THE 3rd DAY



 もう驚かない。今日もやっぱりあいつとフィリアたちの冒険の夢だ。
 人魚が住む海の世界に、神話のコロシアムの世界。魔法あふれる砂漠の世界に、骸骨と化け物がうごめく恐怖の世界。海賊船と巨大な時計塔の世界に、はちみつを食べるぬいぐるみたちの世界――数えきれないほどの出会いと別れを繰り返す。
 人魚姿とハロウィンの衣装を着たフィリアが可愛くて眼福だと思ったら、海賊船の世界でひどく傷ついた顔で泣いていたことにショックを受ける。それに旅の途中では故郷ではぐれたリクと再会していた。こいつの視点ではリクが一方的に怒っているように見えていたけど、第三者の目線からは何かあったんだろうなと思う。
 キーブレードで時計台の鍵穴を閉じた後、夢の雰囲気が変わる。真っ白な部屋のなか、大きな装置と少女が見えたと思ったら場が暗転し、暗闇のなか亡霊のように白く光る少女がこちらを見ていた。男の夢の中には出てこなかった知らない子。

「きみは誰?」

 こちらの声が聞こえたのか、彼女の微笑む口元が見えた。





 いつもの場所につくと誰もいなかった。代わりにハイネの特等席に見慣れぬ紙切れが置かれている。

「駅に全員集合。我々は今日こそ海へ行くのだ! マニーのことはノー・プロブレム! ロクサスはフィリアを誘って来いよ! ハイネ」

 嬉しくてクスッと笑った。気遣いをありがたく思いながら外へ出ると、駅に続く道でさっそく荷物を抱えたピンツと手ぶらのオレットに会う。「よっ」と挨拶。オレットが「おはよ」と返してくれた瞬間、ふたりの動きがピタリと止まった。

「え?」

 比喩でなく、本当に映像の停止ボタンを押したかのように動かない。着地寸前の片足が微動だにせず宙に浮いている。空を見上げれば小鳥も同じ場所で羽ばたきもせずに浮かんでいた――なんだこれ?

「わっ!?」

 もっとふたりの近くへ行こうとしたら、突然目の前に白い女の子が現れて急停止。夢で見た子だ!

「こんにちは。ロクサス」
「うん」

 彼女はとてもかわいい女の子だったが、違和感しかない。全身を白色でコーディネートしている、こんな印象的な見た目の子、町や学校で一度でも見たら覚えているはずだ。しかも、物音ひとつさせずに一瞬でオレットたちとの間に現れたし、今朝の夢にも現れた――。

「きみは――」

 夢と同じ問いをなげかけようとしたが、彼女に掌を目の前に出されて言葉を止める。要望どおり口をつぐむと、彼女は少し緊張しているのか両手の指をくっつけ合わせてひらひらさせた。

「どうしても会っておきたかったの」
「俺に?」
「そう、君に」

 ストラグルバトル決勝戦告知ポスターに出場選手として名前が載った影響かな? 自分のファンだったりして。照れていると、ふいに彼女は住宅街の方へ歩いて行った。会いたいといった割にそっけない……。
 彼女がオレットとピンツの側を通り抜けた時、止まっていた彼らの時間が動き出したようだ。荷物をたくさん持たされたピンツが何もなかったようにしぶい顔のまま言った。

「オレットの買い物につき合わされてるんだ」
「ロクサスも一緒に、どう?」
「え? ええと」

 ふたりは時間が止まっていたことに気づいていないらしい。小鳥は羽ばたいてどこかへ飛んで行ってしまった。

「それより、いまのは――」

 しどろもどろになってしまったこちらを見て、ピンツが「もう〜」とため息を吐く。

「ごまかしてるし──」
「まあいいでしょう。ロクサスはフィリアを呼んでこなくちゃいけないし。それじゃあロクサス。あとでね」
「お、おう」

 ピンツがドナドナ売られる子牛のように哀れな瞳でこちらを見ていたが、今は構っている場合じゃない。あの女の子が去った方向を見た。あの先にあるのは商店街や住宅街だが、住んでいるならとっくに知っているはずだから……。

