何が起きても、誰がいなくなっても、陽は昇って世界を照らす。
 スカラ・アド・カエルムはもともと静かで穏やかな世界だったが、今日はどこを歩いても誰ともすれ違わず、廃墟のような静けさに包まれていた。

「街のあちこちに、戦いの後がある」

 やることもなく、バルドルに教えてもらった場所を転々と歩き、最後に教室へたどり着いた。中から人の気配がして、もしかしてウルドやヘルモーズ、ブラギたちが帰ってきたのかと期待して戸を開ける。

「……フィリアか」
「マスター・ウォーデン」

 教室にいたのは、マスター・ウォーデンひとりだけ。
 彼の目の前の生徒の机に広げられていたのはノートや羽ペン、本に、薬品が入ったビン。あの使い込まれた羽ペンはウルドのお気に入りだし、丁寧にまとめられた研究ノートはヘルモーズのもの。あの本はブラギがよく読んでいたのでページに癖が残っていたし、あのビンにかけられている舌を出した猫のタグを描いたのはヴェルだった。

「あ――私、邪魔をしてしまって」
「よい」

 出て行こうとしたらそう言われてしまったので、出ていけなくなる。
 マスター・ウォーデンは、バルドルが過去の授業で提出したレポートを読み返していたところだったらしい。それには何度も書き直したような努力が残っており、高評価を獲得していた。
 深い深い溜息を吐きながら、彼はそっと羊皮紙を机に置く。

「ゼアノートとエラクゥスはどうしている?」
「ゼアノートは、今日はずっと部屋にいると。エラクゥスには会っていません」
「そうか……二人とも大きなショックを受けたはずだ。今は見守るしかないだろう」
「……放っておいてよいのですか。ゼアノートから聞きました。お姉さんを失ったバルドルが、悲しみのあまり闇につけこまれてしまったって」
「バルドルを闇に奪われたのは私の責任だ……そして、他の子どもたちも」

 マスター・ウォーデンが目を伏せて言った。想像していたよりもずっと深く、この人は生徒たちを愛していた。今回の件で打ちひしがれて、そっとしておいてほしいのはこの人も同じなのだろう。

「しかし、これがこの世界の記憶。起きてしまったことは何度繰り返そうが変えられぬ」
「世界の記憶……繰り返す?」

 何の話かわからなかった。首をかしげるこちらへ、マスター・ウォーデンはあの鋭い眼光でこちらを見てきた。

「おまえは、すべてを失う前にこの世界から去らねばならない」
「すべてを、失う?……私にはキーブレードを使えないから、出ていけと言うのですか?」

 マスター・ウォーデンが首を横に振る。

「そうではない。おまえの居るべき場所は、元からここではなかったはずだ」

 マスター・ウォーデンが立ち上がり、スカートのポケットを指してきた。駒が入っているポケットだ。なぜこれの存在を知っているのだろう。

「強く願えば、おまえの望む時に発動するだろう。フィリア。おまえの居るべき場所へ帰るのだ」





★ ★ ★





 水晶に映るソラの必死の形相を眺めながら、ラクシーヌが鼻で笑う。

「口を開けば『ナミネ、ナミネ〜』って。笑っちゃうわ。もうすっかりフィリアのことなんて忘れたみたいね」
「いままで一緒に旅をしてきたのに、ずいぶんあっさり忘れちまったな」

 今は、新しいオモチャであるリクのレプリカともめているソラ。フィリアを忘れ、カイリを忘れた。ナミネだけが生きがいの傀儡の完成までもう少しだ。
 ラクシーヌはぷるんとした唇を意地悪な形につりあげる。

「まぁ、こっちとしては計画が順調に進んでなによりだけど。問題はフィリアの方よね。いまだ部屋に逃げこんだままなんでしょ?」
「カード以外で部屋が作動したのは想定外だが、まぁ、元からこの城は俺たちの知らない仕掛けだらけだ。マールーシャが見張っているし、なんとかなるだろ」

 適当に答えると、マールーシャ関連だけには甘いラクシーヌは「マールーシャがいるなら大丈夫よね」と頷いた。




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