足元をふらつかせた彼をサポートするため、ヴェントゥスは少年に向けてブリザドを放った。不安定な体勢、加えて死角からの攻撃なのに、少年はいともたやすく避けてしまう。1対1で戦ったときより強く、二人がかりでも劣勢だった。
 流れてきた汗を乱暴に拭う。少年はあんな暑苦しい仮面をつけているというのに、息一つ乱していない。

「まだ戦えるかい?」

 上がった息を整えながら、彼が話しかけてくる。お互い、疲れを隠せないほどに消耗していた。

「ああ。まだいけるよ」
「彼は強い。このままだと、僕たちは負けてしまうかもしれない」
「うん……だけど、負けられない」

 そう答えると、彼がニコリと笑顔を見せた。

「僕にとっておきの魔法があるんだ。でも、一人じゃ力が足りない」
「それなら、俺も手伝うよ」
「ありがとう。準備に少し時間がかかるから、僕が合図するまで彼を引き付けておいてくれるかい?」
「わかった。やってみるよ」

 早速、彼が魔法の詠唱を開始した。輝く力が彼を中心に集まってくる。光の究極魔法、ホーリーだ。

「させるか」

 ホーリーに気づいた少年が彼に向かって走りだした。少年の前に立ちふさがると、邪魔だとばかりにキーブレードで斬りかかられる。今までで一番重い一撃を受けきれず後方へ弾かれたが、咄嗟に唱えたエアロで少年も後ろへ吹き飛ばしてやった。少年が空中で体を捻って見事に着地したときには、彼のホーリーの準備が完了していた。

「今だ。力を合わせよう!」
――光よ!!」

 彼の声に従って、側に駆け寄りキーブレードを少年の方へ向ける。同調した彼の魔力が体を巡るように流れてきて、自分と彼のキーブレードから眩しい光の奔流が迸り、辺り一面を包み込んだ。










 ホーリーの光が収まったとき、少年は地面に倒れていた。最初は警戒していたが、少年は身動き一つしない。気絶してしまったのだろうか。

「ヴェン!」
「あっ、フィリア!」

 キーブレードを仕舞ったとき、フィリアがやってきた。駆け寄って怪我の具合を確認すると、出血と火傷だけは治したらしい。小さくて華奢な体に、痛々しい傷はまだまだたくさん残っていた。

「歩いて大丈夫なのか?」
「もう平気、問題ないよ。ねぇ、あの子は――

 フィリアが少年の方を見た途端、突然少年が足を上げ、反動だけで立ち上がった。

「あ……!」

 慌ててフィリアを背に隠し、彼とともにキーブレードを構え直すが、もう少年から闘気は感じなかった。ただ、黒い仮面の中からじっとこちらを見つめてくる。背後にいるフィリアが、怯えたように息を飲みこむのがわかった。

「……まぁいい」

 少年の背後に闇の回廊が現れる。

「もう少し様子を見てやるよ……」

 そのまま闇に飲まれるように、少年は闇の回廊ごと消えていった。今度こそ、キーブレードから手を離す。

「なんなんだ、あいつ」

 結局、テラのことも少年の正体も不明のまま。わかったことは、あの少年もキーブレード使いだということと、とても強いということだけだ。また現れるようなことを言っていたが、一体何が目的なのだろうか。
 ヴェントゥスが考えこんでいると、背に温かな何かがそっと触れてきた。頭だけで後ろを見ると、フィリアがヴェントゥスの背に額を押し付けている。

「フィリア、どうしたんだ?」
「ごめん……少しだけこのままでいて……」
「…………」

 少年がいなくなって、緊張が解けたのだろうか。フィリアは、微かに震えていた。
 自分が気絶している間に、大怪我を負わせてしまった。守ると決めたはずが、逆に守られてしまうなんて――もっと、もっと強くならなくては。

「あっ」

 背にあった温もりがパッと離れる。どうしたのか思えば、横で彼が微笑んでいた。フィリアの顔がみるみるうちに赤くなって、なんだかこちらまで照れてしまう。……そういえば、先ほどの礼すらまだだった。

「さっきは助かった。ありがとう。俺、ヴェントゥス」
「助けてくれて、本当にありがとう。私はフィリア。あの、今のは、えっと……」
「わかってる。僕は何も見なかった」

 林檎のように頬を染めて弁解しようとするフィリアに、彼が茶目っ気たっぷりにウインクする。その手にある不思議な武器に、自然と目が惹きつけられた。

「それは、キーブレードだよね?」
「うん。イェン・シッドさまのもとで修行中なんだ」

 鈴のような音とともに、彼の手にあったキーブレードが光になる。

「そこで世界の異変を知って、マスターには無断で飛び出してきたんだ」
「君も飛び出して来たのか。俺たちと同じだ」

 親近感が沸き三人で小さく笑い合うと、彼はポケットから掌ほどの石を取り出した。半透明な星の形をしたもので、ぼんやりと光を放っている。

「この星のカケラがあれば、思った場所へ行けるはず!……と思ったんだけど、自由にはいかないみたいでね。いつ、どこに、どんなタイミングで飛ぶのかわからないんだ」

 フィリアが興味津々といった様子で、彼の星のカケラを覗き込んだ。

「いきなり別の世界に飛ぶなんて、不思議だね」
「大変だよ。ご飯のときとか、お風呂のときとか」
「制御できないのか……」

 「それは扱いにくそうだ」と思っていると、彼が続けた。

「でも、そのおかげで二人に会えた。気まぐれに飛び越えるわけじゃなくて、何かに反応しているのかもしれないね」
「それじゃあ、星のカケラにもお礼を言わなくちゃ――えっ?」

 フィリアの言葉の途中で、星のカケラがキラリと光る。思わず三人で顔を寄せてそれを見ると、星のカケラからホーリーのような強い光が放たれて、視界が真っ白になってしまった。




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