自分の影は思ったよりも手強くて苦戦を強いられた。
 まさかフィリアがこちらと別れリクと一緒に行ってしまうなんて全く思っていなかったし、ちゃんとカイリにも会えなかった。もう頭の中がめちゃくちゃで、気持ちもぐちゃぐちゃにかき乱されている──それでも前に進むしかない。
 影を取り戻した後は、もうひとつの隠し階段の先で気絶したウェンディを見つけたので、彼女を逃がすためピーターパンが離脱した。ティンカーベルはウェンディを助けようとするピーターパンに文句をつけたのか「邪魔をするな」と叱られて、彼とは別方向へ飛んでいった。
 グミシップを取り戻すため甲板へ。そこではフックたちがハートレスを従えて、厭らしい笑顔で待ちわびていた。

「小僧の親友は冷たいやつだな。お嬢さんたちを連れてさっさと消えちまった」

 普段はこんな煽り言葉なんて気にしなかったが、いまは冷静さなんて保っていられなかった。

「どこだ! リクはどこに行った!」
「廃墟ホロウバスティオン。今は魔女マレフィセントの城さ。ま、おまえたちにはたどりつけないがね」

 そしてランタンに捕らえたティンカーベルを見せつけてくる。彼女を救いたければキーブレードを差し出すか、クロコダイルのいる海へ飛び降りろと要求された。
 クロコダイルに恐れおののいてフックは船長室へ戻っていったが、スミーが脅し役を引き継いでなおもこちらへ選択を迫ってくる。
 キーブレードは自分以外の人間は持てないし、ティンカーベルを見捨てるわけにもいかない。仲間たちと顔を見合わせた後、仕方なく船から海の上へ伸ばされた薄っぺらい木の板に足を乗せた。
 クロコダイルが大口を開けて待っている。解決策が浮かばぬまま空を仰いだとき、囁きが聞こえた。

「飛べ、ソラ! 信じるんだ。君は飛べる!」

 彼を信じ、自分を信じた。目を瞑って飛び降りると、重力に従って落ちていたはずの体がまるで羽のように軽くなって、気がついたときには飛んでいた。
 ポカンと口を開けっぱなしのスミーの手から素早くランタンが奪い取られる。彼がランタンを失ったと気づいた時には、すでにピーターパンはティンカーベルを解放していた。
 
「ピーターパン!」

 もう戻ってこないと思っていたのに。ピーターパンがウインクした。

「君はティンクのこと、見捨てなかった。その君を見捨てるわけにはいかないだろ?」

 ドナルドとグーフィーも安堵の表情で駆け寄ってくる。ハートレスたちが、ガチャガチャ剣を構え始めた。ドナルドとグーフィーに、ピーターパンもいる。俄然、闘気がわいてきた。

「ひとり残らずやっつけてやる!」





 ハートレスを倒した後も、フックは聞こえてないのか船長室から出てこなかった。乗り込んで倒してやろうとしたら、ピーターパンが「それよりもいい考えがある」とニヤッとする。
 ピーターパンはスミーの声真似をしてフックを甲板へ誘い出し、手下が誰もいない甲板を見回すフックの尻を短剣でチョンと刺した。お尻を抱えて飛び上がるフックの驚きようといったら見ものだった。

「ピ、ピーターパン! 貴様──!」
「全員海に投げ込みましたよ、船長。残るはフック船長、おまえだけだ!」

 先ほどの怯えはどこへやら。フックは真っ赤な顔を引き締めると、レイピアを構え襲いかかってきた。





 フックは、さすが荒くれどもとハートレスを束ねているだけはあって強敵だった。今までマレフィセントの手下は魔法使いばかりだったから、大人と剣で戦うのはクラウドとコロシアムで対戦した時以来だ。
 海賊流なのか、卑怯な技満載で襲いかかってくるフック。こっちだって故郷のチャンバラのルールは何でもありだったので怯まず戦う。
 戦闘中、フックの尻にファイアで火がついたり、彼が剣を掲げたときにサンダーが落ちて感電したり、フックに斬られた傷を回復してもらった時、唱えてくれたのはドナルドなのに、ついフィリアの魔法かと彼女を目で捜していた。また、ハートレスが一ヵ所に集まっていると、フィリアが狙われているのかと気が散ってしまう。
 あんなに悲しそうな顔で泣いていたのに、別れの理由も言ってくれなかった。
 乱れた感情のままフックをキーブレードで殴り飛ばし、不安定な体制になったフックの背をピーターがまた短剣でつついたらフックは情けない悲鳴と共に海に落ち、スミーを呼びながら海面を走って、食らいついてくるクロコダイルから逃げだした。





 フックが去った海賊船には、ハートレスも残っていない。甲板から広がる夜の海を眺めた。この世界で最初にリクが立っていた場所だ。
 リク、カイリ、フィリア──みんな自分を置いていなくなってしまった。
 グーフィーがおもむろに「ねえ」と口を開く。

「カイリの目が覚めなかったのは心がもう──」

 ドナルドにシッと咎められすぐに黙った。ピーターパンも気まずげに名前を呼んでくる。

「俺、空を飛んだ。すごいよな、空を飛んだんだ! カイリに話したら信じてくれるかな?」

 強がりだと思われても、いまはまだ悲しい話はしたくなかった。察してくれたのか、ピーターパンが頷く。

「もう一度ネバーランドにこいよ。今度はふたりで飛ぶのさ」
「信じることができれば、空だって飛べるんだ。俺、信じてる。絶対カイリに会える。空を飛んだことだけじゃない。島を出てからのこと、ぜんぶ話せるって」

 どこかホッとした様子の仲間たち。うまく笑顔が作れたはずなのに、ピーターパンだけは真剣な表情に戻った。

「ソラ。フィリアのことなんだけど」
「フィリアが、どうかしたのか?」

 意図せず、その名前に顔が強張る。ピーターパンはらしくなく少し自信なさげに続けた。

「チラッと見ただけだけど、彼女は僕の知っているフィリアにとてもよく似ていた。僕には事情はよく分からないけれど、あの子が困っているなら助けてやってあげてほしい」
「……ああ。もちろん」

 胸がツキツキ痛むのを無視して、平気な顔してピーターパンに言葉を返す。こちらの心情を知らないピーターパンが「頼んだよ」と微笑んだ時、ティンカーベルが飛んできた。彼女からウェンディの待つ大時計に誘われて、今まで見たこともないほど立派な時計塔へ向かうことになる。




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