自分がこの少年に敵うはずがないことは、戦う前から分かっていた。
 フィリアはリフレクを唱えながら、漆黒の雷の前に飛び込んだ。すぐに全身を襲う激しい衝撃。黒い電撃はリフレクの壁を貫通して弾け散り、フィリアの体に降り注いだ。痺れと焼けつく痛みに立っていられず、地面に倒れこむ。

「……あっ……く、ヴェンは……」

 腕で保護した瞳だけを動かしてヴェントゥスを見ると、雷からは守れたようだ。安堵から意識を手放しそうになるが、それを堪える。

「だ、め……立たなきゃ……」

 今立たなければ、ヴェントゥスが消されてしまう。歯を食いしばってもがいていると、いつの間にか近づいていた気配に気付かなかった。いきなり腕を捕まれて、後ろに捻り上げられる。激痛に、たまらず悲鳴をあげていた。

「うあぁあ……っ!」
「よくあの前に飛び出せたな。そんなにヴェントゥスを守りたいのか」
「そんなの、当たり前……つぅ!」

 答えている途中で腕を締めてくる力が強まった。あまりの痛みに集中できず、魔法で反撃すらできない。

「いた、い……離して……!」
「情けないな。もっと抵抗してみせろ」

 耳元で笑われ精一杯抗うも、少年のたった一本の腕すら振りほどけない。己の無力が歯がゆくて、悔しかった。
 そうこうしているうちに、少年のキーブレードが再びヴェントゥスに向けられる。

「やめて……! ヴェンを消さないで!」
「……」

 ピクリと少年の動きが止まるが、その代わりに腕を締める力が更に強まった。息が詰まり声を出すのも苦しいが、少しでも時間を稼がなければ――

「どうしてヴェンを消そうとするの? あのとき、君は私をヴェンに会わせてくれた。助けてくれたんじゃなかったの!?」
「俺がおまえを助けた、だと?」

 少年はゆっくり言葉を繰り返すと、今までの印象には不釣合いなほどの狂笑をあげた。狂気を孕んだ異様な哄笑に、もはや体の震えを抑えることができなくなる。
 少年が、低い笑いを続けながらこちらを向いた。

「俺がおまえをあの世界から出してやったのは、別におまえのためなんかじゃない」

 それでは、一体誰のために? 尋ねる前に、少年のキーブレードに黒い焔が点いた。

「やっ、やだ……お願い、やめて!」
「あいつの最期を、よぉく見ておくんだな」

 残酷なほどに優しくて穏やかな囁きとともに、先ほどの炎よりも強大な魔力を喰らい、闇色の炎はどんどん大きくなってゆく。

「あ、あ……! いやっ……逃げて、ヴェン、ヴェン!!」

 喉が枯れんばかりの大声で名を呼ぶが、ヴェントゥスは眠ったまま動かない。業火と化した黒炎が今度こそヴェントゥス目がけて放たれて、地面に触れ爆発した。










 轟音が治まり、爆風が荒野の風に流されて、炎が大地を舐めた焦げ跡だけが残された。
 ヴェントゥスが跡形もなく消えてしまい、フィリアは何も考えることができなかった。言葉も、涙も出てこない。未だ黒煙を上げつづけている地面を、ただ呆然と見つめていた。
 ――ヴェントゥスを、守れなかった。
 深い絶望と喪失感。頭の中で思考がぐるぐると渦巻いて、覚えているヴェントゥスの姿が浮かんでは消えていった。

「しっかりするんだ!」
「!」

 土煙が舞う中、聞き覚えのない声がする。そこには大きな黒い耳をもったネズミと、眠ったままのヴェントゥスがいた。彼は奇妙な武器を空に掲げ魔法を唱える。

「癒しよ!」
「…………う」

 仄かな光に癒されて、今度こそヴェントゥスが意識を取り戻した。それを確認すると、彼はこちら――自分の背後にいる少年のことを睨みつけた。

「なぜキーブレードを持っている? キーブレードは人を傷つける道具じゃない。僕が相手になる!」
「俺も一緒に。フィリアを放せ!」

 ヴェントゥスが立ちあがって、彼と一緒にキーブレードを逆手に構える。頷きあう二人を見て、少年が仮面の裏で失笑する声が聞こえた。

「……フン」
「あっ、う!」

 後ろから突き飛ばされ、受け身をとる暇もなく地面に倒れた。石と砂利に傷が擦れ、血が滲む。

「フィリアっ!!」
「君はまず彼女のところへ!」

 彼はそう言うと少年に向かっていった。二人の武器がぶつかり合う音と同時にヴェントゥスが駆け寄ってきて、横抱きにされる。全身に痛みが走り、堪えるように唇を噛んだ。

「んっ、く……」
「フィリア、少しだけ我慢して」

 戦っている二人から数メートル離れた場所にある大きな岩の前につくと、それに背を預けるようなかたちで降ろされた。傷だらけになった肌と黒く焦げた服を見て、ヴェントゥスが眉を寄せる。

「ひどい怪我だ……あいつにやられたのか」
「私じゃ、敵わなくって」

 苦し紛れに笑うはずが、こみ上げてくる想いで出来なかった。腕を伸ばし、ヴェントゥスの頬に触れる。温かな肌が愛しくて、嬉しかった。

「ヴェン……無事で、本当によかっ……」
「わっ!? 泣くなよ、フィリア」

 ヴェントゥスがおろおろとポケットを探り、ハンカチを差し出してくれた。持ち歩くのが面倒だといつも小さく折りたたむので、折り目がたくさんつけられている。

「ありがと……でも、汚しちゃう」
「そんなの、気にしなくていいよ」

 じれったく思ったのか、自分のハンカチを探る前に、ヴェントゥスがハンカチを手に握らせてきた。

「フィリア、俺――
「うわぁ!」
「あっ……」

 彼の悲鳴が聞こえてくる。どうやら苦戦しているようだ。
 ヴェントゥスが、キーブレードを出して立ち上がった。

「ここにいて」
「うん……気をつけて……」

 ヴェントゥスが二人の方へ駆け出してゆく。その後姿を見送りながら、フィリアはハンカチを握る力をそっと強めた。




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