つい先ほどまでヴェルと目指していた風が吹きすさぶ屋上に、マスター・ウォーデンの姿はなかった。あのまま登っていたら「せっかく100階まで登ったのに〜!」なんて、彼女は唇を尖らせていただろうか。
 バルドルはエラクゥスたちを待つつもりらしい。おとなしくバルドルに従うフリングホルニを見上げると、金色の目はいつもこちらへ向けられており、それだけで刃物を突き付けられている気分になった。

「バルドル。これを呼べたのは、どうして私のおかげなの?」

 再びバルドルに捕まったが、もう逃げる力も出ない。ただ問うと、バルドルはキョトンとした。

「無自覚なのか?」

 すっと顎を持ち上げられたので、金が混じった不思議な迷彩の瞳を見つめる。彼は相変わらず天使みたいな美貌なのに、初めて会ったときの優しい雰囲気はなくなっていた。
 彼の指がついと頬を撫でてくる。

「フィリアはハートレスにとって、のどから手が出るくらいに極上のエサだからだよ」
「私が、エサ……?」

 意味が分からず繰り返すと、彼はうっとり目を細める。

「特に悲しみの闇でいっぱいの今は、更に惹かれる」

 耳元で囁かれたので、思わず腕をつっぱるとあっさり解放された。あれ、逃げられる? と思えば、フリングホルニがあの刃を出して近づいてくる。

「まだ手を出すな」

 バルドルが命じたら、フリングホルニは片時もこちらから視線を外さないが、静かに刃を収めて引き下がった。

「こいつらは自分より強い者の命令を聞く。フィリア、俺から離れたらすぐにこいつに食われるぞ」

 だからおとなしくしていろとバルドルが諭してきたため、今はまだ自分を殺すつもりがないことだけは理解する。
 自分にはフリングホルニを倒せない。けれど、せめて捕らえられた四人の心を救えないだろうか。





 エラクゥスとゼアノートは間もなく屋上へやってきた。浅いが全身傷だらけの汗だくで、髪もぼさぼさだ。
 彼らは階段からまっすぐに柵側のこちらへやってきた。

「エラクゥス。ゼアノート」
「フィリア、無事か!」

 いつもなら「すぐに逃げる」が口癖のエラクゥス。助けに来てくれて嬉しいし、申し訳ない。返せる言葉がなくて「うん」とうなずいた。応援を呼ぶことすらせず、ふたりはそろって堂々とこの場へ来た。バルドルが歓迎するように高らかに言う。

「役者が揃った。この最高の舞台で俺は13の闇を完成させる」
「13の闇とは何だ?」

 ゼアノートが無表情に質問すると、バルドルは機嫌よく答えた。

「キングダムハーツを出現させる鍵……13の光を闇に堕とす必要があった」
「おまえもキングダムハーツを?」

 エラクゥスが厳しい表情になる。
 キングダムハーツ。どこかで聞いたことがあるような――?
 ゼアノートが首を横へ振った。

「だが、キングダムハーツの解放は世界を浄化する。闇であるおまえも消滅するはずだ」

 バルドルはくつりと笑う。

「わかっていないな。浄化された世界は闇からはじまる。世界は闇に覆われるんだよ」

 すると、エラクゥスが少し落胆した。

「ヴィーザルのやろうとしていたことは、意味がなかったということなのか……」
「いや、意味はあったさ。なにしろ奴にキングダムハーツへの筋道を与えてやったのは俺だからな」
「どういうことだ?」

 エラクゥスに更に問われて、バルドルが肩をすくめる。

「なんだよ、クライマックスの告白タイムか? まあ、おまえたちへの最期のはなむけとして教えてやる」

 バルドルは風に揺れる髪をかきあげてから語りだした。

「最初の一手はヘズを消滅させたこと、この一手で俺はヴィーザルの復讐心に火をつけてやった。そして報復の対象が俺であることは、ヴィーザルの手を止めさせる」

 ヘズの仇を討ちたいが、ヘズが大切に思っていたバルドルを消滅させることはできない。闇に堕ちた彼を救うための手段も見つからない。
 世界の浄化になんて頼るまでに、ヴィーザルたちはどれほど苦しみ、思い悩んだのか。彼らが亡くなってしまった今は、想像することしかできないが――。
 ゼアノートが腕を組んだ。

「それがキングダムハーツへの筋道ということか」
「そう。そして二手目にヘイムダルたちを消滅させた」
「どうして犠牲を増やす必要があった!?」

 そこでエラクゥスが激高するが、バルドルは薄く笑うだけ。

「ヴィーザルには確実に動いてもらいたかったからな。保険をかけておいた」
「おまえの計算どおり、ヴィーザルは7つの光を集めはじめた。そのまま見ていればいいものを、なぜ俺たちの前に姿を現した?」

 ゼアノートの瞳にも怒りが灯っていたが、努めて冷静に淡々とバルドルとの会話を進めているようだった。
 ふと、バルドルから笑みが消える。

「想定外だったのは、ヴィーザルがキングダムハーツ出現を断念したこと」

 エラクゥスがハッとした後、うつむいた。

「それで帰還していたのか……」
「奴らが怖じ気づいたせいで、三手目として俺が動くはめになったということさ」

 中途半端なヤツだったとバルドルはやれやれと首を振って、改めてエラクゥスとゼアノートに向き直る。

「チェックメイトだ」

 バルドルに指され、フリングホルニが動いた。エラクゥスとゼアノートがキーブレードを構える。

「おまえたちのゲームのようにはいかないぞ。これが最後の一手!」

 バルドルの体が闇に覆われ、なんとフリングホルニに乗り移った。先ほどよりも強力な闇の気配がする。フリングホルニは剣を構えると、容赦なくふたりへ襲いかかった。




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