「幽霊屋敷へ行ったのかな?」

 あの子とまだ話したいことがある。追いかけると商店街を通りぬける後ろ姿を見つけた。やはりこっちにいた――と思ったら、住宅街の先にある森に入った途端に見失う。

「あれ?」

 きょろきょろ探していると周囲に闇色のもやが現れた。それはあっという間に集まって、固まり、ゲートとなり、カメラ泥棒と同じウネウネがうじゃうじゃ出てくる。
 一匹じゃなかったのか! こいつらはこうやって発生しているのか? 学校でこんなやつの存在なんて習っていないぞ。
 そうこうしているうちに一匹から手をつかまれた。ぐいぐいゲートの方へ引っ張られる。

「放せ!」

 振り払って逃げたが、追いかけてきた。





 住宅街をぬけて空き地へ逃げこむとサイファーたちがいて、こちらに気づき、いじわるく笑った。

「よう、チキン野郎」

 いつも一方的にバカにしてくるので腹がたつ。だが、彼らも自分を追ってきたウネウネに気づいてぎょっと表情を変えた。

「何奴!」
「なんだかわからねえが、激しく気に入らないぜ! 適当なの使え!」

 サイファーに言われ、空き地に常備してあるストラグルソードを取る。あの時はダメだったけど、今回はひとりじゃないし、もしかして――淡い期待は、やはりスカッとした手ごたえに消える。
 横目でサイファーたちを見ると、あちらもなす術がないらしい。ウネウネに囲まれていた。万事休す。

「どうすれば……」

 つぶやいたとき、またあの時が止まる気配がした。案の定、サイファーたちの動きがピタッと止まっていたが――ウネウネたちは止まっていない! やつらはこちらを見ていっせいに襲いかかってきた。もっとピンチだ。

「ロクサス、キーブレードを使って!」
「えっ?」

 あの女の子の声がして周囲を見回す。あちこち探して、ついに背の高い建物の屋上からこちらを見下ろしている姿を見つけた。
 キーブレードを使えって、出せないのにどうやって――? ウネウネが突撃してきたので反射的に目を閉じると、一瞬チカッと白い光を感じ、次の瞬間には真っ暗のなか、床のステンドグラスだけが輝いている場所へ移動していた。



 これは夢か、現実か――。
 真っ暗な空間には果てが見えない。足元で仄かに輝く円形のステンドグラスには、あの夢に出てくる茶髪の男が大きく描かれている。他にもドナルドやグーフィー、リクにフィリア、あの赤髪の女の子の顔も描かれていた。
 ステンドグラスの外の闇の中からウネウネたちがこちらを見ている。また戦うことになる――そう思った時、目の前に剣、盾、杖が現れたので、とりあえず剣を手に取った。それは触れると光になって──あの鍵――キーブレードになる。

「キーブレード……」

 キーブレードを手に取ったのを見るや、ウネウネたちがステンドグラスの中に入り込んできた。あいつらに有効な武器さえあればなんとかなる。スライドターンを使い素早く背後に回ると見失ってしまうらしい。キョロキョロ周囲を見回して隙だらけになった姿をキーブレードで叩けば泡のように消える。
 ウネウネたちをすべてを倒しきった時を見計らったように、何やら豪華な扉が出現した。

 気をつけて。扉の先は今までの世界とは違う。けれど恐れないで、その歩みを止めないで──。

 暗闇の奥、頭上から優しそうな声が囁いてくる。
 警告されたが、どうせこの扉の先以外に道はない。姿の見えない何かに支配されているような不快感を我慢して扉を開くと、闇に輝くステンドグラスの世界が広がっていった。大きな柱のような足場がいくつかあって、それらを色とりどりの小さなガラスでできた道が繋いでいる。乗ったら割れるかと心配になったが、道中にわいてきたウネウネと戦ってもヒビひとつ入らなかった。

「なんだよ、これ……」

 最後の柱の上につくと、ウネウネの仲間のような見た目をしているが、比にならないほど大きなバケモノが現れた。人間のように二本足で立っていたが顔の部分には目も口もなく、十字架と逆さにしたハートを組み合わせたようなマークが描かれている。
 長い青いマフラーをまいた銀色のそいつは、こちらを不思議な力で捕まえて殴りかかってこようとしたり、上空に放り投げてエネルギーの塊をぶん投げてきたりして暴れまくった。一瞬だけ力を籠めて拘束されたままカウンターをしたり、エネルギーの塊にキーブレードを投げ入れて爆発を誘導したり――普段の自分には想像もつかない対処法だったが、無我夢中で体は動いた。
 大量にばらまかれたモノクロの茨を避けて渾身の一撃を放つ。するとついに大きなウネウネは断末魔をあげるようにブルブル震えた。
 やっつけたか? 警戒しつつ着地したらキーブレードが消えてしまう。

