次の扉の前で、知らない男が待ち構えていた。この何もかもが白い屋内でシミのように黒いコートを着ている。薄い金の髪を肩下まで伸ばしており、不審者さながらの笑みを浮かべ、こちらをジロジロ眺めていた。

「おまえがリクか」
「アンセムの仲間か?」

 不快感を隠さず男を睨む。名乗りもしない男はこちらの問いにニタァと笑った。

「半分だけ正しい。おまえの知るアンセムとは違う、とだけ言っておこう。アンセムであって、アンセムではない存在──いや、“存在しない者”だったな」

 明らかに、こちらには分からないように話している。このような言葉遊びで煙に巻くタイプは好きではない。

「なぞなぞは苦手なんだ。はっきり言えよ」
「光と闇のどちらのにも属さず、黄昏を歩む者」

 男は答えながら上品にお辞儀をした。
 光でも闇でもない──その言葉に、アッと思い当たるふしがあった。頭を下げたままだった男がふっふっふ、と肩を震わせる。

「気づいたか? そうだ、おまえもまた光と闇のはざまに立っている。私たちは似たもの同士なのだよ」
「かもな。あんたの言う通り、俺の中には闇の力が残ってる」

 服の胸元をぎゅっと握った。自分の中にアンセムが根付いているままなのを嫌でも感じる。
 怒りの衝動のまま、ソウルイーターを構えた。

「だったらどうした。闇は俺の敵だ! 闇の匂いをプンプンさせてるあんたもな」

 男は嬉しそうに笑った。

「ほほう、やる気かね。よかろう! 相手をしてやろう」

 男の獲物が盾なこともあり、こちらを攻撃を盾で受け流しては氷魔法で反撃してくるスタイルなので、反撃を許さぬ勢いで猛攻を続け、闇で強化した剣で力任せに攻めきった。
 太い氷柱を断ちながら男へ斬りつけると、青い盾で受け止めた男は、その裏から顔をのぞかせヒャハハと耳障りな笑い声をあげた。

「おまえに秘められた闇の力は途方もなく強大だな。わざと怒らせたかいがあったぞ。熱くなってくれたおかげで貴重なデータが取れた」
「なに!?」

 振り払われてしまい、舌打ちしながら体勢を整える。

「礼を言うぞ、リク!」

 もう一撃浴びせる前に、男は闇の力で消え去ってしまった。勝ち誇った捨て台詞が憎々しい。

「ちっ、乗せられたってわけか」

 孤独の代わりに会えるのはアンセムとこんな闇の匂いを漂わせる奴らばかり──。
 目を閉じて会いたい人たちの顔を思い浮かべた後、それでも顔を上げて、次の扉を開いてゆく。





