教室の黒板の上を見上げる。まるで芸術品のように、黄金のレリーフに囲まれた黒い鍵。

「あれ、気になるよね」

 ヴェルがぴょこっと顔を覗き込んできたので「うん」と頷く。飾られているキーブレードの価値は不明だが、この世界の人たちにとても大切にされていることは分かる。

「あれは最古の一振り──」

 ゼアノートの声が耳のすぐ傍でしたのでぴゃっと肩が跳ねた。ヘルモーズがほほ笑みと共に説明する。

「古の時代から、代々伝わっているキーブレードだよ」
「いつか、あんなキーブレードを持つようなキーブレードマスターになるのが、私たちの目標!」

 ウルドがニコッと笑むのをかわいいと思うと同時に、将来に向かって努力している姿を眩しいと感じる。

「キーブレード……」

 ソラのキーブレードは“ソラを選んだ”という。だからソラはキーブレードに選ばれし勇者として世界を救った。勝手に世界の心への道を塞いだこともある。だから、あのキーブレードには何かの意志や想いが宿っていると感じていた。
 対して、いにしえの時代。伝わってきたキーブレード。キーブレードマスター?
 初耳の単語をポツポツ頭の中で繰り返しながら、黒いキーブレードをジロジロ観察し続けた。ヤギの頭。片方だけ長い刃の先。チャームや切っ先に鮮やな水色で、丸い──

「ひっ」

 それがギョロッとした目玉の飾りだと気づいたとき、こっちを見た気がして恐怖を覚えた。

「目が合った気がしたか?」

 ギクッとして振り向くと、側でブラギがニヤニヤと笑っていた。ヴェルもはしゃいで笑う。

「あの目、やっぱりこっちを見てるよね〜?」
「この前の授業中に、あの目がちょっと動いてた気がしたんだけど」
「さすがに、気のせいじゃない?」

 エラクゥスのひそめ声にヘルモーズが苦笑し、

「この二人のことだし、授業中に寝ぼけてたんじゃないのか」

 ブラギのツッコミにふたりが「え〜!」と抗議。みんなが笑ったところで、マスター・ウォーデンがやってきた。みんな急いで席につく。
 よく思い出せないけれど、リクの持っていた剣にもあんな色の目玉がついていたような?
 ぼやっとした剣のシルエットを思い浮かべながら自分も用意してもらった席につくと、マスター・ウォーデンはちらりとこっちを一瞥してから、淡々と授業を始めだした。





 マスター・ウォーデンの授業は、旅に出たばかりの頃にドナルドから口酸っぱく注意されていた内容と酷似していた。

「外の世界にはそれぞれに秩序があり、キーブレード使いはそれを守らなければならない」

 ここにいるキーブレード使いたちも、外の世界に旅立つ準備として、学び、訓練をしているようだ。
 座学の次は組手の授業だった。訓練場の隅で見学する。ソラのがむしゃらな戦い方とは違って、型を守った上品な戦い方をする子が多い印象だった。
 戦術に魔法を積極的に織り交ぜる子や、力押しでガンガン攻め込む子、相手の出方を伺って対応する子。スピードで翻弄する子。みんなそれぞれに自分に向いている戦い方を長所とし、伸ばしているようだ。
 全員素晴らしい戦いぶりであったが、その中でも圧倒的に目立つ、強い子がいた。ゼアノート。相手によって戦い方を変え、気まぐれに相手と張り合うような戦い方だってする。
 彼はブラギとの組手の後、ウルドと魔法を撃ちあっていた。ふたりが生み出す冷気は巨大な氷となって周囲を凍らせ、風の魔法が吹きすさび、ここら一帯の気温が急速に降下してゆく。側でヘルモーズと組手をしていたエラクゥスがくしゃみをして、二人へ「寒すぎ!」と苦情を言ったところで授業時間が終了した。

「ゼアノートのせいで、あったかいエリクサーが飲みたい」
「まずいだろ」
「エリクサーにアレを入れればすっごくうまくなるんだって。おまえも試してみろよ」
「絶対にいらない」

 周囲の子も汗をぬぐいながら、ふたりの会話に笑っている。
 ずっと不思議な感覚を覚えていた。こんな光景をどこかで見たことがある気がするし、全く知らないとも思う。





 この日の授業がすべて終了し、自由時間になった。みんながこの街を案内してくれるらしい。

「マスター・ウォーデンったら、いつフィリアにキーブレード継承の儀式をするんだろう」
「儀式って?」

 穏やかに吹く風に髪をなびかせながら、ヴェルが不思議な単語を言った。

「キーブレードマスターに継承を認めてもらうと、キーブレードを使えるようになるんだ」
「みんな、そうやってキーブレードを使うようになったんだよ」

 ウルドやヘルモーズが続けて教えてくれる。
 トラヴァースタウンで目覚めた時には、すでにソラはキーブレードを持っていた。ソラも誰かから儀式をしてもらった? けれど、ソラ以外のキーブレード使いに会ったなんて話は一切聞いていないし。
 突然、ひょいとブラギに右手を掴まれた。そのまま腕をしげしげ見られる。

「フィリアは、剣を振るには力が無さすぎるんじゃないか?」
「そうそう。ヴェルは俺たちよりも小さいけど、力持ちだしな」

 エラクゥスの発言を褒め言葉として受け取ったヴェルは鼻高々といった顔になる。「フィリアも鍛えれば大丈夫!」と言われたが、ヴェルと自分の腕の細さはほぼ同じに見えた。

「フィリアは、魔法を使える?」

 次にバルドルに問われて、ちょっと言葉につまる。さすがに記憶の中の住人に、忘却の城に入ったから忘れちゃいましたとは言えない。

「ケアルだけは使えるよ」

 その時、ブラギに掴まれたままだった手をゼアノートが奪うように代わった。なんだろうと彼らを見上げると、ゼアノートは無表情のままだし、ブラギはこちらの様子を愉快そうに眺めながら数歩離れてゆく。
 ゼアノートの手をよく見ると、甲に小さな擦り傷があることに気がついた。先ほどの訓練で負ったのだろうか。今の会話の流れから、治療を希望しているということだろうか?

「癒しよ」

 ケアルで傷を治すと、驚いたゼアノートから「ありがとう」と言われ、人の役に立てたことに嬉しくなる。照れ笑いして頷くと、そのままゼアノートが「こっちが広場だ」と歩き出した。
 あれ? 内心首をかしげる。ケガを治したのにゼアノートは手を放してくれない。手の力をぬけばするっと抜けるかと思ったが、ゼアノート側の力が増すだけで離れない。
 ゼアノートって、スキンシップが好きなのかな?
 別に嫌じゃないけれど、エラクゥスとも手を繋ぎたい。
 ゼアノートに引っ張られ進むなか、近くにいたエラクゥスの上着の裾を掴んだ。エラクゥスは初めびっくり顔を見せたが拒否はせず「いいよ。俺とも繋ごう!」と快く手を繋いでくれる。

「ねえ、あれってさぁ……」
「つまり、そういうことだろ?」
「三角関係?」
「複雑だな……」
「ウカツにからかったりするなよ」

 ちょっと後ろを歩く他の子たちから、ヒソヒソそんな声が聞こえた気がした。




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