THE 2nd DAY
夏の蒸すような暑さの中の、けだるい目覚め。部屋の天井を見上げてため息をひとつ。
今日もまた同じ男とフィリアの夢を見た。
ふたりがドナルドとグーフィーという王の配下に出会い、共に世界を巡る大冒険序盤のダイジェスト版。フィリアが出てくることは嬉しいが、どうやら夢の中のフィリアはあの男が好きな様子で面白くない。
同じ人間の夢を何度も見るなんてあの男は自分と深い関わりがあるのだろうか。遠いご先祖様とか、前世とか?
前にオレットがハマっていた退屈な少女漫画を思い出す。過去に結ばれぬ間柄だった二人が夢で当時の未練を知り、今世では紆余曲折を経て結ばれる恋愛物語ーーありきたりな内容だったそれが自分にも当てはまるなんて――「まさか」と笑いとばす。あの男はフィリアに好かれている自覚がなく、赤い髪の女の子の方に好意を持っていた。自分とは違う。
それにもっと無視できない、とても重要なことがもうひとつ。夢の中で、男は写真泥棒を退治した時に使ったものと同じ武器で戦っていた。
「キーブレード?」
掌を見る。あの武器を持った瞬間、とてもしっくりきたのは覚えているーー。
泥棒事件が解決し誤解が解けたので、今日は町の人たちがやけに優しい。
「ハイネたちから聞いたよ。昨日は疑って悪かったね。寄っていくならサービスするよ」
「別にいいよ」
苦笑しながら、いつもの場所へ向かう。
途中、あの鍵のような剣のことを思い出し、また出せないか気になったのでストラグルソードの代わりに道端に落ちていた棒きれを拾い振ってみた。やはり何も起きない。
「なんだったんだ」
あきらめてポイッと棒きれを放り投げると、誰もいないと思っていた先に誰かいた。不審者だった。全身を覆う黒コートに、黒いズボン、黒い手袋。付属のフードを目深くかぶっているため顔はよく見えないが、筋骨隆々とした体つきには威圧感がある。
アッと思ったときには棒は男の分厚い胸板にぺちっと当たっていた。男は黙ってこちらを見ている。めちゃくちゃ怖い。
「すいませんでした――」
謝罪したが、男は何も言わず。プイと背を向けて行ってしまった。絡まれなくてよかった……冷や汗をぬぐう。しかし、この町にあんな人いただろうか? 町の風紀委員を自称しているサイファーが絶対に見逃さないと思うのだけど。
いつもの場所。今日はハイネのおごりでアイスを食べていると、いつまでも一緒に居られたらいいねとか、昨日の写真泥棒の話になった。どちらも不明確な話で、つい暗い雰囲気になったときハイネがみんなでパーッと海へ行こうと言い出した。
海へ行くには金がかかる。所持金の話をすると、ハイネはなんとかなる! と言って町のほうへ駆け出した。
追いかけると、ハイネがストラグル大会のポスターを見つけて手招きしてきた。すでに予選は終わっていて、ハイネと自分は決勝戦出場が決まっている。
「いよいよあさってだな。決勝は俺たちで戦おうぜ! で、どっちが勝っても賞品は4人で分けるってのはどうだ?」
「うん、いいな」
「約束だぞ!」
ハイネと腕を付けて誓い合った。
「さて、今日の話」
ハイネがきりだす。海への予算確認だ。全員の所持金を報告し、暗算が得意なオレットが計算する。
電車賃一人900マニー。海でのお楽しみ用一人300マニー。必要最低金額合計4800マニー。
現在の所持金合計1600マニー。不足3200マニー。獲得目標金額ひとり800マニー以上。
ハイネに訊ねる。
「お楽しみって何?」
「海といえば焼きそば。何よりも大事なことだ」
「海と言えばスイカだろ?」
「高すぎる。一個2000マニーだぞ?」
「……うん、焼きそばだ」
海で売っている焼きそばって、家で母さんが作ってくれるものより油でギトギト、具もろくに入っていないのにおいしいんだよな。
それから、数時間はバイトで荒稼ぎし、午後には電車に乗って海に行く算段をつけた。
