「正体がわかりました。あれはリクです」

 報告すると、ヴィクセンが器用に細い眉毛を片方跳ねさせる。

「リクだと? 闇の世界から脱出したというのか」
「彼はかつて闇と存在を重ねた身です」

 つい最近まで闇がほとんどの世界を覆っていた事件。世界じゅうに手下のノーバディたちを潜ませて、手は出さずとも常に情報だけは収集していた。マレフィセントがリクを招いたことも、リクが何を宿したのかも──まあ、この忘却の城に来てからは情報の共有が遅れがちになっていたため、リクについての調べが遅れてしまった。

「なるほど。道理であの方に近いわけだ。闇に染まった心の力で、暗黒をくぐりぬけたか」

 ブツブツ言いながら、ヴィクセンのクセのある笑みが深まる。被検体としての興味が湧いてきたようだ。

「わからないのは、彼がここへ現れた理由です」
「簡単なことだ。もうひとりの勇者との感応だよ」
「では、ソラもこの城に?」

 マールーシャたちからそんな報告は聞いていない。地上組の状況をよく見張っているらしいヴィクセンは、憎々し気に「つい先ほどな」と頷いた。

「マールーシャはナミネの力を使ってソラの心を奪うつもりだ」
「僕らになんの相談もなく、ですか。フィリアの捕獲任務は僕らの任務でもあるというのに──」

 マールーシャは優秀でラクシーヌはあの気質だ。新参者のふたりは古参と慣れ合わず、どこか自分たちの力を過信している印象だったが、この任務を機にいよいよ自由に行動しはじめたようだ。あちらにはアクセルもいるが、責任者として選ばれたのはマールーシャだし、アクセルは彼らの教育係ではないため、たしなめることすらしないだろう。
 機関の結束の危機。頭が痛い状況だというのに、ヴィクセンはニタッと笑う。

「奴はキーブレードの勇者が欲しくてたまらんようだな。くだらんことだ」

 意見を聞きたかったが、レクセウスは始終腕を組んでむっつり黙り込んでいる。
 ヴィクセンはヒヒヒと笑い声をあげた。

「ソラなどそう面白い存在ではない。真に貴重な存在は──闇の勇者リクなのだ」





★ ★ ★


 


 無言で忘却の城を進んでいたが、普段静かなジミニーがソラの肩に腰かけ、ひとりでずーっと「うーん」と唸っていた。至近距離で唸られ続けられたソラはついにしびれを切らし「なんだよ、ジミニー」と彼へ問う。その言葉を待ちわびていたのだろうジミニーはぴょこんと立ち上がってソラを見上げた。

「アクセルが妙なことを言っていたじゃないか。『おまえがおまえじゃなくなる』とは、どういう意味だろう」
「ソラが変わっちゃうなんて、いやだな……」

 自分も気になっていた言葉だったのでジミニーに同意したが、ソラは軽く笑うだけだった。

「俺が俺じゃなくなる? そんなこと、あると思うか?」
「いやいや、まさか! でも用心した方がいい」

 珍しく警告してくるジミニーへ、先頭を歩いていたグーフィーも頷いた。

「うん。このお城では、何が起きても不思議じゃないって気がするよ。このボウキャ──ボウキャキュ──」
「忘却の城!」
「そうそう、忘却の城」

 ドナルドの助け船できちんと名称が言えたことに、グーフィーはニッコリする。
 忘却の城の天井を見上げる。こんな高い天井、どこかで見たことがある気がして、やはりこんな真っ白な天井は知らないとも思う。
 早く出たいと考え続けている自分とは違い、ソラは「大丈夫だって」と、相変わらずの様子だ。

「どんな仕掛けがあったって、俺たちならなんとかなるよ」

 確かに、ソラはあのすごいアンセムさえ倒せたのだから大抵のことはどうにかできるだろうけど──。
 いまはとにかく情報が少なすぎた。短い沈黙の後、グーフィーが「そういえば」と指をたてる。

「前にもこんなふうに仕掛けだらけの不気味なお城を探検したよね」

 言われて思い出そうとしてみたが、全く心当たりがない。それぞれ腕を組んだり、ペタペタ足を鳴らしたり、首を傾げたりする。

「そうだっけ?」
「初めてじゃない?」
「おぼえてないなあ──なんてお城?」

 ソラ、自分、ドナルドから口々に言われ、記録係のジミニーからも応答なし。グーフィーは珍しく表情を曇らせて、考え込んだ。

「えーと、たしか。そのゥ、ホロ──ホロウ──ごめん、思い出せないや」

 グーフィーが何かを忘れてしまうことはたまにあることなので、またそれだろうと思った。

「グーフィーったら。ホロホロウ城なんて行ってないでしょ?」
「しょうがないなあ!」

 ドナルドと共にくすっと笑い、ソラも眉を下げた。

「グーフィーの勘違いじゃないか?」
「そうなのかなあ」

 グーフィーにしては珍しく説明を受けても納得がいっていない様子だったが、その話はそこでいったん終わりとなった。




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