バルドルはベテランの剣士のような身のこなしで、複数人相手に立ちまわっていた。
一方で、上級生たちはさすが息の合った連携でだんだんとバルドルを追い詰めていった。ヴェルもうまく彼らをサポートしている。
バルドルから鋭い攻撃を受けたヴェルが膝をついたとき、ケアルを唱えてあげたかった。同時に、上級生たちから攻撃を受けたバルドルにも。
バルドルは、本当に友達を手にかけてしまったの?
闇に堕ちたからって、消滅させるしかないの?
自分の感覚では、彼らは先ほどまで魔法を成功させたことを一緒に喜んでくれていたのだ。別人のような友だちの殺し合いに、ただ部屋の隅で怯えて縮こまっていた。
「あれ、フィリア!?」
戦いの最中、驚き声が上がる。階段を駆け上ってきたらしく、息が弾ませたエラクゥスが階下から現れた。隣には目を見開いたゼアノートもいる。
「さすがにまずいか」
ヴォルヴァが唱えたホーリーを紙一重で避け、ヴィーザルとヴァーリの同時攻撃をあしらっていたバルドルが、ゼアノートたちの到着に気づいた途端に攻撃をやめて着地した。上級生たちは油断なく彼を包囲しキーブレードを構え直す。もうバルドルに逃げ場はない。
ヴィーザルが眉根を寄せて言った。
「これで終わりだ」
「どうかな」
バルドルがこちらを見たのでどきっとする。次の瞬間には闇の力ですぐ目の前に現れた。彼が手を伸ばしてきたので思わず身を守るように腕を前で交差すると、その腕を掴まれ引っ張られる。悲鳴をあげる間もなかった。気がつけばバルドルの左腕に抱かれていた。
「フィリア!」
エラクゥスとゼアノートがヴィーザルたちの後ろまで来て、彼らと同じくキーブレードを構える。
「人質のつもりか?」
「人質だって?」
ヴィーザルに低い声で問われて、バルドルが嗤った。
「こいつにはもっと価値がある」
言い終わるなり、バルドルが力をこめた雄叫びをあげた。彼からあふれる闇が部屋じゅうに広がる。闇の深いところから何かがこちらを見ている。
「来い!」
バルドルの声に応え、闇が凝縮し巨大な鎧をまとったハートレス──フリングホルニの姿が現れた。浮かんでいるだけなのに冷や汗が流れる。あれが並大抵の強さではないことは自分にも分かった。
みんなが巨大なフリングホルニの登場に呑まれている隙に、闇の力なのか、視界がぶれたと思ったら、ヴィーザルの前にいたはずが傷が癒えきっていないヴェルの後ろへフリングホルニと共に移動していた。
「やれ」
バルドルの命令より先に、察知したヴィーザルとヴァ―リがこちらへ走ってきていたがヴェルは反応しきれていなかった。ヴォルヴァがヴェルを突き飛ばす。ゼアノートとエラクゥスも走っていたが遠すぎる。
鎧に隠されていたフリングホルニの鋭い刃が上級生たちの身体を撫でていく瞬間が、スローモーションで見えた。
三人が床に倒れるなり、広がる血だまり。今まで見たこともない凄惨な光景に怯えた。あの傷の深さでは回復魔法なんて役に立たない。
「みんな!」
「ヴィーザル、ヴォルヴァ、ヴァーリ!」
ヴェルが悲鳴をあげ、エラクゥスも叫んだ。
「ヴィーザル!」
ゼアノートがヴィーザルへ駆け寄る間にも、ピクリとも動かなくなったヴァーリとヴォルヴァの体が輝き、それぞれハートの形をした光となり、ふわふわ宙へと浮かびだした。
あれが消滅――。
小さいながらも宝石のように輝くハートたちは、海の中を漂う稚魚のように頼りない。ふわふわ浮いてる心を呆然と見上げていると、フリングホルニが心を捕まえてバクンと食べてしまった。
「そんな……」
ハートレスに取り込まれた心。彼らは肉体だけでなく心までも闇に奪われた。
「これで10」
嬉しそうに数えるバルドルが恐ろしい。
ヴィーザルも即死ではないが致命傷を負っていた。血が止まらない傷を治療することを諦め、彼は無念の表情でゼアノートを見上げる。
「すまない。あとは頼んだ……」
