トラヴァースタウンの中を、ソラにひっついて進んでゆく。
いまは3番街の広場にいた。
幻とか言う割に、当たり前のようにハートレスは出てくるし、いつものようによく自分を狙ってくるのに満足に戦えない体になってしまったため、技も魔法も忘れてしまったソラへ多大な負担をかけていた。
「イテテ……」
「ごめんね、ソラ。私、力になれないどころか、むしろ……」
「気にするなって! フィリアにはカードが使えないみたいだし」
ケアルすらかけてあげることができず、いまソラにしてあげられることは、ハンカチで彼の頬についた汚れをぬぐうことだけ。なんと歯がゆい。
「だけど、やっぱり、ひとりってちょっときついな……」
疲れ切った様子で呟いたソラの背後に、突然ドナルドとグーフィーが出現する。気づいたソラは赤面し、慌てて二人に言った。
「うわっ!? いきいなり出てくるなよ!」
一方、ドナルドは呆れ顔だ。
「そんなこと言われても、僕たちにも、何がなんだか──」
「アッヒョ?」
グーフィーが彼特有の声をあげる。彼の視線、自分たちの背後に、先ほどまではいなかった、見覚えのある大きな犬が一匹、ちょこんとお座りしている。
「プルート!?」
ソラに名前を呼ばれて嬉しかったのか、プルートは尻尾を振って寄ってきた。可愛いので手を伸ばすと、自ら撫でられるように掌へ頭を摺り寄せてくる。
「かわいい……」
プルートの毛並みは想像以上にふわふわで、あたたかかった。プルートとじゃれている間、ソラと一緒に驚いていたドナルドがグワグワ話し始める。
「グワっ!? 変だよ! どうしてプルートがここに?」
「変じゃないよ。僕らはプルートと一緒にトラヴァースタウンに来たんだから」
「そうだっけ?」
グーフィーの発言にドナルドが納得しかけて、ジミニーがメモを片手に「違う違う!」と反論する。
「私の記録によると、プルートと一緒に街を訪れたのは、ソラに会う前の話だぞ!」
「グワっ! そうだよ! 僕たちは、プルートを追いかけてるうちに、忘却の城に来たんじゃないか!」
あれ。あぁ、そうだった──。
つい最近のことなのに、すぐに思い出せなかったことに違和感を覚える。全てが幻ならば、撫でられて喜び、ぺろぺろしてくるプルートは本物なのか? 幻なのか?
グーフィーが首をかしげる。
「でも、ここはトラヴァースタウンだよね?」
「いやいや、現実のトラヴァースタウンとは違うようだ。忘却の城の中にカードの力で生み出されたトラヴァースタウンらしい!」
ジミニーの言葉に、ソラが首を横にふる。
「あ〜っ! 頭がこんがらがる! もうどっちでもいいよ!」
複雑だけれど、大事なことだからどっちでもいいわけがない。けれどソラの気持ちも分かる。見た目も感触も匂いですら現実とちっとも違わないものを幻と言われても、にわかに信じがたい。
ソラは自信満々に言った。
「ここがどこだか、よくわからないけど、ハートレスをやっつけて前に進めば、なんとかなるって!」
「そんな甘い考えだと、すぐにハートレスにやられるぞ」
低くて、ちょっとぶっきらぼう。なつかしい声にソラの目が輝く。
「レオンじゃないか!」
高い背丈、茶色の長髪、顔の中心に傷があり、リボルバーのついた長い剣を持った男──レオンが立っていた。
「なんでレオンが忘却の城にいるんだ?」
ソラの質問に、レオンは眉根を寄せた。
「忘却の……城? なんのことだ。ここはトラヴァースタウンだ。だいたい、なぜ俺の名前を知っている。おまえ……誰だ?」
彼の衝撃的なひと言に、みんな動きが固まった。
まさか別人? けれどトラヴァースタウンのレオンはこのレオンひとりのはずだし……。けれど、確かにこのレオンには違和感はある。何度も会っているうちに、レオンはもっと優しい目でソラを見るようになっていたから。
「おまえたちと会うのは、初めてのはずだ」
「なに言ってるんだよ!俺たち、力を合わせてハートレスと戦ったじゃないか」
ソラが訴えるも、レオンは「はぁ?」と更に困惑顔で一歩下がった。
「悪いが、おまえと一緒に戦ったおぼえはない。だいたい俺はおまえたちの名前すら知らないんだ」
ソラはかわいそうに涙目になってしまった。グーフィーが問う。
「名前もわからないの?」
「……悪いな」
レオンはついにこちらに背を向けてしまった。
自分もショックだったが、一番レオンと仲良くしていたソラはひときわしょんぼりしてしまったので、彼に寄り添うことにした。まるで捨てられた仔犬のよう。
「なんだよ……俺のこと、忘れちゃったのかよ……」
「気の毒だが、人違いだろう。よくあることさ。そう気を落とすな、ソラ」
「えっ……」
みんなでいっせいにレオンを見上げる。ソラの涙もひっこんだ。
「いま『ソラ』って呼んだ!」
「な……どういうことだ。なんでおまえの名前を知ってるんだ、俺は!?」
ドナルドに指摘されたレオンは改めてこちらを見て、己の頭を押さえて戸惑っていた。
「忘れたふりをしていたのかな?」
「ちょっといじわるだよね。ソラ、傷ついてたし」
「レオンさん、ひどいです」
「そんなつもりは……。ドナルド、グーフィー、フィリアもからかうのは──」
