そこは荒野の世界だった。
 人や建物、動物さえも、生命を感じるものが何一つ見当たらない。この世界に来ているはずの、あの少年も見つからなかった。
 とりあえずフィリアたちは適当な場所に、鎧を解除しながら着地する。乾いた風が顔に吹きかけてきて、目を細めた。

「……どこへ行った?」

 誘っておいて姿を現さない少年に腹をたて、ヴェントゥスが苛立った声をあげた。あの少年はテラに関する重要な何かを知っている。そして、その秘密を餌に自分たちを振り回しているのだ。簡単に聞きだせるとは思えない――嫌な予感がしていた。
 冷たい視線に悪寒が走る。ぎくりとして振り向くと、あの少年が黙ってこちらを見つめていた。

「ヴェン、後ろ!」

 ヴェントゥスに駆け寄りながら後ろを指すと、同じように少年に気づいていたヴェントゥスが少年に向かって言った。

「おまえ!『テラがテラでなくなる』ってどういう意味だ!」
「言葉どおりの意味だ。テラという存在が消えるんだよ」
「テラが消えるわけないだろっ!!」
「ヴェン、だめだよ。落ち着いて……!」

 とっさにヴェントゥスの左腕を両手で掴んだ。彼の言葉は、質問の答えではなく挑発だ。
 ヴェントゥスが不満そうな顔でこちらを見た。

「フィリアは平気なのか? テラのことをあんなふうに言われて、黙っていられるわけないだろう!?」
「私だって! でも、このままじゃ……」

 自分だって、この少年に怒りを感じている。しかし、だからこそ、彼の思惑に乗ってはいけない。とにかく落ち着いてほしいと首を振って訴えるが、ヴェントゥスの怒りは治まらなかった。

「テラのことをよく知りもしないのに、どうしてそんなことを言うんだ!」
「すぐにわかる……」

 静かに、少年が右腕を差し出した。その手に闇が溢れ、鍵のような剣が現れる。

「キーブレード!?」

 ソレは歯車のような刃に鎖がぐるぐると巻きついていて、禍々しい目玉のような装飾がされていた。彼も、キーブレード使い……今まで見たことがない雰囲気のキーブレードに思わず見入ってしまっていると、掴んでいたヴェントゥスの腕がするりと両手から逃れていった。

「ヴェン――
「フィリア、下がってて」

 呼び止めるも空しく、ヴェントゥスの手元が輝きキーブレードが現れる。同時に、少年がキーブレードを頭の高さに持ち構えた。

「おまえの力、見せてくれよ……」

 少年の低い囁きを合図にして――二人の戦いが始まってしまった。





★ ★ ★





 期待以下。ヴァニタスにとって、それはそんな言葉しか浮かばない戦闘だった。
 ヴェントゥスのキーブレードを避けて斬りかえすと、ヴェントゥスが掠めた痛みに小さく呻く。戦闘を開始してからまだ数分、この程度で息切れしているヴェントゥスを見て、あまりの結果に落胆する。

「ヴェン……!」

 ヴェントゥスに苦痛を与える度に、小さくあがる女の悲鳴。ヴェントゥスに言われたとおりに邪魔をせず下がっているフィリアを見やると、泣き出しそうな顔でヴェントゥスを見つめていた。暗い考えが頭を過る。
 そろそろ終わらせてやろうと放った突進斬りを、ヴェントゥスが転がって避けた。まぐれではなく、見切られた。さすがに、そこまで愚鈍ではないようだ。自分の背後に回ったヴェントゥスが渾身の力で斬りかかろうとしているのがわかったが――回避も防御も必要ない。 

「えっ!?」

 確かに自分を捉えていたキーブレードが空を斬り、ヴェントゥスはポカンと立ちすくした。その頭上に繋げた闇の回廊から、無防備な姿を狙う。

「な――!?」
「遅い」

 ギリギリで気づいたヴェントゥスが、キーブレードで防御した。なかなかいい反応だったが、続けざまに放ったもう一撃には耐えきれず、弾き飛んで地面に倒れた。

「まだその程度か。使えないな」
「ヴェン!!」

 起きあがらないヴェントゥスにフィリアが駆け寄る。まだ致命傷は与えてない。ただ気絶しているだけだろう。
 怪我の具合を確認し、フィリアがケアルラを唱え始めた。淡い緑の光に包まれてヴェントゥスの傷が癒えてゆく。その光景に、濁ったような、黒い気持ちが胸の奥底から湧き上がってくる。
 踏み出すと砂利が鳴った。そのわずかな音に反応して、フィリアが肩を跳ね上がらせた。

「来ないで!」

 気絶しているヴェントゥスを背に隠し、フィリアがこちらを振り向いた。言葉は強いが、声も体も震えている……よい傾向といえるだろう。

「震えているな。俺が怖いか?」
「う…………」

 からかうように指摘すると、フィリアが震えを抑えるように拳を強く握り締める。

「君は何者? どうしてこんな――
「そんなこと、聞いている余裕があるのか?」

 質問を遮って、キーブレードの切先を向けた。挑発に乗らないなら、そうせざるをえない状況に追い詰めるまで。

「どうする? このままだと俺は、そいつを消すぞ」
「……!」

 フィリアの表情が凍りつく。更に追いたてるようにフィリアの方へ歩き出せば、ようやく覚悟した目つきになった。

――雷よ!」

 飛んできたサンダラを横に避ける。初級魔法にしては申し分のない威力だが、魔力の溜めに注意をとられすぎている。緊張のためか、ぎこちなさを消しきれない動きなど先読みするのは容易かった。

「く――炎よ!」

 次は、ファイラが弛めのカーブを描きながら飛んでくる。両手ほどの赤い炎は、キーブレードで切り裂くと簡単に空気に溶けた。

「炎か」

 懐かしさを感じながら、お返しにこちらからファイガを放つ。闇を宿す炎はフィリアに向かってゆっくり飛んで、勢いよく五つに弾けた。

「きゃっ……!?」

 フィリアは驚きながらも、とっさに光の壁――リフレクで身を守ったようだ。魔法同士が衝突しあい、消滅しあう。

「そんな……ファイアが途中で弾けるなんて……」

 消えゆくリフレクの光の中で愕然と呟き、フィリアがヴェントゥスに視線を送る。大方、ヴェントゥスが目覚めるまでの時間稼ぎのつもりだったのだろう――あぁ、とても気に入らない。

「……マスターに背くことになるが、いいだろう」
「え……?」
「おまえに、魔法を確実に当てる方法を教えてやるよ」

 言いながら、キーブレードに魔力を集めた。分かりやすいように、キーブレードを倒れたままのヴェントゥスに向ける。

「まさか――!」
「じゃあな。おまえの役目はここまでだ」

 フィリアが顔を青くしてヴェントゥスの方へ走り出した。間に合おうが、間に合わなかろうがどちらでもいい。キーブレードを薙ぐように振るうと、宿らせていた黒い雷が二人に向かって襲いかかった。




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