「う、うわっ!」

 普通のウネウネはポシュンと消えるのに、大きなウネウネは地面に倒れてきて、消滅しながら闇をぶちまけた。泥のようにつきまとってくるそれに飲みこまれそうになり、もがきながらも助けを求めて手を伸ばす。誰かに掴まれた気がして目を開くと、先ほどの真っ暗な空間と一転して真っ白な部屋の中に立っていた……。



 目が痛くなるほど真っ白な空間。生活感が全くないし、家具すらひとつもないただの部屋。だが段差はあるようで、自分の見上げる高さに腰掛けるあの白い少女がいた。話しかけようとしたら、彼女がシーッとポーズをとるのでまた黙る。彼女はとてもかわいらしく微笑んだ。

「私の名前はナミネ。ロクサス――本当の名前は覚えている?」

 唐突に、何を言ってくるんだこの子は? 自分にロクサス以外の名前などない。
 言葉を返す前に、突然現れた真っ黒コートの男がナミネの腕をひっつかんだ。乱暴に立たせ、𠮟りつける。

「何をする気だナミネ」
「でも、このままだとロクサスは――」
「……本当のことなど、知らない方がいい」

 自分の話をしている? 誰だこいつ。人のことを知った風に。本当のことってなんだ――?
 理解できない会話や展開に疑問や苛立ちが募ったが、今はそれより、この男はバイト代泥棒だったことを思い出した。

「あっ! お金返せよ!」

 男がやっとこちらを見て、何やら手をかざす。すると自分の背後に闇色のもやもやが現れた。森でウネウネたちが出てきたものに似ている。
 なんだろう、これ。もやもやを警戒していると男が背後から突き飛ばしてきて、その中に落ちる。






 顔に柔らかい感触と、ライがはしゃぐ声がする。

「サイファー。ポーズだもんよ!」
「こうか?」
「最高だもんよ!」

 ヘラヘラ笑うサイファーの声と、ピカッと一瞬強い光を感じる。

「もう1枚だもんよ!」
「悪趣味だよ。もうやめて」
「こんなところで寝っ転がってるやつが悪いんだよ」

 フィリアの声がしたのでパチッと目が覚めると、空き地で眠っていたらしい。フィリアに膝枕をしてもらっていたことと、倒れている姿をサイファーたちに悪用されたことに驚いて、真っ赤な顔で飛び起きた。
 とりあえずこちらを小ばかにしたように笑うサイファーたちを睨む。

「何してるんだよ!」
「記念」

 カメラを構えていたフウが無表情ながらもテンション高く答える。その隣でビビ相変わらず黙っているし、ライは腰に手を当てガハガハ笑う。

「あの白い奴らは消えちまったもんよ!」
「楽勝!」

 消えた? ストラグルバトルのストラグルソードでは敵わなかったはずだが。思わずサイファーを見る。

「あいつら、何だったんだ?」
「こっちが聞きたいぜ」

 「おまえが連れてきたんだろうが」と目で言われるも、自分にだって分からない。首を横にふると、サイファーはハッといつもの笑い方をした。

「まあ、誰だっていいけどな。礼儀を知らないよそ者は俺が制裁してやる。フィリア。そこで寝ていただけのヤツと違って俺はちゃんと守ってやるぞ。早く俺の配下になれ」
「町の安全はサイファーにまかせろだもんよ!」

 ふと、ずっと黙ったままのフィリアを見ると、彼女はこちらの視線に気づいてから笑顔をつくった。

「サイファーから聞いたよ。変なウネウネと戦ったって。ロクサス、ケガは大丈夫?」
「うん。俺は平気だけど――あ」

 複数人の足音が聞こえる。空き地の入り口でハイネとピンツとオレットが立っていた。駅で集合だったはずなのに――そこでハッとして時刻を確認する。もう海へ行くには遅い時間だった。

「フン」

 ハイネがつまらなそうに鼻を鳴らし、背を向けて行ってしまう。ピンツとオレットもそれに続く。

「待てよ!」

 焦ってみんなを追いかけた。

「おい! 明日の大会、逃げるなよ!」
「約束だもんよ!」

 サイファーとライの言葉に返事なんかできなかった。
 いつもの場所に入ると、ハイネがアイスをやけ食いしていた。毎回食べ終わるのが早いピンツも遠慮がちに食べているし、オレットはただアイスを持っているだけ。
 自分がやってきたことに気づいたピンツがアイスから口を離し、気まずそうに訊いてきた。