自分の得意なバイトは郵便配達、ハチ退治、パフォーマンスだ。オレットは接客業やレジ打ち。ピンツはコンピューターやシステム関係のバイトを得意にしている。ハイネはだいたい自分と同じだ。高額バイトの募集が出ているといいな。
町の掲示板を見ると、でかでかと貼られた新募集がイヤでも目に飛び込んでくる。
「見ろよ、ロクサス。今ならストラグル大会決勝戦のポスター貼りのバイトがあるぜ。うまくいけば特別ボーナスも出すってよ」
「やってみるか」
オレットとピンツも、それぞれ相性の良いバイトを見つけたようだ。
「じゃあ、稼いで駅前広場集合な!」
一度、解散。
ハイネと空き地でストラグル大会の準備をしているおじさんの元へ向かうと、なんとフィリアが働いていた。ポスターを運んだり小ストラグルソードの数を数えていた彼女はこちらに気づくとニコッとする。可愛くて思わず照れる。
「ロクサスとハイネもバイトしに来たの?」
「ああ。フィリアもバイトなんてするんだな」
「決勝戦、とっても楽しみだから私も大会のお手伝いがしたいと思って。ふたりはポスター貼りだよね?」
頷くと主催のおじさんのところへ案内され、遠慮のない量のポスターを託された。ポスターだけでも重いうえ、ポスターを貼る道具まですべて背負ったハイネはうっかり後ろへ転びそうになる。
「重ッ! 何枚あるんだよ?」
「まぁまぁ、よろしく頼むよ。全部貼ってくれたら特別ボーナスだ」
「ふたりとも、がんばってね!」
フィリアに応援してもらったので、ハイネよりたくさん貼ろうという気持ちになる。
「ロクサス」
「ん?」
「どっちが多く、早く貼り終わるか勝負だ」
「同じこと考えてた」
互いにニヤッと笑いあう。
「じゃあいくぞ。ヨーイ、ドン!」
「あっ、ちゃんと角がめくれないように貼ってね」
フィリアの声を背で聞きながら、ハイネと町を走り出した。
「うん、ロクサスは全部のポスターを丁寧に貼ってくれたね。ハイネの方はちょっと雑だね。駄菓子屋のおばあさんの店に貼ったポスターがナナメになっているじゃないか」
「えぇ? ちょっとナナメの方が、粋だろ?」
「ポスターはまっすぐ貼るのが一番かっこよく見えるようにデザインされているんだよ」
町じゅう走り回ってへとへとだが、どっさり報酬を受け取って気分はほくほく。
「ふたりとも、おつかれさま!」
フィリアが麦茶を用意してくれたので、がぶがぶ飲んだ。
先に飲み終えたハイネがフィリアへ話しかける。
「俺たちこれから海に行くんだ。フィリアも一緒に行かないか?」
「えっ、海?」
「フィリアもバイト、もう終わりだろ?」
自分も来てほしいと思って言うと、フィリアはう〜んと考えるそぶりをしてから「水着がなくてもいい?」と聞いてきた。その途端、ハイネが軽く頭を抱える。
「やっぱり泳ぎたいよなぁ。現地でレンタルできるけど、そうするともっと金がかかるしなぁ」
ボーナスを手に入れたがそれでも焼きそばと電車賃で消える額だ。オレットとピンツの稼ぎが加わっても、全員の水着レンタル代までは届かないだろう。
「水着がなくても、焼きそばは食べられるだろ?」
「そうだな。とりあえず海で楽しい思い出作りができればヨシ!」
ハイネが復活して、「それで、来れるのか?」と改めてフィリアに訊ねた。フィリアは数秒考えて、ついに「参加する」と承諾する。ヨシッと拳を握ったら、ハイネがニヤ〜ッとした顔でこっそり「うまくやれよ!」なんて言ってきた。
フィリアも加えて駅前広場へ。みんなと、フィリアと、海に行ける。
隣を歩くフィリアを意識してしまい、気持ちが浮ついてそわそわしていた。ピンツやオレットもすぐにやってきて、オレットお手製の袋に金が集められる。集計した彼女は満面の笑みで発表した。
「実はね、みんながんばったから、最初のお金と合わせて――なんと、すでに5000マニーあります」
5000マニー以上もよく計算してみると、最終集計額は目標金額を大きく上回っていた。ピンツが「焼きそばが二個食べられるね!」と喜び、ハイネから「だめだ。一個だけだ」と禁止された。
