階段の下り道で、コツンと何かを蹴っ飛ばした。カラカラと床を転がる音を探し、それを見つける。行き道では気づかなかったそれを拾い上げてしげしげを観察した。白と銀で作られた──。

「なんだろう? ゲーム……チェスの駒?」

 チェスの詳細は知らないが、これはその駒に雰囲気が似ていると思った。

「いつか、どこかで見たことがあるような、ないような?」

 駒のてっぺんに付いている王冠の形から、ソラのネックレスを思い出した。別れたばかりだから、まだソラたちはそれほど先へ進んでいないはず。
 みんな、早く来てくれないかな。ため息を吐いて、駒を握りしめたまま歩く。寂しい。心細い。けれど、早くここから出なくちゃ──。

「あっ……」

 扉を開き広間にさしかかったところで、闇と共にまたあの黒コートが現れる。

「ソラから離れ、ひとりでどこへ行くつもりだ?」
「外でみんなを待っていることにしたの。そこを通して」

 素直にどいてくれるか分からないし、戦う力は失われているけれど、オドオド弱気な態度は見せられない。
 男はふっと笑ったようだった。

「それはできない。おまえにはまだ用があるからな……」

 男がこちらに手を伸ばし、ゆっくり歩いてきた。
 まさか、捕まえられてソラへの人質にされてしまう──?
 とっさに踵を返し、出てきたばかりの扉に逃げ込もうとノブへ触れた。途端に強く輝く手元。青いカードはないのに、別の世界に繋がる音がする。

「なにっ!」

 追ってくる黒コートの男が驚く声が聞こえた。
 まばゆさに目を閉じながら、それでもためらわずに扉を開く。
 一歩踏み込めば、穏やかなそよ風が頬を撫でた。肌に感じる柔らかな日差し。いつか嗅いだことのあるような、懐かしい部屋の匂い。

「ここは……教室?」

 白黒の正方形のタイルで整えられた床。ロフトのあるとても広い部屋だった。教壇と向き合う複数の椅子は、ディスティニーアイランドの本島の学校と同じ。奥にはみっちり詰まった本棚があり、頭上には五枚の羽のシーリングファンがくるくる回っていた。
 初めて見るものばかりだが、これもソラの記憶の世界? それとも──握っていた白い駒を見やる。まさか、この駒から作り出された別の記憶の世界なのだろうか?
 小さな物音に気付き、日差しがめいっぱい射しこんでいる大きな窓を見た。誰かいる。

「もう一度勝負だ」

 揺れるカーテンの側には無邪気に笑う黒髪の少年と

「ああ」

 低く頷く銀髪の少年が向き合っている。
 彼らの姿を見た時、呼吸を忘れた。

「あ……」

 特にあの黒髪の少年だ。彼の姿を見た途端、心音のひとつひとつを感じるほどに高鳴った。この気持ちはいったい────愛しさ、嬉しさ、悲しみ──深い罪悪感。

「誰だ?」

 低い声の少年がこちらに気づいた。無邪気な声も驚いた声音で「君は?」とこちらを見ている。

「あ……私……」

 彼と話せることが嬉しくて、涙で視界が滲んでくる。近づいてくる黒髪の少年から目を離せない。初めて会うはず──知らない人のはずなのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。
 黒髪の少年はニコッと人懐こい笑顔を見せて、優しく話しかけてくれた。

「俺はエラクゥス。こっちは──」
「ゼアノートだ」

 彼の隣に立つもう一人、銀髪褐色肌の少年が名乗る。ゼアノートは無表情でこちらをじっと見てくるので、ちょっと怖い印象だった。
 エラクゥスを見ているだけで、どんどん感情が押さえきれなくなってきて、涙があふれて、こぼれてしまう。これまで誰に会ってもこんなことにはならなかった。

「えっ、どうしたんだっ? ゼアノートの顔が怖かった?」
「おい」

 首を横に振るのが精一杯。
 彼に対する様々な感情の正体が分からない。分からないことが辛い。

「自分でもよくわからないの……でも私、ずっとあなたに会いたかったんだと思う」
「会いたかったって──俺に?」

 エラクゥスに問われて頷いた。懐かしいと感じる、光に満ちた灰色の瞳。
 泣いているこちらに焦ってオロオロとゼアノートを見始めるエラクゥスの様子がおかしくて、やっと笑顔を思い出す。

「私、フィリア」

 涙をぬぐって名乗ると、エラクゥスは、またソラのように笑った。

「えーと。なんだかよくわからないけど、よろしくな、フィリア!」

 他の世界から来たんだね。こっちへ。みんなに紹介するよ。
 あの黒コートが待ち構えている可能性もあるから、しばらくここの世界にいた方がいいなんて打算よりも、ただただ、今はこのエラクゥスという少年の側にいたいという気持ちに従い、彼らの案内へついて行くことにした。





 To be continue... 




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