消え入りそうな声とともにヴィーザルの瞳が閉じて、先のふたりのようにハートになる。悲しいほどに美しく輝く彼のハートは、またしてもフリングホルニにぺろりと食べられた。
くやしさ、かなしさ、やるせなさに満ちた表情をしたエラクゥスとゼアノートがキーブレードを構え、怒りで叫ぶ。
「バルドル!」
「あいつらも殺せ」
命令に素早く応え、フリングホルニが剣を振り下ろす。さきほど上級生を三人同時に屠った、大人の体よりも大きな刃。エラクゥスもゼアノートもなんとか受け止めたはいいものの、そのまま鍔迫り合いになった。
このままじゃ、みんな死んでしまうかもしれない。
「やめて。バルドル、もうやめて……」
エラクゥスたちが必死に戦っている様を楽しそうに眺めるバルドルへ泣きながら懇願すると、彼は懐かしい笑顔で穏やかに言った。
「フィリアのおかげでアレを呼び出せたからな。願いのひとつくらい聞いてやるよ」
あのハートレスの出現は自分のせいと言われたようで更にショックを受けるも、本当にこの凶行をやめてくれるの――と、希望を抱いたのは一瞬だけ。
「これで10の光が消滅した。多くても構わないが、マスター・ウォーデンも含めれば一つ余る」
つらつら述べて、バルドルがにっこりする。
「だから残った三人のうち、ひとりだけ見逃してやる」
「え……」
「誰を生かす? やっぱりエラクゥスか、仲良しのヴェルか。それともゼアノートにしてみるか?」
まるでアイスの味を選ぶかのように問われ、目の前が真っ暗になった。体がガクガク震えだす。友達の命を、選べるはずがない。
「その必要はないよ!」
「おっと」
「ヴェル!」
背後からヴェルに斬りかかられて、バルドルが応戦する。彼女の傷はまだ治りきっていないのに――。
「フィリアに当たったらどうするんだ?」
「フィリア、逃げて!」
両手で剣を振り下ろすヴェルと片手で守るバルドル。ヴェルに従い、身をよじってバルドルの手から逃れた――と思った時、バルドルの右腕に闇が集まって、思いきり振り払った。ヴェルの小さな体は血をまき散らしながら軽々と飛び、エラクゥスたちの頭上を越えて、遠くの壁に当たって落ちた。
あまりにも残酷な光景に悲鳴をあげる。
「ヴェルー!」
フリングホルニとの闘いで少しケガを負ったエラクゥスとゼアノートが、彼女の元へ走る。
自分もヴェルの元へ駆け寄ろうとするも、フリングホルニに立ちふさがれた。
「通して!」
フリングホルニへありったけの魔法をぶつけてみるも、初級魔法では全く通用しなかった。血に汚れた刃をつきつけられて動けなくなり、やれやれとため息を吐くバルドルが横に立つ。
「これで11」
くすっと笑いながら、バルドルが気安く髪を撫でてくる。
助けてくれようとしたヴェルに駆け寄ることさえできない絶望に、がくりと床に膝をついた。
エラクゥスとゼアノートがヴェルの側へ。ヴェルは力なく手を伸ばし彼らと話して、やがてヴィーザルたちのようにハートになってしまった。きらきら輝くヴェルのハートは、砂糖菓子のようにフリングホルニ食いつかれ嚥下される。
「ヴェル……」
涙があふれ、体に力が入らない。つい先ほどまで元気いっぱいの笑顔を見せてくれていたヴェルがもういないなんて、信じられない。
床にへたりこんでいると、エラクゥスとゼアノートも涙を流しながらバルドルへキーブレードを向けていた。一方で、バルドルは鼻歌でも歌うようにごきげんだ。
「あとは、おまえたちだけだな」
キーブレードを消したバルドルに腕をつかまれる。周囲に闇が広がった。
「せっかくここまできたんだ。最高の舞台で決着をつけよう」
「待て」と叫ぶエラクゥスの声を聞きながら、闇に包まれる。次に目を開くと風が吹きすさぶ塔の屋上に移動していた。
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