★ ★ ★





 先ほどのジミニーみたいに、今度はグーフィーが「うーん」と唸っている。ドナルドが訊ねた。

「どうしたの?」
「さっき話した不気味なお城のことなんだけどね、やっぱり勘違いじゃないよ」

 あまりにもグーフィーがハッキリと言い切ったので、みんなキョトと顔を見合わせた。グーフィーは一生懸命に続ける。

「だって、あのお城でソラは、カイリの心を助けるのにキーブレードを使って──一度消えちゃったじゃないか。僕、とっても心配だった。忘れられるはずないよ」

 そんなことあったなぁという気持ちで、あの瞬間の胸の痛みと底無しの絶望に覆われた感覚は思い出せたが──あれはカイリのためだったっけ?
 ソラが「ああ」と口を開く。

「ああ。俺がハートレスになっちゃった時か! でも、あれって……城だったか?」
「はぁ。忘れたの? 僕だっておぼえてるよ」

 ドナルドは思い出したみたい。呆れたようにジト目でソラを見ている。慌てたソラがこちらを見た。

「フィリアはどう、覚えてる?」
「ソラが消えちゃって、とっても悲しかったことは覚えてる。でも、うす暗い場所だったことしか……」

 なぜ、こんな大切なことをすぐに思い出せないのだろう?
 一方、覚えていない仲間を見つけてちょっとホッとしたようなソラはドナルドへ向き直る。

「なんて場所だっけ?」
「それはもちろん──」

 そこでドナルドの自慢げな表情が固まり、困り顔でジミニーを見上げた。

「ジミニーメモに書いてあるよね?」

 なんだ、ドナルドもハッキリ覚えていないじゃない!
 必要とされて、よしきたと嬉しそうにジミニーがソラのフードから飛び出てきた。

「もちろん! この城に来る前に、ちょうど一冊書き終わったところなんだ」

 答えながら、ソラのフードの中をごそごそ漁る。いつの間にかお菓子とかクッションとか持ち込まれていて、ソラのフードの中はすっかりジミニーの部屋みたい。

「ええと、古い方のメモは──おっと、見つけたぞ」

 ジミニーはいつも使っていた彼のためのサイズのメモ帳を片手に、ソラから床へと飛び降りた。メモを「どれどれ──」と開いて、ぎょっとする。

「な、なんてことだ!?」

 いつも冷静なジミニーらしからぬ焦りように驚いたグーフィーが、彼に一歩近づく。

「どうしたの?」
「ジミニーメモがみんな消えてる! どのページも真っ白だ!」

 涙を浮かべたジミニーが、すっかり新品に戻ったメモを見せてくれた。つい先日まで、このメモには全ページ、ビッシリ文字が埋まっていたのに。
 ドナルドがグワグワ驚く。

「なんだって!?」
「いったい、どうして!? ずっと大事に持っていたのに! ああ、私の大切な記録が──」

 嘆き悲しむジミニーを慰める言葉が見つからない。
 メモはペンで書かれていたし、ジミニーはいつもソラのフードにいた。もし犯人がいるならば、ソラとジミニーに気づかれずにフードの中の小さなメモ帳を奪ったか、取り替えたということになる? いったい何の目的で?

「記録が消えるなんて。なんなんだよ──」
「ソラ」

 これ以上耐え切れそうにない。訝し気に呟くソラの腕にしがみつく。
 あれほど使っていた技や魔法を一瞬で忘れ去り、同じ冒険をした者たちの記憶が揃わず、紙に残した記録が消えてしまうなんて。

「やっぱり私、これ以上ここにいたくない。もう出よう!」
「フィリア。そんなに怖がるなよ。ここにリクと王様がいるかどうか確かめるまでだって言っただろ?」

 ソラはこちらを落ち着かせようと微笑んで言ってくれたが、そんな笑顔に流されないぞと強い意志で、イヤイヤと首を横に振った。

「だって、私はここにいてはいけないんだもの。出て行かなくちゃいけないの」

 込み上げてくる気持ちをそのまま伝えても、ソラは何言っているんだという表情で、駄々っ子に聞かせるように優しく言った。

「俺、ここに来てから、ずっと大切な友だちがここにいるって感じているんだ。俺だけじゃない。ドナルドやグーフィー、ジミニーだって! ふたりはきっとここで見つかるよ!」

 仲間たちは全員、ソラに賛同して頷いている。
 少数派として意見が棄却されてしまう恐怖と、この場から離れるべきだと命じてくる自分の気持ちに挟まれて、感情がぐちゃぐちゃになってしまった。けれど、これ以上自分が何を言ったところで、ソラは納得するまでこの城を調べるに違いない。

「──それなら、私だけ外に出てる」
「えっ?」

 そっとソラの腕から手を放し、じりじりと後ろへ下がる。

「城の入口の外で待ってるから、ソラはリクを見つけたら出てきて!」
「フィリア!」

 ソラたちが呼び止めてくるのを振り切って、昇ってきた階段を走って下りた。
 仲間たちと別れた場所が見えなくなったあたりでちらっと後ろを振り向いて、やはり誰も追いかけてきてくれていないことに心細くなり、気落ちしながらトボトボ城の入口を目指して歩き続ける。ひとりぼっちになってしまったが、それでもこの城から離れることが何よりも優先しなければならないことだった。




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