夜のロンドンの街の上空を飛び、想像したこともないほど立派な時計塔にたどり着く。大時計に備えつけられた通路でウェンディが待っていた。
彼女に事のいきさつをおおまかに話すと、彼女は「そう」と眉を下げる。
「カイリには会えなかったのね……でもあきらめないでね、ソラ」
「ああ」
ウェンディは目を細めて「見て!」とロンドンの街並みを指した。
「すてきなながめでしょう。この時計台のおかげで、街のどこにいても時間がわかるの。でも4つの時計のうちひとつだけ、ずれているの。みんな困ってるだろうな……ずれた時計は、針をたたけば直ると思うの」
彼女の願いを叶えてやったら、なんとずれていた時計の文字盤から鍵穴が出現した。まるでこの世界が鍵穴を見つけてほしくて、時間をずらして待っていたかのよう。使命に従い、キーブレードを向けて鍵穴を封印した。
ピーターパンたちと別れ、ひとり分の空席が寒々しいグミシップの中で、次の世界が見つからないとチップたちから報告を聞いていた。
ドナルドがポケットからナビグミのカケラをふたつ取り出す。
「ナビグミのかけらも見つかったし、一度タウンにもどろうよ」
「シドのところにもっていって、グミシップにセットしなきゃな」
頷いて、ワープドライブを起動させ一瞬でトラヴァースタウンに戻ってきた。
アクセサリー屋の裏に立っていたシドは、こちらに気づくとパッと笑ったが、ひとり足りないことに首をかしげる。
「フィリアは具合でも悪くして休んでるのか?」
「いや、そうじゃないんだけど……それよりも、またコレを頼むよ」
ナビグミのカケラを渡すと、シドはすぐにそちらに夢中になった。
「お、どうやら二つそろったようだな。どら、よこしな。よし、ちょいと待ってな。チャチャッと取り付けてくるぜ」
グミシップへ向かうシドを見送りながら、トラヴァースタウンのどこか愁いを帯びた喧騒を眺める。
「ソラが、必要としてくれるなら……」
彼女は頬を染めて、恥ずかしそうだけど、とても嬉しそうに微笑みながら──
「私でよければ、ソラをひとりにしないように、側にいるね」
前にこの世界を訪れたとき、そう言ってくれた。
とても嬉しかったのに──別れ際の涙が脳裏にこびりつき、忘れられない。
「ソラ!」
「最初の約束を忘れたのかい。怖い顔やさみしい顔はダメだってば」
ドナルドとグーフィーが顔を覗き込んでくる。もちろん覚えているけれど、無理だ。悲しくてとてもできない。
「フィリアは、どうしてリクと行っちゃったんだろう」
嫌われることはしていないはず。だとしたら、リクとふたりきりの時に何を言われたのだろう。辛そうに泣きながら、それでもリクと行った理由が分からない。
「ふぅむ、なにか人に言えない悩みでも抱えていたのだろうか」
ジミニーが手がかりがないかとメモを見返し始める。
グーフィーも悲しそうな表情をしたが、またすぐに笑顔を浮かべて言った。
「フィリアはホロウバスティオンにいるんでしょ。僕たちも行って理由を聞いてみようよ」
ドナルドもそれにウンウン頷く。
「そうそう。会いに行こう!」
「……まだ、どこにいるか分からない人もいるだろ」
ケロッとしてるふたりがちょっと恨めしくて、普段話題にしない人物を引っ張り出す。
「ドナルドは不安じゃないのか? 王様の手がかりも見つからないし──心配だろ?」
「ううん、全然」
王様の手がかりを見つける度に目の色を変えるくせに、ドナルドは驚くほど落ち着いていた。グーフィーもいつものように笑う。
「王様は『カギを持つ者と一緒に行動せよ』って言ったんだ。だからソラと一緒に行けばかならず王様に会える! そう信じてるからだいじょうぶさ」
「信じる、か──」
ピーターパンとウェンディたちから教えてもらった、信じることの大切さを思い出す。
「うん、信じてる」
目を閉じた時、カイリの声が聞こえた気がして、意識が飛んでゆく。
どこかの世界の、膨大な本を所蔵する図書館の中だった。どこかで見たことがあるような幼い女の子が椅子に腰かけた老婆へ駆け寄っている。
ここは──?
不思議な体験に理解がおいつかないまま、女の子にねだられて老婆が昔ばなしを語り始めるのを一緒に聞いた。
昔、人々は光のもと平和に暮らしていた。
やがて人々は光を欲し始め、こころに闇が生まれ、奪い合い、争い始めた。
闇は広がり、やがてたくさんのこころと光をのみこみ、最後は全てが消え去ったかと思われたが、わずかに小さな光のかけらが残っていて、その力で世界は作り直された。
けれど世界はバラバラになったまま。
老婆は女の子の赤髪を、それはもう愛おしそうに優しく撫でた。
「だけど、いつの日かきっと闇の奥につづく扉が開いて光が帰ってくるはずさ。いいかい、もし闇に飲みこまれても、闇の奥にはかならず光があって、おまえを助けてくれるんだ。だから闇に負けてはいけないよ。闇の奥の光を信じていれば、おまえの心が闇を照らす光になって、みんなを幸せにしてあげられるんだよ」
微笑みあうふたり。
「わかったね、カイリ」
カイリ!?
そうだ、彼女は自分と出会ったばかりの頃のカイリと同じ──。
思わず手を伸ばすが、届くはずもなく。
「あれ?」
パッと目を開いたときには、目の前に仲間たちのポカンとした顔があった。
「どうしたの?」
自分でも理解できない体験だったため、グーフィーの問いに慌てて「ううん、なんでもない」と曖昧に笑う。
「カイリ、俺を呼んだのか?」
カイリはリクたちと共にホロウバスティオンにいるはずなのに、まるで近くにいるような感覚だった。
その後シドが戻ってくると、いつもはハイテンションでグミシップの機能の説明を始めるのに、今回は神妙な顔つきをしていた。
「ナビゲーショングミは取り付けといたぜ……でもよ。あそこはもう、ハートレスのすみかになってるはずだ。行くなとは言わねぇが、気をつけてな」
妙な口ぶりが気になったが、シドから「このグミも持っていけ。これもやる。あとこれは非常食だ。腹が減ったら食べな」などと餞別を山ほどもらい、質問のタイミングを逃したのだった。
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