達とかけがえのない思い出が作れたのでいまの気持ちはさわやかだ。
トロフィーのクリスタルボールは、ちょっと強くねじるだけでスポッと取れた。橙、黄色、緑をハイネ、オレット、ピンツへ配り、最後の青色は自分のもの。夕日にかざすと、とても綺麗に輝いた。
「約束だろ」
「ありがとう、ロクサス」
ピンツが自分と同じようにクリスタルボールを夕日にかざす。オレット、ハイネもそれに続いた。
「へへ、また俺たちの宝物が増えたな」
四人で見つめるクリスタルボールとトワイライトタウンの夕日。この時がずっと続けばいいのにと願うほどに幸せだった。
オレットが、小さなクーラーボックスからアイスを取り出す。
「私からもみんなにプレゼント!」
いまアイスが食べられるなんて最高だ。嬉しくてつい立ち上がったら、足元が滑った。バランスを崩し時計台の外側へ体が落ちてゆく。
時計台から落ちていく最中、何かが見えた。赤い夕陽、夕日に染まった赤い海、夕日色の海よりも赤い髪の女の子――髪型こそ違うが、顔はナミネにとてもよく似ている。
「ナミネ? 俺、どうなってるんだ?」
「あなたは誰? それに違うよ。私はカイリ」
女の子が答えてくれたので少し安心する。
「カイリ――知ってる、あいつが好きな子だ」
「あいつ?」
女の子は怪訝そうな声を出し、直後ハッとしたように大声になる。
「お願い、名前を教えて!」
「俺はロクサス」
「うん、ロクサス。彼の名前を教えて」
あいつの名前――?
そこから、まるで自分の使っていた電話の回線が切れてしまったかのようだった。
「俺のこと忘れたの? ひどいよ、カイリ!」
「あっ!」
写真泥棒を退治した日に聞こえた誰かの声が、自分の代わりに彼女と話す。
「しょーがないなぁ。じゃあヒント。最初はソ!」
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