次々と名前を呼ばれ、ドナルドが「あ!」と目を吊り上げる。知らないなんて、やはり嘘──と思いきや、レオン本人は頭を抱えていた。
「おかしい……俺の記憶はどうなっている。いったい何が起こっているんだ」
「よくわかんないけど、エアリスのカンがあたったってことじゃない?」
あっけらかんと笑う少女の声。気がつけば側にユフィが来ていて、みんなの視線に「や!」と笑顔を返してきた。彼女はレオンに言う。
「エアリスが言ってたでしょ。『不思議な力を感じたから調べてくれ』って。きっとこのことだったんだよ。ソラたちをエアリスのところに連れてったら?」
ユフィはレオンと違い、こちらに対してもいつもと同じ調子である。ソラが声をかけた。
「ユフィは俺の名前、わかるんだな」
「あ! そっちもあたしの名前、わかるんだね」
期待外れの回答に、またソラがしょんぼりする。レオンが意外そうにユフィを見た。
「知り合いか?」
「ううん、初めて会うはずだよ。でも、なぜか名前がわかるんだ。不思議だけど、便利なんだから気にしなくていいんじゃない?」
レオンは先ほどよりも苦悩し、もっと頭を抱えてしまった。
「なぜ、この状況をあっさり受け入れられるんだ……? 理解不能だ……」
「じゃ、あたしは先に行ってエアリスに知らせとくよ。レオンはソラたちを案内して。よろしくね〜」
マイペースに手を振って行ってしまうユフィ。プルートも尻尾を振って彼女と共に行ってしまった。みんなで顔を見合わせて、レオンが落ち着くまで彼を待った。
しばらくの後、レオンは頭痛がするような表情で、それでもなんとか復活した。
「悩んでも仕方ない。俺についてきてくれ。ただ、街にはハートレスがうろついていて危険だ。自分の身を守れるように戦いのコツを教えておこう」
そうして、レオンによるソラへのちょっとした戦闘指導の後、以前も集合場所に指定された3番街の小屋へ向かうことになった。小屋の中ではエアリスとユフィとプルートが待ちわびていた。
エアリスはいつも通りの表情でこちらを見つめたまま、なかなか何も言ってくれないので、おずおずとソラがきりだす。
「エアリスも、俺のこと忘れちゃってるのか?」
「『初めまして』なのか『久しぶり』なのか、私の記憶、とまどってる。会ったこと、ないはずなのに。ソラのこと、なつかしく思う」
「そうそう! だから初対面なのに名前がわかっても、不思議って気がしないんだよね」
エアリスの横でユフィがケラケラ笑う。レオンは深刻な表情で眉間をもんでいた。
ソラは諦めずに訴えた。
「初対面って……俺たち、みんなでハートレスと戦ったじゃないか」
「ああ、そんな気もするが……思い出せないんだ」
「じゃあ、俺に言ってくれた言葉も思い出せないのか?」
ソラがレオンを見つめる。レオンもソラを見つめる。
「ホロウバスティオンで、カギ穴を閉じる時にさ。『もし会えなくなったとしても──』」
「……なにもかも忘れるわけじゃない」
「ほら、おぼえてる!」
ソラは喜んだが、レオンの顔色はまた一段と悪くなった。その様子は、お酒を飲みすぎてその夜のことをすっかり忘れ、翌朝奥さんに叱られていた村長さんと似ていた。
挙手制の会議でもないのに、ユフィがハイハイと手をあげる。
「あたしも聞きおぼえあるよ。うん、確かにレオンがそう言ってた!」
「何かの偶然……ではないな。ここまでくると」
頑なに疑っていたレオンがようやく信じてくれたようだ。エアリスがちょっと微笑む。
「私にも、記憶ないんだ。でも……おぼえてる。そう、ソラの心がおぼえてる」
「俺の……心?」
どういう意味なのかわからず、みんなでエアリスの言葉を待つ。彼女は慎重に言葉を選んでいるようだ。
「私たち、ソラを知らないけれど、ソラの心に、私たちの記憶がある。ソラの記憶が、私たちの心にひびいてきて……知らないはずのことわかるんだと思う」
「ソラの記憶が、俺たちの記憶に影響しているのか?」
「ソラの記憶、とても強い力を持ってるみたい」
レオンの質問に、エアリスが答える。ソラがハッと顔を上げた。
「そういえば、あいつが言ってた……ここは俺の記憶から生み出された幻の街だって」
「……そして、この街のどこかにソラの大切な人がいる?」
「……ああ、そっかエアリスの心には、俺の記憶が響くからわかっちゃうんだな。うん、この街……っていうか、忘却の城のどこかに、友だちがいるらしいんだ」
はぁ〜? と声をあげたのはユフィ。
「忘却の城? なにそれ? この街に城なんてないよ」
「そういうわけじゃなくてさ」
「まだソラ自身、よくわかってない。そうだよね?」
ソラはエアリスに「うん」と頷いた。
「うん。俺たち、ここに来たばっかだからさ。あちこち調べてみたいんだ」
「なら、街を歩き回ってみるといい。ハートレスがいるが、おまえなら大丈夫だろう」
ソラはレオンへニヤッと笑った。
「俺の実力、思い出した?」
「思い出したわけじゃないが、信じてみたい気分になった。……そういうことだ」
なーんだ。やっぱりちょっと気落ちした様子で、それでもソラは元気に2番街へとくりだした。
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