「はい。ロクサスが預かっておいてね」
「俺が?」
「そう。お願いね!」
オレットに頼まれ鮮やかなオレンジ色のきんちゃく袋を受け取ると、じゃらじゃら金の感触がする。努力の重さだ。
「切手買いに行こ!」
「賛成。早くクーラーが効いてる場所に行きたい」
オレットとピンツが駅の自動ドアの元まで走る。
「ねぇ、ロクサス」
「ん?」
ふとフィリアに呼び止められた。彼女はじっとこちらを見上げると、内緒話をするような仕草でひそひそ話しかけてくる。顔を寄せられてすごく意識してしまう。
「私ね、海に行ったら花びらみたいな貝殻が欲しいの。探すの手伝ってくれる?」
女の子の髪の甘い匂い。吐息が耳にかかってこそばゆい。
真っ赤になりつつ頷くと、フィリアはパッと照れつつもうれしそうに笑って駆け出した。
「約束だよ!」
すっかり見惚れていると、ハイネがニヤニヤと見てくる。その笑顔、やめてほしい。
「ロクサス。すっかり夢中だな」
「……面白がるなよな」
「おいおい、これでも応援してるんだぜ」
ハハハと笑ったハイネが、ふとつぶやく。
「いつまでも一緒にはいられない。思い出たくさん作っとかないとな」
「え?」
「スキ有り!」
照れ臭かったのか、こちらの腹をぽこっと殴って走るハイネ。駅の入口で待っているフィリアたちのもとへ行った。
自分もみんなのところへ行こう。踏み出したら唐突に足が滑った。受け身も取れずに転んだので顎が痛い。目を開けると、誰かが傍に立っていた。
「あ!」
見上げてぎょっとした。そこにいたのは朝の不審者。よく見えないが、整っているらしい顔がフードの中から睨んでくる。男は腕を掴んできて、乱暴に立たせてきた。
黒コートからのぞくうすい唇が動き、低い声で囁かれる。
「え?」
意味が分からずポカンとしていると、ハイネから「ロクサスー! あと3分!」と呑気な様子で声をかけられる。「わかった」と答えもう一度男の方を見ると、忽然と消えていた。
なんだったんだ……?
気にはなるが、電車の時間が近いため駅へ向かう。
フィリアに顎のケガを心配されている横で、ハイネが駅員へ切符を注文し、ピンツに支払いを呼びかけられた。けれど、先ほどまで確かにポケットにあった重さがなくなっている。
「あれ、ない」
「あん?」
「盗まれた!」
先ほどの黒コートの男。意味不明なことを言って困惑している隙に盗ったんだ。
「どこ行くの?」
「俺、さっき転んだだろ? あの時に盗まれたんだ。きっとあいつが犯人だ」
「あいつ?」
四人が首をかしげる。
「まだ遠くに行ってないはず――」
「おまえ、何の話をしてるんだ?」
ハイネが腕を組んで、怪訝そうに見てくる。
「誰もいなかったぞ」
「え? でも――」
そこで列車が発射する音が鳴る。
「え? あれ?」
頭が真っ白になった。あんな目立つ不審者を、誰も見ていないなんて。
「誰もいなかった?」
海に向かう最終電車が出発してゆく。今日はもう、海へ行けなくなった。
時計台の上。珍しくフィリアも交えて、みんなで本日2本目のアイスを食べていたが、自分はとても食べられる気分ではなかった。
予定では今頃みんなで海にいて、アイスじゃなくて焼きそばを食べていたはずだと思うと胸が苦しい。
「溶けちゃうよ」
オレットに言われて「ごめんな」ともう一度謝る。みんなはもう謝るなと言ってくれた。「ロクサスがそんなことするはずがない」とか「転んだときにオレットの袋が落ちたことに気づかなかった」とあの男の存在はともかく、自分のことは信じてもらえてうれしかった。
「ワケわかんないよね」
「――不思議」
「お金は、また稼げばいいよ」
「そうだな」
ピンツにオレット、フィリアが口々に言って、ハイネが穏やかに同意する。
「『ソラを感じているか――?』」
あの男の囁きが、忘れられない。
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