魔法使いマーリンみたいに、マスター・ウォーデンは長いお髭をたくわえた三角帽子のおじいさんだった。ただし、のほほんとした雰囲気にひょろひょろ体型だったマーリンと180度違って、ウォーデンは帽子からのぞく片目は眼光鋭く、魔法使いではなく武人のようなたたずまいだった。
 みんなが口々に自分のことを彼に伝えてくれたため、名乗るくらいしか言うことがなかった。マスター・ウォーデンの前に立った時、冷や汗がでた。マスター・ウォーデンは自分にひとつしか訊ねなかった。

「元の世界に戻る手段は知っているか」

 思わず、ポケットにしまっていたチェスの駒を握りしめる。ソラの記憶の旅では要所に「はじまり」「みちびき」「しんじつ」のキーカードが現れたが、この駒が同じように作動するかも分からない。
 首を横に振ると、マスター・ウォーデンは「ならば、ここにいるといい」と言って、ゼアノートの隣の部屋を提供してくれた。この記憶の世界に住むことは、忘却の城に住むのと同じ。早くここから出て行かねばならないけれど────エラクゥスを見ると、もう少しだけでもこの人の側に居たいという気持ちの方が強くなる。どうしてだろう。

「やったぁ。これからは一緒だね、フィリア!」

 ここもきっと誰かの記憶から作られた世界だから、何が起きても、最後はまぼろしとなって消える────。ヴェルを筆頭に、にこやかに歓迎してくれる優しい人たちに対し、嬉しさと切なさが混じって、それでも平静を装って笑顔で頷いた。





★ ★ ★





「ふう──王様は大丈夫かなあ」

 いつの間にか一番後ろを歩いていたドナルドが、俯きながらぐわ〜っとため息を吐いた。

「いきなりどうした?」
「忘れてないか、思い出してみたんだ」

 らしくなく、弱気な表情だ。グーフィーも振り向いた。

「どうだった?」
「うん。忘れてない。僕とグーフィーの旅は──」
「世界を救うために、闇の扉の向こうに残った王様を探す旅。だよね」
「その通り!」

 ドナルドがグーフィーの答えにピンと指をたてる。

「んで俺は、王様と一緒にいるはずのリクを探すっと。うん。やっぱり大切な思い出は忘れるはずないよな」

 そして、フィリアを迎えに行って、みんなでカイリの元へ帰る。

「だよね。忘れたりしないよ──」

 ドナルドは、強気なことを言う割にすぐに弱気になるんだよな。
 ホラ、大丈夫だっただろ! ドナルドを励まして、ポケットから青いカードを一枚取り出し、次の世界への扉を開いた。





★ ★ ★





 ヴェルとウルドとお風呂に入って、簡素なベッドに横になったらすぐに意識を失うように眠ってしまった。それでも頭の一部は緊張していたようで、普段なら熟睡している早朝の時刻、わずかな扉の音を聞きつけ覚醒する。
 隣の部屋はゼアノートだ。そっとベッドから抜け出して廊下を覗くと、階段方面へ進む彼の後ろ姿が見えた。
 こんな時間にひとりでどこへ行くのかな?
 興味をもち、深く考えずそのまま彼の背を追いかけた。ゼアノートは音をたてずにすいすい歩いてゆくので、なかなか追いつけない。
 夜明けの薄暗さの中、街の見晴らしのよい場所でゼアノートは立ち止まり、剣による素振りを始めた。腰を抜かすほど驚いた。だって、彼の持っている剣はソラの持つキーブレードにとてもよく似ていたから。

「誰だ」

 しりもちをついたときの草音で、ゼアノートがこちらを見た。鋭い目つきが、こちらを確認すると柔らかくなる。

「フィリアか。そこで何をしているんだ?」
「こんな早朝にどこに行くのかなって、気になってついてきちゃった」

 しりもちをついたままで話していたら、ゼアノートに手を差し出されたので、遠慮なく手を借りて立ち上がる。

「毎朝、ここで自己鍛錬をしているだけだ。いつもはエラクゥスもいるが、今日は寝坊だな」

 ゼアノートがなんともない表情で言う。
 頭の中がくわんくわんと揺れていた。今まで信じていた常識が砕かれる音がする。

「──キーブレード……ゼアノートも、エラクゥスも……みんな、使えるんだね」
「ああ。……ヴェル達から聞いていないのか?」

 ゼアノートだけじゃない。こんなにたくさんキーブレードを使える人たちが当たり前な世界が存在するなんて。
 ソラが闇と戦うことになってしまったのに。世界が闇に覆われていた時に、この人たちはどこにいたの?
 様々なショックに打ちひしがれて、体の力がぬけてしまった。くずれかけたところを、ゼアノートが驚きつつもまた支えてくれる。
 しっかりと鍛えられた体。キーブレードを扱うために鍛錬を積んでいるならば、なぜ。

「おい、どうした?」

 いま、彼らに問い詰めたところで意味のないことだ。
 けれど、ここは誰の記憶なのか知りたい気持ちが強くなった。

「わっ……!」

 呆然としていたら、ゼアノートに抱え上げられて、近くのベンチに座らせられた。前髪をかきあげられ、額と額をくっつけて熱まで測られる。 

「熱はないが、顔色が悪い。もう少し部屋で寝ていたほうがいい」

 ゼアノートの決断と行動は素早くて、あっという間にまた横抱きにされて、部屋までスタスタ歩き始めてしまった。

「おおげさだよ。もう大丈夫だから、おろして」
「その顔色ではダメだ」

 触れている箇所にはぬくもりが。耳をあてれば心音が聞こえる。これほど肌に彼らの心を感じるのに幻なんて、気が狂いそうだ。

「……訓練、邪魔しちゃってごめんね」
「気にすることはない」

 初めはゼアノートの視線がちょっと怖いと感じていたけれど、やっぱり親切で優しい人で、ホッとする。
 自分に与えられた部屋までたどり着いたとき、ちょうどエラクゥスが部屋から出てきて、ゼアノートに抱かれるこちらを見て「へ? 何があったんだ?」とビックリ顔で訊ねてきた。普通に答えればいいのに、ゼアノートはフッと笑っただけで部屋に入ってしまうものだから、朝食の時間はちょっと騒ぎになってしまい、説明に大変苦労することになった。




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