アクアと山頂へたどり着いた時、少年――ヴェントゥスが地面に寝転がっていた。彼も、ここへ星を見に来たのだろうか。

「ヴェン!」

 さっそくいつもの愛称で呼びかけるも、ヴェントゥスはピクリとも動かない。彼らしからぬ反応に驚いて駆け寄ると、規則正しく胸を上下させながら、なんとも無防備に眠っていた。

「ヴェン、眠っていたのね」
「もう。びっくりした……」

 強いクセのある金色の短髪に、血色の良い柔らかそうな頬。整っているが、まだまだ幼さが抜けきれていない顔立ちは、眠っていると無表情な分、普段の天真爛漫さが感じられない。
 倒れているわけではなくて良かったと胸を撫で下ろしたが、季節は早春。暖かくなってはきたが、さすがに山頂の夜はまだ冷える。このまま本格的に寝入ってしまう前に、起こしてあげたほうがいいだろう。

「えいっ」
「……ん、ん?」

 見た目と違って柔らかな前髪ごと、指先でヴェントゥスの額をつついてみる。ちょん、とした刺激にヴェントゥスの眉根が鈍く寄り、長い睫毛がぱちぱち動いた。深海色の瞳がぼうっと開かれてゆく。

「…………うわっ!?」

 アクアと上から覗き込むと、ヴェントゥスはその宝石のような目をまんまるくして、うさぎのように跳ね起きた。
 ――あ、頭の後ろに違う方向へ跳ねる髪が。

「ヴェン、寝癖ついちゃってるよ」

 おかしくてアクアと笑い始めると、ヴェントゥスが不機嫌な顔をした。

「フィリア、アクア! 驚かせるなよ!」
「ヴェンが勝手に驚いたんでしょ? こんな所で寝てると、風邪ひくよ?」

 アクアが優しく注意すれば、ヴェントゥスは寝癖を直す手を止めて眉を下げた。

「夢、だったのかな」
「夢って?」
「俺、ここじゃないどこかで今日みたいな星空を見たんだ」

 笑顔が消え、口元が強ばる。
 この気持ちはよく知っている――――不安だ。
 アクアがヴェントゥスの頭を優しく、くしゃくしゃ撫で回した。

「うわっ?」
「私たちはずっと一緒だったでしょ」

 ね、とヴェントゥスから手を放しながらアクアが言う。
 ヴェントゥスは何か言いたげにアクアを見つめた後、こちらに視線を向けてきた。
 自分にとって、ヴェントゥスの一番好きな表情は笑った顔だ。

「うん、ずっと一緒」

 後押しするように頷けば、ヴェントゥスが「そうだよな」と微笑んだ。





★ ★ ★





 三人で山頂の崖に座り、星空を見上げていた。
 自分の左隣に腰掛けたフィリアは、流れ星を見つけるたびに歓声をあげる。

「ヴェンも、星を見に来たの?」

 瞳を輝かせている横顔を眺めていたら、突然フィリアがこちらを向いた。小首をかしげる仕草に合わせ、きれいな髪がさらさら揺れる。

「ああ。流れ星を追いかけたんだ」
「私も。一緒だね。……あっ、また流れ星!」
「えっ、どこ!?」
「ほら、あそこ!」

 フィリアの指す先を追うと、きらりと星が流れて消えた。

「もう消えちゃった……」

 寂しそうに呟いて、フィリアはまた次の流れ星を探し始める。自分も星空の海を探してみるが、なかなか新しい星は現れない。
 夜空と星――闇の中の光。どうして星は輝いて、その光はここにまで届くのだろう。今まで当たり前のことだと思っていたことが、よくよく考えてみると不思議だった。テラと一緒に何度も外の世界を旅したアクアならその答えを知っているだろうか。
 
「ねえアクア、星って何だろ? 光って何?」
「うーん、星は」
「星のひとつひとつが世界だ」

 アクアの言葉を継いで、背後からよく知っている声がした。振り向けば、やはりテラ。
 りりしい顔立ちに、清潔感のある爽やかな笑顔。後ろへ逆立てられた茶色の髪は、毎朝きっちりセットされている。常に己に厳しく一本気な彼は、課せられたトレーニングを軽々と三倍こなし、その長躯に合う鍛え抜かれた筋肉相手に、力比べで勝てたことはまだ一度もない。

「テラ!」

 三人いっしょに名を呼ぶと、テラは微笑みながら言葉を続けた。

「この世界の外には俺たちの知らない世界がこんなにもある。光はその世界の心の輝きで、俺たちを照らしてくれるんじゃないかな」
「光が世界の心の輝きって?」

 フィリアが困った顔でこちらを見るが、自分にもわからない。

「それってどういう事?」

 すると、テラが肩をすくめてみせた。

「要するに、ヴェンとフィリアみたいなもんさ」
「何だよそれ?」
「もっとわからないよ」

 フィリアと更に問うも、テラは「これ以上は自分で考えるんだ」と笑うだけ。

「二人にもそのうちわかるさ」
「今知りたい!」
「私も。教えて、テラ」

 はっきりと教えてくれないテラに立ち上がって詰め寄るが、テラは首を横に振る。

「今はまだわからないよ」
「また子ども扱いか?」

 テラとアクアがたまにする、こういうところは不満だった。たった二、三年の年齢差しかないというのに、仲間はずれにされたような気持ちになる。

「いつになったらわかるの?」
「そうだな。フィリアが苦手なキノコを食べられるようになったらわかるかもな」
「うぅ……いじわる」

 フィリアが頬を膨らませると、テラが笑いながらフィリアの頭を撫でた。
 こうなったら絶対に教えてもらおうと、もう一歩テラに近寄った時だった。後ろでずっと黙っていたアクアがいきなり笑い出したのだ。

「アクア、何笑ってるんだよ?」

 肩眉を上げたテラが訊ねるが、アクアの笑い声は収まらない。

「だって、あなたたち、まるで兄弟みたい!」

 兄弟みたい……?
 アクアがどんな意味で言ったのかはわからない。けれど、なんだか嬉しかった。
 テラが笑い、フィリアも笑い出す。いつしか自分も笑っていて、四人全員で笑い合った。




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