ヴァニタスは、見通しの悪い裏路地を歩いていた。
 湿り気のある冷たい風が、頬を撫でて通ってゆく。戦闘の火照りを冷ますにはちょうどよかった。

「ヴェントゥスを消そうとしたようだな」

 道の奥――闇の中から声がする。立ち止まると、そこからゆっくりとゼアノートが現れた。

「なぜだ? 我々の目的にヴェントゥスが必要なことは、おまえが一番分かっているはずではないか」
「あんな調子じゃ、使いものにならないと思ったからさ」

 適当に答えると、ゼアノートが薄く笑う。

「私には、おまえの本当の気持ちを見通すなど容易いことだ。――ヴァニタスよ、私情を持ち込むな。全てが計画通りにいけば、おまえの望みも満たされる」

 無言のまま顔を逸らすと、ゼアノートが「まぁいい」と目を閉じた。

「そろそろいい頃合だろう。テラにはこの世界へ来るよう仕向けておいた。一度、この世界で四人を再会させるのだ」
「……」

 ゼアノートが踵を返し、背を向ける。

「次こそは、上手くやれ。私は新しい手駒と共に次の計画の準備をしておく」
「はい。マスター」

 ゼアノートが再び闇の中へ消えてゆく。残されたヴァニタスはすぐ側の壁に寄りかかった。

「『全てが計画通りに』――か」

 そんなこと、言われなくてもわかってる。仮面を持たない左の掌に視線を移した。まだ、触れた感覚が手に残っている。

「フィリア……」

 名を口にしただけで、甘美で苦い想いに胸がしめつけられる。何年も狂おしいほどに焦がれた彼女に、ようやく触れる事が出来のだ。
 あの時の、彼女が見せた怯えた表情。必死の懇願に泣いた顔を思い出すだけで口元が弧を描く。陽だまりのような笑顔も、恥ずかしさに戸惑う仕草もたまらなく愛しいが、ずっとそんな顔も見たいと願っていた。フィリアがヴェントゥスの側にいるだけでは決して知ることはなかっただろう。それを自分が作り出したと思うと優越感に満たされるし、もっとめちゃくちゃにしてやりたいという衝動も湧き上がってくる。
 これから先、きっと彼女は自分から逃れようとするはずだ。でも、それは許さない。どこまでも追いかけて追い詰めて、何もかもを奪い取り、閉じ込めて苦しめて――彼女の全てを自分だけに塗り替えてやるまでは。

「俺に怯えろ――もっと俺のことを考えろ」

 喉の奥で笑いながら、ヴァニタスは拳を握り締めた。





 To be continue... 




執筆:2010.3.6
修正:2011.3.21




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