「サイファーたちと遊んでたの? 『フィリアを連れていきたければ俺を倒してからだ』ってやつ」
「いや、そういうわけじゃなくて――。」

 いろいろ不満はあるものの、今回サイファーは協力してくれた。それに、一度ごまかしてしまったので、みんなにウネウネのことを説明することは難しい。

「そうそう、海どうだった? 行ったんだよな?」

 話題を変えたつもりだったが逆効果だったようだ。みんなの表情がもっと暗くなる。オレットが苦笑した。

「行かなかった。4人じゃないと――ね?」
「――ごめん」

 考えが至らなかった。自分だってこの中の誰かひとりでも来なかったら、置いていこうだなんて思わない。
 昨日も今日も、自分のせいで――申し訳なくて、埋め合わせがしたかった。

「な、明日こそ海へ行かないか? 焼きそば食べたいだろ?」

 のってくると思ったハイネが下を向いた。

「明日は約束がある」
「そうか――――あ!」

 明日はストラグルバトルの決勝戦だ。優勝して、賞品を山分けする約束をした。
 せっかくハイネがしてくれたお膳立てを台無しにしてしまったうえに、すぐ思い出したとはいえ約束も忘れていた――。
 ハイネになんて謝ればいいか分からず彼の前で立ちすくしていると、ハイネは残っていたアイスをガリゴリ食べきり立ち上がった。

「俺、帰るわ」

 ピンツとオレットも何か言いたげな視線をよこしたが、やがてハイネと同じように帰っていった。





★ ★ ★





「明日はおまえを送りこむ」

 サイクスから巨大なモニターだらけの部屋に呼ばれるなり、挨拶もなしに告げられた。

「本当か」

 待ちわびた言葉だ。思わずサイクスの席に近寄ると、傍のモニターには複雑な計算式の羅列が並んでいた。

「この程度のセキュリティなら問題ないだろう」

 こちらを見もせず、キーボードを叩きながらサイクスは続ける。

「先ほど大型のノーバディを送り込むことに成功した。ならば、我々にも入りこめる」
「ロクサスは無事なのか?」
「それを確かめるのも、おまえの任務のうちだ」
「そうか――そうだよな」

 送りこんだものたちからの報告では、明確なロクサスの安否は不明だった。それでもまた友に会えることがうれしい。
 浮ついた様子が気に入らなかったのか、カチッとエンターを押すタイミングでサイクスの指が止まり、足を組んで椅子ごとこちらへ振り向いた。

「久しぶりの再会だからと、楽観的になるなよ。最悪の事態を想定しておけ」
「最悪の事態って、なんだよ……」

 サイクスは表情をちっとも動かさずにつらつら言う。

「奴らの目的がソラの復活で、ロクサスがデータの世界に閉じ込められているということは、すでにロクサスをソラへ戻す最終段階に入っているということだ」

 ここまで言えばわかるかと言わんばかりの視線をよこしてくるが、最後まで言えと睨み返した。サイクスがため息を吐く。

「おそらく、ロクサスは記憶を消されている可能性が高い」
「何にも覚えていないってことか!?」
「ロクサスの自我が強ければ強いほど、ソラへ戻しても順応しない可能性があるからな」

 他にも注意すべき点がある、とサイクスは続ける。

「ロクサスが洗脳されていたり、我々に牙をむく可能性だって十分にある」
「そんなバカな」
「そうでなくても、ロクサスは裏切り者だ――忘れたわけではあるまい?」
「……あいつはただ、答えを探しにいっただけだ」
「静止を振りきり、許可なく飛び出して行ったことは反逆行為と見なされる。おまえも知っていることだろう」

 思わず目をそらす。これまで始末してきた他の機関員と同じように対応できるのか問われていた。

「おまえならロクサスを説得できるかもしれない。だからゼムナスはおまえを選んだ」
「あー、もう。とにかく連れて帰ってくればいいんだろ」

 ぶっきらぼうに答えると、サイクスはもう一度ため息を吐いてモニターへ向き直った。

「わかっていると思うが、ロクサスの他にフィリアを見つけた場合は、そちらを最優先に回収しろ」

 それきりサイクスは黙ってしまい、タイピングの音だけが部屋に響く。

「必ず連れて帰ってやる」

 胸中で誓い、部屋を出た。




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